浅葱色の桜

初音

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行き倒れの男③

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 ひとまず原田を銭湯に行かせ、さくら達は時間を稼いだ。
 歳三と総司は、必ず後で米で返すからと隣近所を奔走し「炊いたご飯」をかき集めに行った。これを近藤家の釜に入れておき、後日こっそり彼らの小遣いで米を補填すればツネがキチに大目玉を食らうことは回避できそうだ。
 問題は、原田が「ここで世話になる」と発言したことだ。
 こちらの本題について、歳三と総司がいない間にさくら、勇、源三郎の三人は思案をめぐらせていた。
「総司も源兄ぃも、とんだやつを拾ってきたもんだ。こんな犬猫みたいに行き倒れをほいほい拾ってきてたらうちは保たないぞ」さくらが苦々しげに言った。
「まあまあさくら、あの状態で倒れてたらお前だって同じようにしただろう?」勇がなだめた。
「金も行く宛もないようだから、このまま外に放り出してもまた同じことになってしまう気がするが…問題は大奥様だな」源三郎がため息をついた。
「『なんですかこの男は!うちの家計は火の車!これ以上居候が増えたら全員飢えて死んでしまいます!』とか言いそうだな…」さくらはキチの甲高い声真似をして、はぁ、と考え込んだ。
「山南さんのところでとりあえず匿ってもらえないだろうか」源三郎が言った。
「うーん、あんなうるさそうな輩がいたら山南さん困るんじゃないか…」さくらは眉間にしわを寄せた。
「何の話をしてるんです?」
 先ほどさくらが真似た声が背後から聞こえ、さくら達はおそるおそる振り返った。案の定、険しい顔つきをしたキチが立っていた。
「は、母上、なんでもありません。今日の夕飯は何かなーって」さくらは「ははは」と取り繕うように笑った。
「何かな、ではありません。あなたも夕飯の用意を手伝いなさい。その歳でもいつ嫁にいくかわからないんですからね」
「あらま、まだ私が嫁に行けると思ってくださってるんですね」
「あなたは、そういう減らず口を…」
「あー!!久しぶりに風呂入ってすっきりしたなー!お!そろそろ夕飯か?…ん?」
 土間に現れた原田を見てさくら達は唖然とし、続けて大きなため息をついた。
「なんなんですかその男は!」キチが甲高い声で言った。
「俺か?俺は原田左之助!今日からここで世話んなるぜ!」原田はにへへ、と笑った。
「だから、なんなんですかこの男は!」キチはさくら達に向かって言った。
 勇がキチに事情を説明した。
「何を言ってるんですか!うちの家計は火の車!これ以上居候が増えたら全員飢えて死んでしまいます!」
 先ほどの物真似と同じ台詞を吐いたので、さくらと源三郎はキチに背を向けて声を殺して笑った。
「この前の山南とかいう人の方がまだましです!」
 ――母上、そればかりは同感です。
 さくらは反論することもできず、もうあとは原田対キチの戦いに持ち込ませようとだんまりを決め込んだ。

 それからしばらくして、周助、勇、歳三、源三郎、総司、そして総司に「面白いことになったから」と呼ばれた山南が道場の縁側に座っていた。
「沖田くん、面白いこととは」山南がヒソヒソと尋ねた。目の前の中庭ではさくらと原田が対峙していた。
「あの人ね、うちに住み込みたいっていうから、それなら剣術の腕を見せろって大先生が。さすがにタダでは住まわせないって話らしいですよ」
「はあ」
「そしたら、あの人剣じゃなくて槍の使い手なんですって。それで姉先生がまずは立ち会うことに」
「なるほど」
 結局、原田ののらりくらりした態度にキチは敗北し、周助に泣きついた結果こうなったのである。
 かくして、さくらは木刀、原田は槍の代わりに木の薙刀、というなんとも珍妙な勝負が始まった。
 ――ちっ、間合いが取りづらい
 原田がくるくると薙刀を振り回すのを、さくらはひょいひょい、と避けていった。
 ――場所を外にしてよかった。道場の中ならこの男、天井に穴を開けかねない。
 そんなことを考える余裕はまだある。
 天然理心流は実戦を重んじる稽古。よって、敵が槍使いだった場合、柔術使いだった場合など、あらゆる想定をした稽古もしている。
 しばらく攻防が続いたあと、さくらはしゃがんで原田の薙刀の下に入ると、下段から思い切り木刀を振り上げ、原田の胴に命中させた。
「そこまで!」周助が止めた。
「さくらの勝ちだ。残念だが…」
「お待ちください、父上」勇が止めに入った。
「確かに勝ったのはさくらですが、私はなかなか筋のよい使い手だと思いました。天然理心流は実戦を重んじる剣術。他流の者と切磋琢磨することで、我々も学ぶことがあるはずです。無碍に追い出すのはいかがなものかと」
 全員が目を丸くして勇を見た。
「父上、私も同意見です」原田が並みの使い手ではないことは戦ったさくらが一番よくわかっていた。彼はいろんな意味でただ者ではない、と。
「若先生らしいや」総司がけらけらと笑った。
「ったく、勝っちゃんは結局優しすぎる」歳三はやれやれといった様子で言ったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
 周助はしばらく考え込んだ。
「わかった。いいだろう」
「よっしゃあああ!ありがとよ、島崎さん!さくらちゃんも、いい勝負させてもらったぜ!ありがとな!」
「さ、さくらちゃんって…」
「これからみんなよろしくな!!」
 原田はニッと満面の笑顔を浮かべた。
 こうして、原田左之助は食客として試衛館に出入りするようになったのだった。


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