浅葱色の桜

初音

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行き倒れの男②

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「あっ!若先生!トシさん!ちょっとそこよろしいですか?」源三郎が現れ、勇と歳三には目もくれず板の間に上がると囲炉裏の近くに手直な座布団を敷き始めた。
「源さん、何かあったんですか?」勇が尋ねた。
「出稽古の帰りに行き倒れの男を見つけましてね。見捨てるわけにもいかず、連れて帰ろうと。総司が男をおぶさってもう間もなく帰ってきますから。私は先回りして帰ってきた次第です」
「本当ですか!それは大変だ。そうだトシ、ちょうどいい、石田散薬があるじゃないか!」勇が薬箱を指した。
「これは打ち身・挫きに使う薬なんだが…」歳三は苦笑いしながらも薬箱の中から石田散薬を一包み取り出した。
 程なくして、「行き倒れの男」を背負った総司が帰ってきた。
「おお、総司、とりあえずここに寝かせてやれ」勇は先程源三郎が並べた座布団を指してそう言うと、ツネを探しにその場を離れた。
「なんなんだこいつは」歳三は鼻を摘まみながら囲炉裏の側に横たわった男を見た。男は何日も風呂に入っていないようで、その体からぷんと鼻を突く異臭を発していたのだ。
「お前よくこんなやつおぶさってここまで来れたな」歳三は鼻を摘まんだまま総司に言った。
「一昨日あたりから軽い風邪を引いたみたいで、鼻が利かないんですよねあんまり」総司はけろりとして言った。
「大したやつだよお前は」歳三は総司に言うと、男を見た。彼は激しい腹の音を響かせた。
 やがて、勇とツネ、そして事情を聞きつけたさくらが戻ってきた。
 ツネは土間の竈に置いてある釜の蓋を開けると、「ありました」と言って、慣れた手つきで握り飯を三つ作ると男の前に差し出した。
「食べられますか?」総司が握り飯を男の口元まで近づけた。
 他の五人は嗅覚を失ってはいなかったので、なんとなく遠巻きにその様子を見ていた。
 すると、男はどこからそんな力が出たのか、がばっと起き上がり、目にも留まらぬ速さで握り飯を食べきってしまった。
 総司たちがその様子をぽかんと見ていると、男は皿を差し出し、「おかわり!!」と叫んだ。
 ツネは一瞬固まってから、我に返ったように「あ、は、はい」と言って再びご飯をよそった。
 あっという間に、男は釜の飯をすべて食べてしまった。
「はーっ!!食った食った!!ありがとよ!!いやあ~、三日ぶりの飯でよー!あのまま飢え死にするかと思ったぜ!!」男はがっはっは、と笑って自分の腹をさすった。
「ツネさん、そのご飯って、夕飯用だったんですよね…?大丈夫なんですか??」さくらは勇の陰に隠れてヒソヒソとツネに言った。
「なんとかいたします」ツネはそう言ったが、珍しく不安げな表情だった。ばれたらキチに怒られるのは必至である。
「よかったです、元気になって!」総司がにっこりと笑った。
「いやぁ、ほんとにお前は命の恩人だ。名は何てぇんだ?ここはどこなんだ?おっと、皆さん方も、本当にありがてぇ!」
「私は沖田総司と申します。ここは天然理心流の試衛館という道場です」
 総司が説明すると、続けてあとの者も自己紹介した。
「島崎勇です。こちらは妻のツネ」
「近藤さくら」
「井上源三郎です」
「…土方歳三」
「そっかそっか!俺は原田左之助!伊予松山から武者修行のためにはるばる江戸まで来たんだ。品川宿まであとちょっとってところで路銀がなくなっちまってよー。ほんとに死ぬかと思ったぜ!」
 原田と名乗った男は再びがっはっはと笑った。その先ほどとは打って変わったような威勢の良さに、さくら達は唖然とするしかなかった。
「品川宿はあなたが倒れてた所とは方角が違いますけど…」総司が冷静に言った。
「何?そうなのか!まあ細かいことは気にすんな!こうしてここに来たのも何かの縁!しばらくここで世話になるぜ!」
「は!?」
 全員が今日一番の大声を出した。

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