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他流の男②
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どすん、と音がし、今度は山南が跪く番となった。
「参りました」山南はきっちりとした所作でお辞儀をした。
試合を見物していた門人たちは、はぁ~、と気の抜けたような息をついた。全員体中に力を入れて試合の行方を見守っていたのだが、その力が抜けていったのである。
「若先生まで負けたらどうしようかと思ったぜ…」そんな声が囁かれた。
勇と山南も道場の中央に正座し、お互いの健闘を称えた。
「いやぁ、お強い。どちらの流派で修行されたのですか?」勇が尋ねた。
「北辰一刀流を収めました」山南が答えた。
「北辰一刀流って、一流の流派ではないか…」さくらは小さく呟き、隣に座る総司の顔を見た。
「なるほど、どうりでお強いわけだ」総司はため息をついた。
「しかし、感服いたしました。こんなに素晴らしい剣術道場があったなんて」山南は話を続けた。
「いえいえそんな。私こそ、最初にあなたと戦っていたら負けていたかもしれませんし」勇が謙遜した。
「そちらのお二方も本当に強かった」山南はさくらと総司の方を見た。
「決めました。ここに入門させてください」
「へ?」
思わぬ展開に、その場にいた全員が固まった。
その後山南はなんだかんだで周助にも即座に気に入られ、その日のうちに天然理心流に入門することとなった。家計の実権を握っているキチによる水面下での反対に合い、住み込みでの入門とはならなかったが、今日の試合ぶりから早くも通常の門人というよりも客人待遇で迎えられた。
「山南さん、狭いところですが遠慮せず」
その夜、勇、さくら、総司、歳三、源三郎の五人がいつも食事を共にしていたところに山南を加え、簡単な歓迎の酒宴を催した。
「ツネ、倉に酒があっただろう。持ってきてくれるか。お前も一緒に飲もう」
勇にそう頼まれたツネは、「はい、旦那様」と返事をし、部屋に一通りの膳を置くと、倉に向かっていった。
さくらも総司も、山南に負けたものの不思議と嫌な気持ちはしていなかった。
本来なら自分を負かした相手に「お強いですね」などと言われても矜持がズタズタになってさくらであれば「ふざけるな」とでも吐き捨てるところだったが、なぜだかそういう気持ちにはならなかった。
山南が褒め上手なのか、その人柄なのか、それとも嫌な気持ち以上に「北辰一刀流を修めた人物に試衛館・天然理心流を認めてもらえたことが嬉しい」という気持ちが上回ったのか。
とにもかくにも、山南はあっという間に試衛館の面々に受け入れられた。やがてツネが倉から持ってきた酒が振る舞われ、一同は乾杯した。
「お前ら、今日は飲みすぎるなよ」歳三がさくらと総司に釘を差した。
「やだなあ歳三さん、私なら平気ですよ」
「私とて、お前にそんなこと心配される筋合いはない」
「やっぱり、二人とも覚えてねえのか…」
歳三は勇の婚礼の日のことを思い出し、はあ、とため息をついた。
「じゃあ勝手にしろ」歳三は山南の方に視線をやった。
「それにしても、どうして山南さんはうちの道場に?」勇が尋ねた。
「風の噂でこの道場の話を聞きましてね。実戦を見据えた稽古をしている、ということだったので興味がわいたんです。これからの時代、もしかしたら本当に実戦で剣を振ることもあるかもしれませんから」
「実戦…」勇たちはゴクリと唾を飲んだ。
山南の言う実戦とは、もちろん真剣をもってして敵を斬ることである。
「先の井伊大老暗殺事件はご存知ですよね」山南が続けた。
ちょうど勇の婚礼の準備でばたついている頃と前後して、のちに「桜田門外の変」と呼ばれる井伊直弼暗殺事件があったのだった。
「幕府は二度に渡り開国の条約を結んでしまいましたが、それを不服とする攘夷派の中には過激な連中もいます。此度の事件がそれを物語っている。大老様でさえも、天誅と称して粛清されてしまった。これから先、くすぶっていた者たちが後に続くと言われています。物騒なことになる世はすぐそこまで来ているといえるでしょう」
さくら達はぽかんとして山南を見た。こんな風に政治情勢をスラスラと話してのける男は今まで試衛館にはいなかった。
もちろん、井伊大老暗殺の件を瓦版で知ったさくら達が全くこのことを話題にしないわけではなかった。
ただ、「大老が殺されたらしい。下手人の水戸藩士というのはそんなにやばい連中なのか」という程度の物で、対岸の火事として受け止めていた。それが、山南の言葉で急に自分ごとのように感じられた。
「すみません、なんだか暗い話を」誰も二の句を継がないのを見て、山南が失敬、と笑った。
「とにかく、私は今日の勝負で島崎先生に惚れ込んでしまったのです。さくらさんや沖田君とも、もっと稽古をしてみたい。だから、よろしくお願いしますね」
山南はにっこり微笑んでそう言うと、勇も「そうですね。今日は山南さんの歓迎の宴。ささ、飲んでください」と酌をした。
こうして、試衛館の門人仲間に山南敬助が加わったのだった。
「参りました」山南はきっちりとした所作でお辞儀をした。
試合を見物していた門人たちは、はぁ~、と気の抜けたような息をついた。全員体中に力を入れて試合の行方を見守っていたのだが、その力が抜けていったのである。
「若先生まで負けたらどうしようかと思ったぜ…」そんな声が囁かれた。
勇と山南も道場の中央に正座し、お互いの健闘を称えた。
「いやぁ、お強い。どちらの流派で修行されたのですか?」勇が尋ねた。
「北辰一刀流を収めました」山南が答えた。
「北辰一刀流って、一流の流派ではないか…」さくらは小さく呟き、隣に座る総司の顔を見た。
「なるほど、どうりでお強いわけだ」総司はため息をついた。
「しかし、感服いたしました。こんなに素晴らしい剣術道場があったなんて」山南は話を続けた。
「いえいえそんな。私こそ、最初にあなたと戦っていたら負けていたかもしれませんし」勇が謙遜した。
「そちらのお二方も本当に強かった」山南はさくらと総司の方を見た。
「決めました。ここに入門させてください」
「へ?」
思わぬ展開に、その場にいた全員が固まった。
その後山南はなんだかんだで周助にも即座に気に入られ、その日のうちに天然理心流に入門することとなった。家計の実権を握っているキチによる水面下での反対に合い、住み込みでの入門とはならなかったが、今日の試合ぶりから早くも通常の門人というよりも客人待遇で迎えられた。
「山南さん、狭いところですが遠慮せず」
その夜、勇、さくら、総司、歳三、源三郎の五人がいつも食事を共にしていたところに山南を加え、簡単な歓迎の酒宴を催した。
「ツネ、倉に酒があっただろう。持ってきてくれるか。お前も一緒に飲もう」
勇にそう頼まれたツネは、「はい、旦那様」と返事をし、部屋に一通りの膳を置くと、倉に向かっていった。
さくらも総司も、山南に負けたものの不思議と嫌な気持ちはしていなかった。
本来なら自分を負かした相手に「お強いですね」などと言われても矜持がズタズタになってさくらであれば「ふざけるな」とでも吐き捨てるところだったが、なぜだかそういう気持ちにはならなかった。
山南が褒め上手なのか、その人柄なのか、それとも嫌な気持ち以上に「北辰一刀流を修めた人物に試衛館・天然理心流を認めてもらえたことが嬉しい」という気持ちが上回ったのか。
とにもかくにも、山南はあっという間に試衛館の面々に受け入れられた。やがてツネが倉から持ってきた酒が振る舞われ、一同は乾杯した。
「お前ら、今日は飲みすぎるなよ」歳三がさくらと総司に釘を差した。
「やだなあ歳三さん、私なら平気ですよ」
「私とて、お前にそんなこと心配される筋合いはない」
「やっぱり、二人とも覚えてねえのか…」
歳三は勇の婚礼の日のことを思い出し、はあ、とため息をついた。
「じゃあ勝手にしろ」歳三は山南の方に視線をやった。
「それにしても、どうして山南さんはうちの道場に?」勇が尋ねた。
「風の噂でこの道場の話を聞きましてね。実戦を見据えた稽古をしている、ということだったので興味がわいたんです。これからの時代、もしかしたら本当に実戦で剣を振ることもあるかもしれませんから」
「実戦…」勇たちはゴクリと唾を飲んだ。
山南の言う実戦とは、もちろん真剣をもってして敵を斬ることである。
「先の井伊大老暗殺事件はご存知ですよね」山南が続けた。
ちょうど勇の婚礼の準備でばたついている頃と前後して、のちに「桜田門外の変」と呼ばれる井伊直弼暗殺事件があったのだった。
「幕府は二度に渡り開国の条約を結んでしまいましたが、それを不服とする攘夷派の中には過激な連中もいます。此度の事件がそれを物語っている。大老様でさえも、天誅と称して粛清されてしまった。これから先、くすぶっていた者たちが後に続くと言われています。物騒なことになる世はすぐそこまで来ているといえるでしょう」
さくら達はぽかんとして山南を見た。こんな風に政治情勢をスラスラと話してのける男は今まで試衛館にはいなかった。
もちろん、井伊大老暗殺の件を瓦版で知ったさくら達が全くこのことを話題にしないわけではなかった。
ただ、「大老が殺されたらしい。下手人の水戸藩士というのはそんなにやばい連中なのか」という程度の物で、対岸の火事として受け止めていた。それが、山南の言葉で急に自分ごとのように感じられた。
「すみません、なんだか暗い話を」誰も二の句を継がないのを見て、山南が失敬、と笑った。
「とにかく、私は今日の勝負で島崎先生に惚れ込んでしまったのです。さくらさんや沖田君とも、もっと稽古をしてみたい。だから、よろしくお願いしますね」
山南はにっこり微笑んでそう言うと、勇も「そうですね。今日は山南さんの歓迎の宴。ささ、飲んでください」と酌をした。
こうして、試衛館の門人仲間に山南敬助が加わったのだった。
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