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祝言②
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客間には周助、キチ、勇の三人が並び、向かいには五人目の見合い相手の娘、その両親が座っていた。仲介役の小島も同席していた。
「近藤先生、こちら松井家のお嬢様、ツネさんです。お父様の八十五郎様は、清水徳川家の家臣であらせられるんですぞ」
「それはそれは。うちの勇にはもったいないご身分で」周助は仰々しくお辞儀をした。
「島崎勇と申します。今日はわざわざお越しくださいましてありがとうございます」勇もお辞儀をした。
「ツネと申します。よろしくお願いします」
ツネはか細い声でそう言うと、表情ひとつ変えずに頭を下げた。
そして、隣の部屋では、さくら、源三郎、歳三、総司が中の様子に聞き耳を立てていた。さらに襖を少しだけ開け、総司が先頭になって中を覗き込んでいた。
総司の「ひらめいた」とは、勇の見合い相手をのぞき見することだった。
今までの四人は見逃してきたが、せめて五人目は見てみたいという気持ちは皆一緒だった。
もちろん、はしたない真似ではあるのでバレないように四人で結託していた。
「おい、総司、見えるか」歳三がコソコソと言った。
「そうですね…色白みたいっていうのはわかりますけれど…」
「歳は?」さくらが尋ねた。
「うーん、二十歳は超えてそうですね…姉先生と同じくらいかもしれません…」
「な、なんだって…ぐっ!」驚いて声が大きくなりそうになったさくらの口を源三郎が塞いだ。
「総司、俺にも見せろ」歳三が総司を押しのけた。
「確かにな…」歳三の表情が曇った。その顔には、「自分なら選ばない」とはっきり書いてあった。
「ど、どれどれ」さくらと源三郎も隙間に近づき、中の様子を見た。
「な、なるほど…」源三郎も言葉を濁した。
「うむ。醜女だな」さくらがはっきりと言った。
「ちょ、姉先生!」総司が慌ててさくらの口を塞いだ。
「誰もはっきり言わなかったことを…!」源三郎が恐れおののいたような顔をした。
歳三はおかしそうに声を殺してくっくっと笑っていた。
「それでは、本日はありがとうございました」相手の母親と思しき女性の声が聞こえ、さくらたちは静かになった。
「こちらこそ。わざわざご足労いただきありがとうございました」キチが丁寧な調子で答えた。
反対側の襖が開く音がし、相手方の親子は帰っていった。
しばらくの沈黙の後、さくらたちの目の前の襖がガラッと開いた。
「お前たち、聞こえてたぞ」勇が上から見下ろすように四人を見た。
さくらたちはといえば、突然のことに驚き、全員尻餅をついて間の抜けた顔で勇を見た。
「わ、悪ぃ、勝っちゃん、総司がどうしても気になるっていうから…」
「ちょっと、私を人質にするんですか!?歳三さんも、姉先生も源さんも現にこうしてついてきてるじゃないですか?」
「そうだ歳三、大人げないぞ」さくらが同調した。
「さくらも別の意味で大人げなかったがな…」源三郎がぽつりと言った。
「まったく。みんなそんな真似をしなくともいずれ正式にお披露目するから」勇がため息交じりに言った。
「へ?」言われた四人はぽかんと口を開けた。
「あの女子に決めた」勇は満足そうに言った。
「なんで、だって年増…」さくらの口を再び源三郎が塞いだ。
「うん。あの人は確かに年増で醜女だ」勇がはっきりと言った。
「そんなにはっきり言わなくても…」総司がぽかんと口を開けた。
「なんでまた…?」歳三が不思議そうな顔で勇を見上げた。
「歳のことはあまり気にならない。普段からさくらで見慣れてるし」
「おい」さくらはもう年齢ネタに飽き飽きしていた。勇は無視して続けた。
「ほら、美人が道場に出入りしていたら、皆が稽古に集中できなくなるだろう。それに、美人は浮気をしやすいと言うしな」
「そんな理由で…」勇以外の四人は驚き、ただじっと勇を見るしかなかった。
そして翌年の春、諸々の準備が整い、勇の祝言が執り行われた。
婚礼衣装に身を包み、まんざらでもないといった勇を見つめ、さくらはキチの隣で祝い酒を煽っていた。
女として、ツネが少しだけ羨ましい、と思わなかったわけではない。
だが、どこかに嫁いで子を成してという普通の女としての幸せとは別の道を自分は選択したのだ。後戻りする気は毛頭ない。
それでも、何かもやもやした物が胸に渦巻くようなすっきりしない気持ちでいた。それをごまかすように、さくらは飲み慣れない酒を飲み続けた。
「よっ!若先生!おめでとうございます!」総司も、普段飲まない酒に酔っ払い、場の空気を乱す。そんな総司を源三郎がなだめている。
さくらはその光景を見て、ふっと微笑んだ。
ふと勇の方に顔を向けると、その隣に座るツネと目があった。ツネは笑顔のひとつも見せることなく、会釈するように首を動かした。さくらもつられて会釈になりきらない会釈を返した。
――愛想のない嫁さんだな。大丈夫なのか?
そんなさくらの心配をよそに、婚礼にかこつけたどんちゃん騒ぎは日が暮れるまで続いた。
勇とツネは酒宴が終わったその夜、勇の部屋で向かい合って正座していた。
「あの、なんだかあの場だとがやがやとしていてちゃんとお話することもできませんでしたが」勇が切り出した。
「おれは、あなたとこれから仲良くやっていきたいと思っています。この先天然理心流の宗家とこの道場を継ぐことになりますから、いろいろと大変な思いもさせるでしょうが、何かあったらなんでも相談してください」
「相談なんて…私は、旦那様に付いて行き、支えていくのが務め。旦那様が不自由しないよう、しっかりお役目を果たして行くつもりにございます」
さすが武家の娘はしっかりしているな、と感心すると同時に、勇は初めてツネとちゃんと会話をしたなと感じた。
「うん。ありがとう。…これから、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願い致します」
ツネは三つ指をついて頭を下げた。
勇はそんな妻の姿を見て、にこりと微笑んだ。
「近藤先生、こちら松井家のお嬢様、ツネさんです。お父様の八十五郎様は、清水徳川家の家臣であらせられるんですぞ」
「それはそれは。うちの勇にはもったいないご身分で」周助は仰々しくお辞儀をした。
「島崎勇と申します。今日はわざわざお越しくださいましてありがとうございます」勇もお辞儀をした。
「ツネと申します。よろしくお願いします」
ツネはか細い声でそう言うと、表情ひとつ変えずに頭を下げた。
そして、隣の部屋では、さくら、源三郎、歳三、総司が中の様子に聞き耳を立てていた。さらに襖を少しだけ開け、総司が先頭になって中を覗き込んでいた。
総司の「ひらめいた」とは、勇の見合い相手をのぞき見することだった。
今までの四人は見逃してきたが、せめて五人目は見てみたいという気持ちは皆一緒だった。
もちろん、はしたない真似ではあるのでバレないように四人で結託していた。
「おい、総司、見えるか」歳三がコソコソと言った。
「そうですね…色白みたいっていうのはわかりますけれど…」
「歳は?」さくらが尋ねた。
「うーん、二十歳は超えてそうですね…姉先生と同じくらいかもしれません…」
「な、なんだって…ぐっ!」驚いて声が大きくなりそうになったさくらの口を源三郎が塞いだ。
「総司、俺にも見せろ」歳三が総司を押しのけた。
「確かにな…」歳三の表情が曇った。その顔には、「自分なら選ばない」とはっきり書いてあった。
「ど、どれどれ」さくらと源三郎も隙間に近づき、中の様子を見た。
「な、なるほど…」源三郎も言葉を濁した。
「うむ。醜女だな」さくらがはっきりと言った。
「ちょ、姉先生!」総司が慌ててさくらの口を塞いだ。
「誰もはっきり言わなかったことを…!」源三郎が恐れおののいたような顔をした。
歳三はおかしそうに声を殺してくっくっと笑っていた。
「それでは、本日はありがとうございました」相手の母親と思しき女性の声が聞こえ、さくらたちは静かになった。
「こちらこそ。わざわざご足労いただきありがとうございました」キチが丁寧な調子で答えた。
反対側の襖が開く音がし、相手方の親子は帰っていった。
しばらくの沈黙の後、さくらたちの目の前の襖がガラッと開いた。
「お前たち、聞こえてたぞ」勇が上から見下ろすように四人を見た。
さくらたちはといえば、突然のことに驚き、全員尻餅をついて間の抜けた顔で勇を見た。
「わ、悪ぃ、勝っちゃん、総司がどうしても気になるっていうから…」
「ちょっと、私を人質にするんですか!?歳三さんも、姉先生も源さんも現にこうしてついてきてるじゃないですか?」
「そうだ歳三、大人げないぞ」さくらが同調した。
「さくらも別の意味で大人げなかったがな…」源三郎がぽつりと言った。
「まったく。みんなそんな真似をしなくともいずれ正式にお披露目するから」勇がため息交じりに言った。
「へ?」言われた四人はぽかんと口を開けた。
「あの女子に決めた」勇は満足そうに言った。
「なんで、だって年増…」さくらの口を再び源三郎が塞いだ。
「うん。あの人は確かに年増で醜女だ」勇がはっきりと言った。
「そんなにはっきり言わなくても…」総司がぽかんと口を開けた。
「なんでまた…?」歳三が不思議そうな顔で勇を見上げた。
「歳のことはあまり気にならない。普段からさくらで見慣れてるし」
「おい」さくらはもう年齢ネタに飽き飽きしていた。勇は無視して続けた。
「ほら、美人が道場に出入りしていたら、皆が稽古に集中できなくなるだろう。それに、美人は浮気をしやすいと言うしな」
「そんな理由で…」勇以外の四人は驚き、ただじっと勇を見るしかなかった。
そして翌年の春、諸々の準備が整い、勇の祝言が執り行われた。
婚礼衣装に身を包み、まんざらでもないといった勇を見つめ、さくらはキチの隣で祝い酒を煽っていた。
女として、ツネが少しだけ羨ましい、と思わなかったわけではない。
だが、どこかに嫁いで子を成してという普通の女としての幸せとは別の道を自分は選択したのだ。後戻りする気は毛頭ない。
それでも、何かもやもやした物が胸に渦巻くようなすっきりしない気持ちでいた。それをごまかすように、さくらは飲み慣れない酒を飲み続けた。
「よっ!若先生!おめでとうございます!」総司も、普段飲まない酒に酔っ払い、場の空気を乱す。そんな総司を源三郎がなだめている。
さくらはその光景を見て、ふっと微笑んだ。
ふと勇の方に顔を向けると、その隣に座るツネと目があった。ツネは笑顔のひとつも見せることなく、会釈するように首を動かした。さくらもつられて会釈になりきらない会釈を返した。
――愛想のない嫁さんだな。大丈夫なのか?
そんなさくらの心配をよそに、婚礼にかこつけたどんちゃん騒ぎは日が暮れるまで続いた。
勇とツネは酒宴が終わったその夜、勇の部屋で向かい合って正座していた。
「あの、なんだかあの場だとがやがやとしていてちゃんとお話することもできませんでしたが」勇が切り出した。
「おれは、あなたとこれから仲良くやっていきたいと思っています。この先天然理心流の宗家とこの道場を継ぐことになりますから、いろいろと大変な思いもさせるでしょうが、何かあったらなんでも相談してください」
「相談なんて…私は、旦那様に付いて行き、支えていくのが務め。旦那様が不自由しないよう、しっかりお役目を果たして行くつもりにございます」
さすが武家の娘はしっかりしているな、と感心すると同時に、勇は初めてツネとちゃんと会話をしたなと感じた。
「うん。ありがとう。…これから、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願い致します」
ツネは三つ指をついて頭を下げた。
勇はそんな妻の姿を見て、にこりと微笑んだ。
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