浅葱色の桜

初音

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祝言①

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 安政六(一八五九)年 冬

 勝太はあの試合の後、勇と名を改めていた。
 正式に近藤姓を継ぐのは襲名披露を行ってからということで、今はまだ島崎勇と名乗っていた。
 そんな勇の襲名披露準備の一環か、試衛館はめでたい話に沸いた。
「え、縁談!?」
 さくら、歳三、総司、源三郎の四人は同時に声を上げた。
「ほ、本当なんですか小島さん!?」
 さくらは素っ頓狂な声を上げて言った。昼食時だったが、皆驚きのあまりむせこんでしまった。
 かつて周助にキチとの縁談を取り付けた小島鹿之助が、今度はなんと勇への縁談話を携えてやってきたという。
「ええ。私の知人でよい所にお嫁に行ければと希望している方々がおりましてな。今日はこれから近藤先生と若先生に詳しいお話をということで参ったのです」
「へ、へぇ…そうなんですか…」さくらは絞り出すようにそう言うしかなかった。
「ええ。それでは私はこれで」
 小島はにっこりと笑うと、周助の部屋の方向へ消えていってしまった。
「知ってたか?」さくらは他の三人に尋ねた。
「いや。今初めて聞いた。それでさっき若先生は大先生に呼ばれてったんだな」源三郎が答えた。
「驚きました。けど、若先生も確かに四代目を継ぐなら身を固めないといけませんもんねぇ」総司は存外落ち着いている。
「そうだな。どこかの行き遅れさんと違って勝っちゃんには必要なことだ」歳三がちらっとさくらを見た。
「どういう意味だ」さくらはキッと歳三を睨みつけた。
「待てよ」さくらは先ほどの小島の言葉を反芻した。
「小島さん、『方々』って言ってなかったか?」


 周助の部屋に呼ばれていた小島は、招き入れられると周助、勇と対面した。
「いやぁ、小島さん、本当にありがとうございます。こいつももうすぐ四代目襲名なもんで、独り身というのも示しがつかねぇと思ってましてね。うかうかしてたら三十路を迎えてしまうしと心配してたとこだったんですよ」
 がっはっは、と周助は嬉しそうに笑った。
「ええ。どの方も良家の子女ばかりです。きっと若先生の気に入る方が見つかると思いますよ」
「小島さん、子女ばかり…とは…」勇は小島の言葉尻が気になり、おずおずと尋ねた。
「ああ、若先生には申しておりませなんだ。今回、島崎勇殿の妻にと希望しておる娘は五人いましてね。皆気立てのいい子ですよ」小島はにっこりと笑った。
 当の勇は、その人数に驚いて「そ、そんなにいらっしゃるんですか…」と小さく返事をするしかなかった。
 だが、実際の見合いの日取りの話など詳細が決まるに連れ、勇は身の引き締まる思いになっていった。
 ――妻を娶れば、いよいよ一人前。四代目を継ぐんだ。
 勇の脳裏に、さくらの顔が浮かんだ。
 ――さくら、おれはお前の分まで頑張るからな。

 かくして、勇のお見合いが始まった。その形式は、日を分けて五人と会った後に勇が気に入った人を選ぶというものである。
 すでに四人との見合いを終えた勇は、五人目の女性と近藤家の客間で対面していた。
「こんなに代わるがわるお見合いするなんて、さすが若先生。隅におけませんねぇ」
 総司は嬉しそうに言うと、客間の方向を見た。
 見合いの件については蚊帳の外であったさくらたちは食事をしながら勇の見合いについて話あっていた。
「隅におけないとかそういうことではないだろう。あの女子たちの親御が話を持ってきたんだから」
「なんださくら。ひがんでんのか」歳三がいたずらっぽく笑った。
「なぜ私がひがまねばならんのだ」
「だってお前、色恋沙汰だの浮ついた話だの、何にもないまま三十路だろ?」
「まだ二十六だ」
「どっちみちもう年増だ」
「なんだと…!!」
 この時代、さくらの歳では結婚適齢期はとっくに過ぎている。
 さくらの脳裏に少しだけ、十二年前の周助の台詞がよぎった。
『勝五郎、お前、うちの養子にならないか。さくらの婿養子だ』
「まあまあ、二人とも、そのへんにしておけ」源三郎が仲裁し、さくらと歳三の会話は終了したと同時に、さくらは我に返り食事を続けた。
「それにしても、若先生は今までの四人については、いまひとつ、と言っていたな」源三郎が不思議そうに言った。
「へぇ、そうなんですか。そういえば、若先生ってどのような女子が好みなんでしょうね?」総司が言った。
「そもそも、今までの四人はどのような女子だったのだろうな」さくらが素朴な疑問を投げかけた。
「あ、私、ひらめいちゃいました」総司がにやっと笑った。

 
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