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決戦②
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その頃、試衛館では勝太と歳三が同じように特訓をしていた。
「ヤー!!」
「エーイ!!」
気迫の声が道場内にこだました。
ガン、ガン、と木刀がぶつかる音がし、歳三の木刀が手を離れ弧を描いて床に落ちた。
「トシ、腕を上げたなあ」勝太は汗を拭いながら感心したように言った。
「勝っちゃん、こんな稽古しなくたって、さくらには余裕で勝てるだろ」
「何を言ってるんだ。おれは全力でさくらと勝負するって決めたんだ。あいつが総司まで連れて日野に行ってるんだから、おれだってぼさっとしてるわけにはいかないよ。それに、さくらが強いのはトシだって知ってるだろう?」
「まあな…」歳三は観念したように言った。勝太はにこりとほほ笑んだ。いがみ合いの多い二人ではあるが、さくらと歳三には仲良くなってほしい、と勝太は願っていた。
「わかったら、もう一本やるぞ!」
「おう!」
かくして、決戦の日がやってきた。
さくらと勝太は防具をつけ、道場の中央で相対した。その様子を周助、歳三、源三郎が見守る。審判を務めるのは総司だ。
「日野ではさぞたくさん稽古したんだろうな」勝太はまっすぐさくらの目を見た。
「ああ。勝太の方こそ、かなり鍛えたと見える」さくらも返した。
――泣いても笑っても、この一戦で決まってしまう。私の十四年間の稽古のすべてをここにぶつける…!!
――さくらと約束した通り、全力で四代目の座を争う。おれが、勝つ。
互いの気迫で、道場の温度が上昇するようだった。
「始め!」
総司の一声が道場の中に響き渡った。
二人とも正眼に構え、相手の出方を伺った。
さくらが先に動いた。
「ヤッ!」
振り下ろした木刀を勝太は後ろに飛びのくことで交わした。
その時できた一瞬の隙をついてさくらは切っ先を勝太ののど元に突きつけた。
「さくらが押してますね」源三郎が小声で言った。
「そうだな。だが、勝太だってそうやすやすとやられないだろう」周助が答えた。
その通り、勝太の反撃が始まっていた。
さくらの突きを避けた勝太は最初の立ち位置から直角に移動し、体制を立て直すと、上段から振りかぶった。
さくらも後ろに飛び退いてその攻撃を避けると、まっすぐに勝太に向かった。
ガンッと木刀がぶつかり合う鈍い音がし、二人は木刀同士を交互に打ち合い、一進一退の攻防を繰り広げた。
一瞬のような、永遠のような。
この試合がずっと続けばいい―――
面の奥にわずかに見える勝太の真剣な眼差しを見て、さくらはそんなことを思った。
この時、何か憑き物が落ちたようにさくらは体が軽くなるような感覚を覚えた。
やがて二人はまた間合いを取った。
―――この攻撃に、すべてを込める!!
二人は同時に切りかかった。
パーンと防具を叩く音がし、勝太はさくらの面を打ち、さくらは勝太ののど元に突きを入れた。
だが、さくらの木刀の切っ先は勝太の喉までは届いていなかった。
「一本!」
総司の声が響いた。
「ありがとうございました」
二人はお辞儀をすると、面を外した。
勝太の顔をさくらはまじまじと見た。
様々な感情がさくらの中に渦巻いた。
悔しさ、悲しさ、この十四年間でどうすればよかったのかという後悔。
だがその中には少しだけ、重圧から解放されたようなほっとしたような気持もあった。
そして、素晴らしい実力を持った弟と最高の試合ができた、という嬉しさもあった。
「うん。二人ともよかった」周助が言った。
「天然理心流の四代目、試衛館道場の主を、勝太に受け継ぐ」
「ありがとうございます。謹んで、お受けいたします」
勝太は深々とお辞儀をした。
「おめでとう、勝太」さくらが言った。
「さくら…」
「この道場と、天然理心流はお前に任せた。もちろん私も、引き続き鍛錬する」
勝太はさくらにも深々とお辞儀をした。
「さくら、もう一つの夢は一緒に叶えような」
さくらはその夜一人になると、零れる涙を止めることができなかった。
皆の前では強がって抑え込んでいたぐちゃぐちゃとしたいろいろな感情が、堰を切ったようにあふれ出た。
それでもさくらは遠い昔勝太に言われた言葉を思い出した。
一緒に武士になろう。
かつて二人で誓ったもう一つの約束。
勝太というのは、器の大きい男なのだ。どこまでも前向きな男なのだ。
そんな勝太と共に、これからも、前に進んでいこうと、さくらは思いを新たにするのだった。
ただ、今日は、今日だけは、流れるままに涙を流すことにした。
「ヤー!!」
「エーイ!!」
気迫の声が道場内にこだました。
ガン、ガン、と木刀がぶつかる音がし、歳三の木刀が手を離れ弧を描いて床に落ちた。
「トシ、腕を上げたなあ」勝太は汗を拭いながら感心したように言った。
「勝っちゃん、こんな稽古しなくたって、さくらには余裕で勝てるだろ」
「何を言ってるんだ。おれは全力でさくらと勝負するって決めたんだ。あいつが総司まで連れて日野に行ってるんだから、おれだってぼさっとしてるわけにはいかないよ。それに、さくらが強いのはトシだって知ってるだろう?」
「まあな…」歳三は観念したように言った。勝太はにこりとほほ笑んだ。いがみ合いの多い二人ではあるが、さくらと歳三には仲良くなってほしい、と勝太は願っていた。
「わかったら、もう一本やるぞ!」
「おう!」
かくして、決戦の日がやってきた。
さくらと勝太は防具をつけ、道場の中央で相対した。その様子を周助、歳三、源三郎が見守る。審判を務めるのは総司だ。
「日野ではさぞたくさん稽古したんだろうな」勝太はまっすぐさくらの目を見た。
「ああ。勝太の方こそ、かなり鍛えたと見える」さくらも返した。
――泣いても笑っても、この一戦で決まってしまう。私の十四年間の稽古のすべてをここにぶつける…!!
――さくらと約束した通り、全力で四代目の座を争う。おれが、勝つ。
互いの気迫で、道場の温度が上昇するようだった。
「始め!」
総司の一声が道場の中に響き渡った。
二人とも正眼に構え、相手の出方を伺った。
さくらが先に動いた。
「ヤッ!」
振り下ろした木刀を勝太は後ろに飛びのくことで交わした。
その時できた一瞬の隙をついてさくらは切っ先を勝太ののど元に突きつけた。
「さくらが押してますね」源三郎が小声で言った。
「そうだな。だが、勝太だってそうやすやすとやられないだろう」周助が答えた。
その通り、勝太の反撃が始まっていた。
さくらの突きを避けた勝太は最初の立ち位置から直角に移動し、体制を立て直すと、上段から振りかぶった。
さくらも後ろに飛び退いてその攻撃を避けると、まっすぐに勝太に向かった。
ガンッと木刀がぶつかり合う鈍い音がし、二人は木刀同士を交互に打ち合い、一進一退の攻防を繰り広げた。
一瞬のような、永遠のような。
この試合がずっと続けばいい―――
面の奥にわずかに見える勝太の真剣な眼差しを見て、さくらはそんなことを思った。
この時、何か憑き物が落ちたようにさくらは体が軽くなるような感覚を覚えた。
やがて二人はまた間合いを取った。
―――この攻撃に、すべてを込める!!
二人は同時に切りかかった。
パーンと防具を叩く音がし、勝太はさくらの面を打ち、さくらは勝太ののど元に突きを入れた。
だが、さくらの木刀の切っ先は勝太の喉までは届いていなかった。
「一本!」
総司の声が響いた。
「ありがとうございました」
二人はお辞儀をすると、面を外した。
勝太の顔をさくらはまじまじと見た。
様々な感情がさくらの中に渦巻いた。
悔しさ、悲しさ、この十四年間でどうすればよかったのかという後悔。
だがその中には少しだけ、重圧から解放されたようなほっとしたような気持もあった。
そして、素晴らしい実力を持った弟と最高の試合ができた、という嬉しさもあった。
「うん。二人ともよかった」周助が言った。
「天然理心流の四代目、試衛館道場の主を、勝太に受け継ぐ」
「ありがとうございます。謹んで、お受けいたします」
勝太は深々とお辞儀をした。
「おめでとう、勝太」さくらが言った。
「さくら…」
「この道場と、天然理心流はお前に任せた。もちろん私も、引き続き鍛錬する」
勝太はさくらにも深々とお辞儀をした。
「さくら、もう一つの夢は一緒に叶えような」
さくらはその夜一人になると、零れる涙を止めることができなかった。
皆の前では強がって抑え込んでいたぐちゃぐちゃとしたいろいろな感情が、堰を切ったようにあふれ出た。
それでもさくらは遠い昔勝太に言われた言葉を思い出した。
一緒に武士になろう。
かつて二人で誓ったもう一つの約束。
勝太というのは、器の大きい男なのだ。どこまでも前向きな男なのだ。
そんな勝太と共に、これからも、前に進んでいこうと、さくらは思いを新たにするのだった。
ただ、今日は、今日だけは、流れるままに涙を流すことにした。
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