浅葱色の桜

初音

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共闘①

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 歳三が試衛館から姿を消して十日ほどが経とうとしていた。二、三日、遠出の行商でいなくなることはあったがこれだけ帰ってこないことは今までにないことだった。

「さくら!どうしよう!トシが来ない!」
 さくらと総司が稽古を始めようか、と木刀の用意をしていたところに、勝太が焦ったようにやってきて言った。
「うるさいぞ。おおかたまた遠出してるか日野へ逃げ帰ったのではないか」さくらは面倒くさそうに勝太を見た。
「逃げ帰っただって?トシはそんなにヤワじゃないぞ」
「んーでも、歳三さん意地っぱりなところがあるし、姉先生に負けて私たちに顔向けするのが気まずいっていうことはあるかもしれませんよ」総司も落ち着いている。
「まったく、お前らはトシが心配じゃないのか」
「あいつだってガキでもあるまいし。勝太が心配しすぎだ」さくらはピシャリと言って稽古の用意を続けた。
 さくらは総司が言ったことがおおかた当たっているだろうと思った。歳三がいなくなったことと、あの時自分が勝負に勝ったことは無関係ではないはずだ。
 ほんの少しだけ罪悪感のようなものはあったが、これくらいでめげる方が悪い、そもそも負けるのが悪い、という思いがそれを打ち消していた。
「まあでも…そうだな。薬の材料を取りに日野に帰ったのかもしれないし。うん。きっとそうだ」勝太は自分に言い聞かせるようにそう言った。

 しかしその頃、歳三はとある道場にいた。
「ありがとうございましたっ!!」
 半ばやけっぱちにそう言うと投げ捨てるように防具と竹刀を置き、道場をあとにする。
「お待ちください!看板は…」道場主が追いかけてきて声をかけた。
「いらねぇ。別に俺はそんな板切れが欲しくて来たんじゃねえ」
 歳三はイラッとした様子で答えるとその場を立ち去った。
 ――これで七軒目。全部勝った。そうだ。俺は強い。

 さくらに負けてからというもの、歳三は行商そっちのけで道場破りを繰り返していたのだった。
 どの道場でも難なく勝利をおさめ、自分の強さを確信し、そして侍やら道場主やらを名乗る男たちの腑抜けっぷりに呆れる日々だった。
 それだけに、勝太やさくらの強さが不思議であり、羨ましくもあった。行商の片手間での稽古に限界を感じていたのも事実である。
「入門…か…」
 ポツリとそうつぶやいたが、ああやって啖呵を切ってしまった以上、なんとなく自分から申し出るのもシャクだという気持ちもあった。
 歳三は懐から財布を取り出し、中身を確認した。行商で稼いだ金で安宿に泊まる日々を送っていたが、残金から計算するにもってあと一日二日というところだ。
 試衛館に帰るか、日野に帰るか、選択に迫られていた。しかし、
「とりあえずもう一軒行ってから考えるか…」
 と、決断を先延ばしにするのだった。

 その後、歳三は町はずれの道場の門をたたいた。
「たのもー!」
 道場主が現れ、歳三をじっと見た。
「なんだ、お前は」
「土方歳三と申す者。修行のため、手合わせ願いたい」
 道場主はそれを聞いて不敵な笑みを浮かべた。
「ほう。おぬしが。噂は聞いておるぞ。ここ最近方々の道場を破っているとな。だが、わが道場は破らせぬ」
 歳三はあるじに案内され道場へと入った。まずは師範代を名乗る男と立ち会う。
「始め!!」
 審判の合図で試合が始まった。歳三は荒っぽいながらも力強い剣さばきで師範代の男を倒し、その勢いのまま二人目、三人目と倒していった。

 一方で、稽古を終えたさくら達は町へ食料の買い出しに出かけた。
 さくらは知り合いの農家から野菜を買うために、勝太と総司と別れて町はずれの方に向かった。
 一番にぎわいのある通りを抜けると、商店の数は減り、代わりに宿場や民家が増えてくる。にぎやかな町も活気があっていいものだが、このあたりの静かな雰囲気もさくらは好きだった。
 ――唯一の難点はこの格好が浮くということだがな…
 町はずれまでは少し距離があることもあって、動きやすさ重視でさくらは袴姿でいた。
 そういえば、年々袴でいる時間の方が長くなっている気がする…と女としての危機感のようなものを感じ、さくらは一人苦笑いした。

 その時、近くの寺の境内から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
 気になって近づいてみると、そこには思わぬ光景があった。
「歳三!?」
 
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