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再会②
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それから歳三は、なんだかんだと試衛館に入り浸るようになった。
歳三は今までも薬の行商をしながらあちこちの道場で他流試合をしていたが、その姿勢は貫き、試衛館で寝泊まりしながら薬を売り、試衛館を含む方々の道場で稽古をすることにしていた。
よって、正式入門という形はとっていない。
そのことに対して心穏やかではなかったのが、意外な人物であった。
「門人になるならまだしも、うちは都合のいい宿ではないのですよ?」
というのがキチの意見だった。
台所仕事を手伝っていたさくらは、初めてキチと意見が合ったと思った。
歳三のやり方はどうにも気にくわない。さくらの歳三に対する第一印象はいっこうに改善されていなかった。
「まったくです。やつは天然理心流をなめています。家業の薬売りがやめられないのはまだしも、他の道場も渡り歩くなんて。そんなふらふらしているようなやつに勤まる流儀ではありませぬ」さくらは、ふんっと鼻を鳴らした。
数日後、さくらが道場に入ると勝太と歳三が稽古をしていた。
二人とも真剣そのものの面持ちで、木刀を交えている。
――ふうん、他流試合で鍛えたっていうのはあながち嘘ではないのか。
さくらは歳三の戦いぶりを見て、ぼんやりとそんなことを思ったが、次の瞬間ハッと我に返った。
ドスン、音がして歳三が尻餅をついた。
「くそ…やっぱ勝っちゃんは強えな」
「まだまだお前にやられるおれじゃないさ」勝太は得意げな顔をした。そして、今さくらに気づいたように目をやった。
「なんだ、さくらも来てたのか。トシ、次はさくらと勝負してみたらどうだ?」
「はあ!?」さくらと歳三が同時に叫んだ。
「誰がこいつなんかと!」再び同時に叫んでさくらと歳三は顔を見合わせ、ぷいっと背けた。
「いい加減仲良くしてくれよ…」勝太があきれたように息をついた。
さくらはまだ 座りこんでいる歳三を見下ろしながら勝ち誇ったように言った。
「いいだろう、勝負してやる。勝敗は見えているがな」
「お前が負けるってことか?」歳三がふんっと鼻を鳴らした。
「バカをいうな!本当に生意気なやつだな!」
「うるせぇ!いばってんじゃねえよ!」
「歳も剣術の経験もお前より上だ。いばって何が悪い」
「歳ったって一歳しか違わねえだろ!」
「二人とも、その辺にしておきなさい」勝太の一声で二人は黙りこくった。
「とにかく、勝負だ」さくらはそれだけ言うと、防具の用意をした。
「始め!」
勝太の声が響き、さくらと歳三はお互いの動きを読み取ろうと視線を剣先に集中させた。
先に動いたのは歳三だった。
「うらあっ」
歳三の大きな振りは危うくさくらの面をかすめたが、一本には至らなかった。
さくらは瞬間的に避け、二人は鍔迫り合いの格好になった。
―――なんて力だ。強いというか、ただの馬鹿力だがな。
さくらは歳三に押し切られる形となったが、なんとか再び間合いを開け、様子を伺った。
次の瞬間、歳三が振りかぶってきた。
「やああっ!!」
さくらはそのわずかな隙をついて、歳三の首元に木刀の切っ先を突きつけた。
歳三は「うっ」と声をあげると、その場にバタンと尻餅をついた。
「勝負あり!」
再び勝太の声が道場に響いた。
「くそっ!」
歳三はそのまま立ち上がるとどこかへ行ってしまった。
「ふん、口ほどにもない奴」さくらは面と防具を外して息をついた。
勝太は歳三が走って行った方向を見やると、ぷっと吹き出し、やがて大声で笑いだした。
「あっはは!」
「なんだ勝太、何がおかしい」
「だって、同じなんだよ、お前がおれと初めて勝負した時と!」
さくらもハッとその時のことを思い出した。
そういえば自分も、勝負が終わるなり井戸に向かって走り去ったのだった。
「私はちゃんと礼もして防具も外してから行ったんだ。一緒にするな」
「そうだったっけかな?」
さくらは防具を片づけると、すぐに素振りを始めた。
「おれ、トシの様子見てくるよ」勝太はそう言って道場を出た。
さくらは返事もせず、素振りを続けた。
―― 一瞬、危なかった。
さくらは振りかぶった時に、防具の奥に見えた歳三の鋭い目を思い出した。
――いい筋を持っていると思うのだがな。入門しないのなら致し方ない。あんな奴のことなど知らぬ。
勝太は井戸端で顔を洗っている歳三を見とめ、くすっと笑った。
――やっぱり、さくらとトシはそっくりだな。
「なんだよ勝っちゃん、俺を笑いに来たのか?」
「そんなわけないだろ。ちょっと様子を見にきたんだ」
「そんならほっといてくれ。ほら、道場に戻れよ」
勝太はやれやれ、と息をついた。
「おれは、お前とさくらは仲良くやれると思うんだがなあ。似通っているところがいくつもある」
「俺があいつと?んなわけあるか」
「まあ、似ているから余計に反発してしまうのかもな」
歳三はしばらく押し黙ったあと、ぽつりと言った。
「ちょっと、出てくる」
そう言って、歳三は試衛館を出た。
それから数日間、歳三は試衛館に姿を現さなかった。
歳三は今までも薬の行商をしながらあちこちの道場で他流試合をしていたが、その姿勢は貫き、試衛館で寝泊まりしながら薬を売り、試衛館を含む方々の道場で稽古をすることにしていた。
よって、正式入門という形はとっていない。
そのことに対して心穏やかではなかったのが、意外な人物であった。
「門人になるならまだしも、うちは都合のいい宿ではないのですよ?」
というのがキチの意見だった。
台所仕事を手伝っていたさくらは、初めてキチと意見が合ったと思った。
歳三のやり方はどうにも気にくわない。さくらの歳三に対する第一印象はいっこうに改善されていなかった。
「まったくです。やつは天然理心流をなめています。家業の薬売りがやめられないのはまだしも、他の道場も渡り歩くなんて。そんなふらふらしているようなやつに勤まる流儀ではありませぬ」さくらは、ふんっと鼻を鳴らした。
数日後、さくらが道場に入ると勝太と歳三が稽古をしていた。
二人とも真剣そのものの面持ちで、木刀を交えている。
――ふうん、他流試合で鍛えたっていうのはあながち嘘ではないのか。
さくらは歳三の戦いぶりを見て、ぼんやりとそんなことを思ったが、次の瞬間ハッと我に返った。
ドスン、音がして歳三が尻餅をついた。
「くそ…やっぱ勝っちゃんは強えな」
「まだまだお前にやられるおれじゃないさ」勝太は得意げな顔をした。そして、今さくらに気づいたように目をやった。
「なんだ、さくらも来てたのか。トシ、次はさくらと勝負してみたらどうだ?」
「はあ!?」さくらと歳三が同時に叫んだ。
「誰がこいつなんかと!」再び同時に叫んでさくらと歳三は顔を見合わせ、ぷいっと背けた。
「いい加減仲良くしてくれよ…」勝太があきれたように息をついた。
さくらはまだ 座りこんでいる歳三を見下ろしながら勝ち誇ったように言った。
「いいだろう、勝負してやる。勝敗は見えているがな」
「お前が負けるってことか?」歳三がふんっと鼻を鳴らした。
「バカをいうな!本当に生意気なやつだな!」
「うるせぇ!いばってんじゃねえよ!」
「歳も剣術の経験もお前より上だ。いばって何が悪い」
「歳ったって一歳しか違わねえだろ!」
「二人とも、その辺にしておきなさい」勝太の一声で二人は黙りこくった。
「とにかく、勝負だ」さくらはそれだけ言うと、防具の用意をした。
「始め!」
勝太の声が響き、さくらと歳三はお互いの動きを読み取ろうと視線を剣先に集中させた。
先に動いたのは歳三だった。
「うらあっ」
歳三の大きな振りは危うくさくらの面をかすめたが、一本には至らなかった。
さくらは瞬間的に避け、二人は鍔迫り合いの格好になった。
―――なんて力だ。強いというか、ただの馬鹿力だがな。
さくらは歳三に押し切られる形となったが、なんとか再び間合いを開け、様子を伺った。
次の瞬間、歳三が振りかぶってきた。
「やああっ!!」
さくらはそのわずかな隙をついて、歳三の首元に木刀の切っ先を突きつけた。
歳三は「うっ」と声をあげると、その場にバタンと尻餅をついた。
「勝負あり!」
再び勝太の声が道場に響いた。
「くそっ!」
歳三はそのまま立ち上がるとどこかへ行ってしまった。
「ふん、口ほどにもない奴」さくらは面と防具を外して息をついた。
勝太は歳三が走って行った方向を見やると、ぷっと吹き出し、やがて大声で笑いだした。
「あっはは!」
「なんだ勝太、何がおかしい」
「だって、同じなんだよ、お前がおれと初めて勝負した時と!」
さくらもハッとその時のことを思い出した。
そういえば自分も、勝負が終わるなり井戸に向かって走り去ったのだった。
「私はちゃんと礼もして防具も外してから行ったんだ。一緒にするな」
「そうだったっけかな?」
さくらは防具を片づけると、すぐに素振りを始めた。
「おれ、トシの様子見てくるよ」勝太はそう言って道場を出た。
さくらは返事もせず、素振りを続けた。
―― 一瞬、危なかった。
さくらは振りかぶった時に、防具の奥に見えた歳三の鋭い目を思い出した。
――いい筋を持っていると思うのだがな。入門しないのなら致し方ない。あんな奴のことなど知らぬ。
勝太は井戸端で顔を洗っている歳三を見とめ、くすっと笑った。
――やっぱり、さくらとトシはそっくりだな。
「なんだよ勝っちゃん、俺を笑いに来たのか?」
「そんなわけないだろ。ちょっと様子を見にきたんだ」
「そんならほっといてくれ。ほら、道場に戻れよ」
勝太はやれやれ、と息をついた。
「おれは、お前とさくらは仲良くやれると思うんだがなあ。似通っているところがいくつもある」
「俺があいつと?んなわけあるか」
「まあ、似ているから余計に反発してしまうのかもな」
歳三はしばらく押し黙ったあと、ぽつりと言った。
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