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薬売り②
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次の日、歳三が行商に出かけたあと、総司はぽつりと勝太に言った。
「若先生、あの歳三さんって、そんなにいい人なんですか?」
「何言うんだ!確かにちょっとぶっきらぼうかもしれないが、本当はとってもいいやつなんだ!」
「でも、せっかく若先生が道場に誘ってるのに、あんな言い方……」
「うーん、確かに冷たい感じはしたなあ。元気がないというか。体の調子でも悪いのかな」
「そういう問題なんですかー?」
総司は疑問を投げ掛けたが、それ以上追求しようとは思わなかった。
こうして物事を前向きに考える師匠が大好きだったし、その勝太が言うことならとりあえず信じてみようと思ったのだ。
「若先生はすごいや」総司はくすっと笑った。
その日、歳三は行商で遠出したために日野には戻らなかった。
翌日の稽古の前、勝太と総司はのぶに話を聞いてみた。
「あら、すみません、不躾なことしちゃって」のぶは勝太の話を聞くと、まず謝罪の言葉を発した。
「いえ。それより、歳三はどうしてしまったのかと思いまして」
「あの子、奉公先で何かあったみたいなんです。詳しくは話してくれないんですけど」
聞けば、奉公から帰ってきて以来歳三は剣術の稽古をせずに、日本一の薬売りになってやる、といった調子で方々で家伝の薬を売り歩いているそうなのだ。
勝太は、一緒に武士になろうと約束した時の歳三の顔を思い出してやりきれない気持ちになるのだった。
数日後、稽古の中休みということで、勝太と総司は川原の土手をのんびりと散歩していた。
「このあたりで歳三が一人で素振りをしていてな。おれ達はそこで初めて会ったんだ」
「歳三さんは、本当にもう剣術をやらないつもりなんでしょうか」
「どうなんだろうなあ。でも、やめるとしたらこれほどもったいないことはないよ……ん?」
勝太が川岸を見やると、歳三が素振りをしていた。
それは、あの時の光景とまったく同じだった。
勝太はくすっと笑い、それを見た総司が勝太の視線の先に目をやった。
「あ、歳三さんじゃないですか。なんだ、剣術の稽古やってるじゃないですか」総司は目を丸くした。
「おーい、トシーっ!!」
声に気づいた歳三は手をとめて、勝太を見た。
「勝っちゃん…」
「よかった。剣術が嫌いになったわけじゃないんだな」勝太は顔をほころばせた。
「勝っちゃんは、武士になりたいって、まだ思ってるんだろ?」
歳三の質問の意味がわからなかったが、勝太は「もちろんさ」と答えた。
「そっか。じゃあ、入門なら誘っても無駄だからな。オレはあの時みたいに夢見がちな子供じゃないんだ」
「若先生が夢見がちな子供だって言いたいんですか!?」総司が割って入った。
「まあ総司、落ち着け。トシ…おのぶさんに聞いたよ。奉公先で何があったんだ」
歳三は溜息をついて、勝太を見た。
「のぶ姉のやつ、ぺらぺらと…俺は身を持って知ったんだ。百姓は所詮死ぬまで百姓。俺みたいな末っ子は奉公やら行商やらで身を立ててくしかないんだよ」
「トシ…」
「別に奉公先で何かあったわけじゃねえんだ。まあ、隠れて剣術の稽古してたら、番頭に『そんなことしたって無駄だ。どうせお前なんか侍になれるわけでもあるまいし』なんてことは言われたが。でも、問題はそこじゃねえ」
歳三は、ふう、と息をついた。
「そんなの勝手に言わせときゃいいって思ってたが、実際に俺は自分の目で侍の現実を目のあたりにしたんだ」
奉公先で、多くの侍がやってきたが、歳三が目にしたものは異人を恐れ、おどおどしている者だったり、逆にこのような時になって慌てて武具を揃えたり、剣術の稽古を始めたりするような、とにかく軟弱な侍ばかりだったという。
そして、奉公から帰ったあとに、腕試しがてら道場破りに向かった時、歳三は侍に完全に幻滅したということだった。
「俺は全員に勝った。そしたらあいつら、金を出してきやがった。今日のことは他言無用で、ってな。あんなやつらでも侍で、俺はいくら剣術の稽古をしようが百姓のままだ。勝っちゃんや総司みたいに目ぇ輝かして純粋に稽古に打ち込めるようにはできてねぇんだよ。悪いな。勝っちゃんと一緒に武士になるのは無理だ」
「トシ!」
勝太が急に大声を出したので、歳三は目を丸くした。
「おれが目指すのは、お前が見たような軟弱な武士ではない!おれが理想とする、誰よりも武士らしい武士だ。異人が日本を乗っ取ろうとしてる今こそ、真に上様を支え、日本を守れるような強い武士に、おれはなるんだ。お前は、そんな簡単にあきらめるのか?」
「勝っちゃん…」
しばしの沈黙の後、歳三は本音を漏らした。
「あきらめたくねえよ…俺だって、武士になりてえよ。けど…」
「けど、じゃない。決まりだな」
歳三は勝太をじっと見つめ、笑みを浮かべた。
「ははっ、やっぱり勝っちゃんには敵わねえや」
総司は、その時の歳三の笑顔を見て彼に対する印象が少し変わった。それから日野での日々を三人で過ごす中で、歳三が勝太と同じように熱い魂と志を持った男であることを、総司は認めた。
――口も悪いし、素直じゃないけど。
かくして、歳三と「次に江戸へ行った時は試衛館でともに稽古する」と約束をし、勝太と総司は日野をあとにした。
「若先生、あの歳三さんって、そんなにいい人なんですか?」
「何言うんだ!確かにちょっとぶっきらぼうかもしれないが、本当はとってもいいやつなんだ!」
「でも、せっかく若先生が道場に誘ってるのに、あんな言い方……」
「うーん、確かに冷たい感じはしたなあ。元気がないというか。体の調子でも悪いのかな」
「そういう問題なんですかー?」
総司は疑問を投げ掛けたが、それ以上追求しようとは思わなかった。
こうして物事を前向きに考える師匠が大好きだったし、その勝太が言うことならとりあえず信じてみようと思ったのだ。
「若先生はすごいや」総司はくすっと笑った。
その日、歳三は行商で遠出したために日野には戻らなかった。
翌日の稽古の前、勝太と総司はのぶに話を聞いてみた。
「あら、すみません、不躾なことしちゃって」のぶは勝太の話を聞くと、まず謝罪の言葉を発した。
「いえ。それより、歳三はどうしてしまったのかと思いまして」
「あの子、奉公先で何かあったみたいなんです。詳しくは話してくれないんですけど」
聞けば、奉公から帰ってきて以来歳三は剣術の稽古をせずに、日本一の薬売りになってやる、といった調子で方々で家伝の薬を売り歩いているそうなのだ。
勝太は、一緒に武士になろうと約束した時の歳三の顔を思い出してやりきれない気持ちになるのだった。
数日後、稽古の中休みということで、勝太と総司は川原の土手をのんびりと散歩していた。
「このあたりで歳三が一人で素振りをしていてな。おれ達はそこで初めて会ったんだ」
「歳三さんは、本当にもう剣術をやらないつもりなんでしょうか」
「どうなんだろうなあ。でも、やめるとしたらこれほどもったいないことはないよ……ん?」
勝太が川岸を見やると、歳三が素振りをしていた。
それは、あの時の光景とまったく同じだった。
勝太はくすっと笑い、それを見た総司が勝太の視線の先に目をやった。
「あ、歳三さんじゃないですか。なんだ、剣術の稽古やってるじゃないですか」総司は目を丸くした。
「おーい、トシーっ!!」
声に気づいた歳三は手をとめて、勝太を見た。
「勝っちゃん…」
「よかった。剣術が嫌いになったわけじゃないんだな」勝太は顔をほころばせた。
「勝っちゃんは、武士になりたいって、まだ思ってるんだろ?」
歳三の質問の意味がわからなかったが、勝太は「もちろんさ」と答えた。
「そっか。じゃあ、入門なら誘っても無駄だからな。オレはあの時みたいに夢見がちな子供じゃないんだ」
「若先生が夢見がちな子供だって言いたいんですか!?」総司が割って入った。
「まあ総司、落ち着け。トシ…おのぶさんに聞いたよ。奉公先で何があったんだ」
歳三は溜息をついて、勝太を見た。
「のぶ姉のやつ、ぺらぺらと…俺は身を持って知ったんだ。百姓は所詮死ぬまで百姓。俺みたいな末っ子は奉公やら行商やらで身を立ててくしかないんだよ」
「トシ…」
「別に奉公先で何かあったわけじゃねえんだ。まあ、隠れて剣術の稽古してたら、番頭に『そんなことしたって無駄だ。どうせお前なんか侍になれるわけでもあるまいし』なんてことは言われたが。でも、問題はそこじゃねえ」
歳三は、ふう、と息をついた。
「そんなの勝手に言わせときゃいいって思ってたが、実際に俺は自分の目で侍の現実を目のあたりにしたんだ」
奉公先で、多くの侍がやってきたが、歳三が目にしたものは異人を恐れ、おどおどしている者だったり、逆にこのような時になって慌てて武具を揃えたり、剣術の稽古を始めたりするような、とにかく軟弱な侍ばかりだったという。
そして、奉公から帰ったあとに、腕試しがてら道場破りに向かった時、歳三は侍に完全に幻滅したということだった。
「俺は全員に勝った。そしたらあいつら、金を出してきやがった。今日のことは他言無用で、ってな。あんなやつらでも侍で、俺はいくら剣術の稽古をしようが百姓のままだ。勝っちゃんや総司みたいに目ぇ輝かして純粋に稽古に打ち込めるようにはできてねぇんだよ。悪いな。勝っちゃんと一緒に武士になるのは無理だ」
「トシ!」
勝太が急に大声を出したので、歳三は目を丸くした。
「おれが目指すのは、お前が見たような軟弱な武士ではない!おれが理想とする、誰よりも武士らしい武士だ。異人が日本を乗っ取ろうとしてる今こそ、真に上様を支え、日本を守れるような強い武士に、おれはなるんだ。お前は、そんな簡単にあきらめるのか?」
「勝っちゃん…」
しばしの沈黙の後、歳三は本音を漏らした。
「あきらめたくねえよ…俺だって、武士になりてえよ。けど…」
「けど、じゃない。決まりだな」
歳三は勝太をじっと見つめ、笑みを浮かべた。
「ははっ、やっぱり勝っちゃんには敵わねえや」
総司は、その時の歳三の笑顔を見て彼に対する印象が少し変わった。それから日野での日々を三人で過ごす中で、歳三が勝太と同じように熱い魂と志を持った男であることを、総司は認めた。
――口も悪いし、素直じゃないけど。
かくして、歳三と「次に江戸へ行った時は試衛館でともに稽古する」と約束をし、勝太と総司は日野をあとにした。
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