浅葱色の桜

初音

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沖田惣次郎③

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 それから、源三郎は試衛館をあとにし、日野に帰っていった。
 惣次郎は手紙をつかんで走り去ったまま、夕飯の時間になっても帰ってこなかった。
「惣次郎、どうしたんだろ。さすがに心配だな」食卓につきつつ、勝太が言った。
「そんなに遠くには行ってないと思いますよ。じきに帰ってくるでしょう」キチがさらりと言った。
「でも、もう暗くなるし、確かに心配です」さくらが反論した。
「ちょっと、探してこようか」勝太が立ち上がり、さくらも続いた。
 二人は手分けして試衛館の外を探すことにした。

 辺りはもう暗くなっていた。東側から周辺を回っていたさくらは、惣次郎の名を呼びながら、路地の隙間なども見逃さないように細心の注意を払った。
 子供の足ではそう遠くへはいけないはずだ、と自分に言い聞かせながら、さくらはキョロキョロあたりを見回しながら歩き続けた。
 ――もしかしたら、家出したのか、惣次郎は。家出するほど、ここでの生活がつらかったのか?
 ふと、立ち止まって空を見上げると、星がちらほら表れ始めている。
 ――気付いてやれれば……。このひと月、つらい思いを誰にも言えずに一人で抱え込んでいたのだ、惣次郎は……

 走り出して、再び惣次郎の名を呼んだ。今、惣次郎のことがたまらなく心配で、いとおしく感じられた。
「さくら!」
 遠くから声がしたかと思うと、視界に勝太が現れた。
「いたか?」
「いや……」
「一体、どこに行ったんだ……」勝太は苦々しい顔であたりを見回した。
「勝太……惣次郎は、大丈夫だろうか?たぶん、日野に帰ろうとしているのではないか?」
「日野に!?」
「わからない。ただ、そんな気がするというだけで……無事だとよいのだが……」
「あ!」
 勝太が突然声を上げた。指差した方を見ると、少し遠くにある高台に、子供らしき人影がポツンと座っているのが見える。
 二人が駆けつけてみると、人影はやはり惣次郎であることがわかった。
「惣次郎!」
 さくらが声をかけると、惣次郎はこちらに気付き、ぱっと立ち上がった。そして慌てて逃げようとしたが、勝太が腕をつかんで制止した。
「惣次郎、お前、どうして……」勝太は惣次郎の腕をつかむ手を少しだけゆるめた。
「試衛館のみなさんに迷惑をかけました。もう戻れないのでこのまま捨て置いてください」惣次郎は小さい声で、しかしはっきりとそう言った。
「何言ってるんだ。一緒に帰ろう」
 勝太はしゃがみこんで、惣次郎の肩をポンとたたいた。惣次郎はその手を払いのけた。
「もう、私に構わないでください!」
 勝太もさくらも、目を丸くして惣次郎を見た。少し沈黙が流れたが、やがてさくらが口を開いた。
「惣次郎、お前、日野に帰るつもりだったのではないか?」
 惣次郎はしばらく黙り込んでいたが、やがてこくんとうなずいた。
「どうして、私は試衛館を追い出されないのですか?奥方さまが、私の態度がずっと悪かったら、日野に帰すって言ってたのに」
「義母上がそんなことを言ったのか!?」勝太が素っ頓狂な声を上げた。
「私は……っ……姉上に会いたい……」
 惣次郎の目から、大粒の涙がぽろぽろとあふれだした。
 試衛館にやってきてひと月。惣次郎が初めて本音をさらけだした瞬間だった。
 さくらは、堪らず惣次郎をぎゅっと抱きしめていた。
「ごめん、惣次郎。気付いてやれなくて……」さくらもいつの間にか涙を流していた。
「惣次郎」勝太が呼びかけた。惣次郎はさくらに離されると、泣き止んで勝太に向き直った。
「いいか。お前は武士の子だろう?武士っていうのは、後戻りをしちゃいけないんだ。だから、お前をお姉さんのところに返すわけにはいかない。これからも試衛館の内弟子でいてもらう。ただし、」
 再び泣きそうになる惣次郎を見て、勝太は付け加えた。
「お前は一人じゃない。確かに、本当のお姉さんはいないが、ここにいる間はさくらを姉と思えばいい。おれのことを兄だと思えばいい」
「そうだぞ、惣次郎。私たちは兄弟弟子なのだ。存分に甘えて構わぬ」
 すると、惣次郎は目にいっぱい涙をため、大声を上げて泣き出した。
 飛びついてきた惣次郎をさくらは優しく抱きしめ、頭を撫でた。勝太と顔を見合わせると、互いににこっと微笑んだ。


 惣次郎が泣き止むと、三人は星空の下をのんびりと歩きながら、試衛館へと帰っていった。
「勝太さん、さくらさん」惣次郎はぎこちなく二人の名前を呼んだ。呼ばれた方は、少し驚いたように、頭二つ分も小さい惣次郎を見た。
「私は、立派な武士になります」
 勝太とさくらはにこりと笑った。
「そうだ、惣次郎、その意気だ!」勝太が惣次郎の肩をバシンとたたいた。
 惣次郎はにこっと微笑んだ。惣次郎が見せた、初めての笑顔だった。

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