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沖田惣次郎②
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そして、あっという間に惣次郎がやってくる、という日を迎えた。
「こちらが、沖田惣次郎です」
客間に通された源三郎の兄・松五郎は小さな男の子を自分の横に座らせると、自分でも挨拶をするように促した。
「初めまして。今日からここでお世話になります。沖田惣次郎です」惣次郎は深々と頭を下げると、おびえたような目で顔を上げた。惣次郎にとって、さくら、勝太、周助、キチがずらりと並んでいる様は威圧感を覚えるような光景だろう。
「よろしく、惣次郎。私はここの娘、さくらだ。こちらから義弟の勝太。父で、天然理心流宗家の周助、義母のキチだ」
紹介された三人は口ぐちによろしく、と挨拶し、頭を下げた。
「よ、よろしくお願いいたします」惣次郎は再び深々と頭を下げた。
さくらが想像していた元気そうな少年とはかけ離れた、大人しく、おどおどとした少年。それが沖田惣次郎だった。
次の日から、惣次郎はまず下働きとして日常の雑務を手伝うこととなった。
内弟子、という名前の通り、本来なら住み込みで働きながら剣術を習うのだが、まずは下働きだけで様子を見る。
「惣次郎は九歳だし、武家の息子だ。まさか、とは思うがお前の二の舞になっちまったら元も子もないからな」
ニヤリと笑いながら周助はさくらにそう言ったのだった。
少々不純な動機だったとはいえ、さくらは七歳で剣術を始め、一度挫折している。惣次郎が同じ道をたどっては沖田家に合わせる顔がないというわけだ。
朝方、さくらは水汲みをしている惣次郎を見かけた。
「惣次郎、おはよう。朝から感心だな」
さくらはにこやかにそう言ったものの、惣次郎は軽く会釈しただけでスッとその場を立ち去ってしまった。
呆気にとられたものの、昨日の様子を見れば、無理もないような気がした。自分だって、九歳の時に家族と引き離されて内弟子になるというのを想像すれば辛く寂しいことであるし、緊張しているのだろうと思った。
しかし、キチはその態度が気に食わないようである。
惣次郎が行う仕事はつまるところキチの手伝いが大半である。自然、そっけないともいえる惣次郎の振る舞いを目の当たりにすることは、一度や二度ではなかったようで、キチの堪忍袋の緒はたちまち切れてしまった。
「あの子には愛想というものがないのですか!?仮にも武士の子なら、もう少し礼儀をわきまえるべきです!」
周助とキチの部屋で、そんな怒号が響いた。
「まあまあ、落ち着けよ。あいつも来たばっかで緊張してんだって。大目に見てやれよ」
「それにしたって、ろくに挨拶もしないんですよ」
「まあ、それはほら、これから躾けていきゃあいいじゃねぇか」
「あのままの態度を貫き通すということでしたら、日野に返した方がいいんじゃありません?」
「バカ言え。拾った犬じゃあるめえし、そんな簡単に返すだなんだなんてことできねえよ」
実はこの会話、庭掃除をしていた惣次郎に筒抜けだった。むろん、周助もキチもそんなことは知る由もない。
それ以来、惣次郎の態度はよくなるばかりかますますそっけないものになっていくようであった。
もう少しでひと月経つという頃になっても、惣次郎はいっこうに試衛館の人々に心を開こうとはしなかったのである。こちらから話しかければボソッと挨拶を返すのだが、やはり愛想というものはまるでなかった。惣次郎が必要以外のことを喋っているのを聞いた者もほとんどいなかった。
そんなある日、さくら、勝太、それに近くに用があったからと試衛館に立ち寄っていた源三郎は、庭掃除をしつつ談笑していた。
しばらくは取り留めもない話をしていたが、ひょんなきっかけで惣次郎の話題になった。
「それにしても、惣次郎のあの態度はなんとかならぬものか。そろそろ、まだここに慣れていない、という道理は通らなくなるぞ」さくらが半ばあきれたように言った。
「もともとああいう性格なんだよ、きっと。無口っていうか。むしろうちでよかったな。あれじゃ商家で奉公しようったってできないよ」勝太はさくらの言ったことを対して気にもとめていない風だった。
「おかしいな。ここへ来る前に惣次郎のお姉さんに会ってきたんだが、『利発な子ではあるんですけど、少々元気が有り余るところがあって、向こうでご迷惑をかけていなければよいのですが』って言ってたぞ」
源三郎の言葉に、勝太とさくらは「え?」と顔を見合わせた。
「そうだ、手紙を預かってるんだ。惣次郎に渡してくるよ」そう言って懐から手紙を取り出し、源三郎はくるりと踵を返した。
だが、振り返った先には、惣次郎が水桶を手に立っていた。いつの間に、とさくら達は動揺の色を隠せないでいたが、源三郎は手紙をスッと惣次郎に差し出した。
「惣次郎、おミツ姉さんからだぞ」
惣次郎はひったくるように手紙を受け取ると、そそくさとその場をあとにした。
「聞こえていただろうか…」さくらはバツの悪そうな顔でうつむいた。
「まあ、ぎりぎり聞かれても問題ないことしか話してない…はず…」勝太も自信なさげに言った。
「確かに、おミツさんの話していた様子とはだいぶ違うようだな」源三郎が心配そうに、惣次郎がいたあたりを見つめていた。
「こちらが、沖田惣次郎です」
客間に通された源三郎の兄・松五郎は小さな男の子を自分の横に座らせると、自分でも挨拶をするように促した。
「初めまして。今日からここでお世話になります。沖田惣次郎です」惣次郎は深々と頭を下げると、おびえたような目で顔を上げた。惣次郎にとって、さくら、勝太、周助、キチがずらりと並んでいる様は威圧感を覚えるような光景だろう。
「よろしく、惣次郎。私はここの娘、さくらだ。こちらから義弟の勝太。父で、天然理心流宗家の周助、義母のキチだ」
紹介された三人は口ぐちによろしく、と挨拶し、頭を下げた。
「よ、よろしくお願いいたします」惣次郎は再び深々と頭を下げた。
さくらが想像していた元気そうな少年とはかけ離れた、大人しく、おどおどとした少年。それが沖田惣次郎だった。
次の日から、惣次郎はまず下働きとして日常の雑務を手伝うこととなった。
内弟子、という名前の通り、本来なら住み込みで働きながら剣術を習うのだが、まずは下働きだけで様子を見る。
「惣次郎は九歳だし、武家の息子だ。まさか、とは思うがお前の二の舞になっちまったら元も子もないからな」
ニヤリと笑いながら周助はさくらにそう言ったのだった。
少々不純な動機だったとはいえ、さくらは七歳で剣術を始め、一度挫折している。惣次郎が同じ道をたどっては沖田家に合わせる顔がないというわけだ。
朝方、さくらは水汲みをしている惣次郎を見かけた。
「惣次郎、おはよう。朝から感心だな」
さくらはにこやかにそう言ったものの、惣次郎は軽く会釈しただけでスッとその場を立ち去ってしまった。
呆気にとられたものの、昨日の様子を見れば、無理もないような気がした。自分だって、九歳の時に家族と引き離されて内弟子になるというのを想像すれば辛く寂しいことであるし、緊張しているのだろうと思った。
しかし、キチはその態度が気に食わないようである。
惣次郎が行う仕事はつまるところキチの手伝いが大半である。自然、そっけないともいえる惣次郎の振る舞いを目の当たりにすることは、一度や二度ではなかったようで、キチの堪忍袋の緒はたちまち切れてしまった。
「あの子には愛想というものがないのですか!?仮にも武士の子なら、もう少し礼儀をわきまえるべきです!」
周助とキチの部屋で、そんな怒号が響いた。
「まあまあ、落ち着けよ。あいつも来たばっかで緊張してんだって。大目に見てやれよ」
「それにしたって、ろくに挨拶もしないんですよ」
「まあ、それはほら、これから躾けていきゃあいいじゃねぇか」
「あのままの態度を貫き通すということでしたら、日野に返した方がいいんじゃありません?」
「バカ言え。拾った犬じゃあるめえし、そんな簡単に返すだなんだなんてことできねえよ」
実はこの会話、庭掃除をしていた惣次郎に筒抜けだった。むろん、周助もキチもそんなことは知る由もない。
それ以来、惣次郎の態度はよくなるばかりかますますそっけないものになっていくようであった。
もう少しでひと月経つという頃になっても、惣次郎はいっこうに試衛館の人々に心を開こうとはしなかったのである。こちらから話しかければボソッと挨拶を返すのだが、やはり愛想というものはまるでなかった。惣次郎が必要以外のことを喋っているのを聞いた者もほとんどいなかった。
そんなある日、さくら、勝太、それに近くに用があったからと試衛館に立ち寄っていた源三郎は、庭掃除をしつつ談笑していた。
しばらくは取り留めもない話をしていたが、ひょんなきっかけで惣次郎の話題になった。
「それにしても、惣次郎のあの態度はなんとかならぬものか。そろそろ、まだここに慣れていない、という道理は通らなくなるぞ」さくらが半ばあきれたように言った。
「もともとああいう性格なんだよ、きっと。無口っていうか。むしろうちでよかったな。あれじゃ商家で奉公しようったってできないよ」勝太はさくらの言ったことを対して気にもとめていない風だった。
「おかしいな。ここへ来る前に惣次郎のお姉さんに会ってきたんだが、『利発な子ではあるんですけど、少々元気が有り余るところがあって、向こうでご迷惑をかけていなければよいのですが』って言ってたぞ」
源三郎の言葉に、勝太とさくらは「え?」と顔を見合わせた。
「そうだ、手紙を預かってるんだ。惣次郎に渡してくるよ」そう言って懐から手紙を取り出し、源三郎はくるりと踵を返した。
だが、振り返った先には、惣次郎が水桶を手に立っていた。いつの間に、とさくら達は動揺の色を隠せないでいたが、源三郎は手紙をスッと惣次郎に差し出した。
「惣次郎、おミツ姉さんからだぞ」
惣次郎はひったくるように手紙を受け取ると、そそくさとその場をあとにした。
「聞こえていただろうか…」さくらはバツの悪そうな顔でうつむいた。
「まあ、ぎりぎり聞かれても問題ないことしか話してない…はず…」勝太も自信なさげに言った。
「確かに、おミツさんの話していた様子とはだいぶ違うようだな」源三郎が心配そうに、惣次郎がいたあたりを見つめていた。
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