浅葱色の桜

初音

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沖田惣次郎①

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 嘉永三(一八五〇)年 春

 さくらと勝太は町に買い物に出てきていた。
「まったく、なぜ味噌やら米やらと、重いものは私たちに頼むのだ」
「なんかさくら、義母上ははうえのことに関しては、怒ってばっかりじゃないか?」
 さくらは呆れたようにため息をついた。
「お前は気がつかないのか?」
「何が?」
「わからぬのならいい」
 以前のぶから「キチは初にやきもちをやいているのでは」と聞いた後、さくらはそういう視点でキチを観察してみていた。やきもち、という感情が今一つわからなかったさくらだったが、なんとなく納得できる気がした。
 そうは言っても、キチのさくらに対する相変わらずのピリピリした態度を許すことができたわけではない。
 本来はまだ母として認めたくはなかったが、いつまでも名を呼ばずに生活するわけにもいかず、「義母上」と呼ぶことにも慣れてきたが、やはりキチに対して心を開くことはできずにいたのだった。
 自分で産んだ子ではないということで、ほぼ似たような理由だと推察できるが、キチは勝太に対しても同じように作り笑顔丸出しで接していた。だが、勝太はそれが作り笑顔だとまるで気づいていないようだった。
 ――ある意味、これが勝太のいいところでも悪いところでもあるのだが…
 さくらは再び大きくため息をついた。

「そういえば、確かトシがこの辺で奉公してるはずなんだが」勝太が思い出したように言った。
「ああ、おのぶさんの弟さんか」
「おれがこっちに帰ってきてすぐに日野を出てるだろうから、もう十日くらいになるか」
「どこで奉公してるって?」
「なんか、四谷よつやの薬問屋とか言ってたけど」
「へえ、じゃあ、結構近くじゃないか。顔を出しにでも行ったらどうだ?私もおのぶさんの弟さんなら挨拶したいし」
「でも、詳しい場所までは。それに、奉公の最中に邪魔するのも悪いしな」

 さくらは勝太から歳三の話を聞いて、彼が奉公を終えて試衛館に入門してくるのを楽しみにしていた。
 三人で一緒に武士になれれば、と思い、勝太に気付かれないように一人微笑んだ。

 それからひと月ほどが経ち、久しぶりに源三郎が試衛館にやってきた。
 さくらと勝太は道場を掃除していたが、源三郎が姿を見せると手を止めて駆け寄った。
「源兄ぃ!久しぶりだなぁ!まだ紹介してなかったと思うが、昨年うちに入った勝太だ」さくらは隣に立つ勝太を指した。
 源三郎は微笑ましそうに破顔し、恭しくお辞儀した。
「これはどうも、若先生。井上源三郎と申します。さくらとは幼きころから親しくしておりまして…」
「頭を上げてください、井上さん。そんなにかしこまらなくても…」
「いえ、私とてまだまだ未熟者ですから」
 やり取りを聞いていたさくらは二人に割って入った。
「源兄ぃ、私と態度が全く違うではないか」
「いや、一応さくらが目上であることはわかってるんだが、今さら丁寧にふるまったところで気色悪いだろ?」
「あ、それはおれも同じです。どうもさくらのことを姉上とは呼べなくて…」
「やはりそうですか!」
 二人がゲラゲラと笑いだしたので、さくらは「おい!」と声を上げた。
「あ、若先生。私のことは源三郎でいいので」源三郎はさくらを無視して話を続けた。
「いえ、そんな呼び捨てには…」勝太はしばらく考え込んだ。
「じゃあ、源さんで」
「ははっ、それがいいです。さくらも源兄ぃなどと呼んでいますしね」
「それにしても、今日は何か用でもあったのか?」再びさくらは割って入った。
「そうそう。さっき先生には話して了承してもらったんだが……ここに内弟子を入れてもらうことになってな」
「内弟子?」さくらと勝太が素っ頓狂な声を上げた。
 源三郎はこくんと頷くと、まじめな顔つきで言った。
沖田惣次郎おきたそうじろうという、うちの遠縁にあたる家の子なんだが…お父上が早くに亡くなられてな。男子が末っ子でまだ小さい惣次郎しかいなかったもんだから、家督が継げなかったんだ。だから、お姉さんが婿養子を取ってなんとか家督を継いだんだが…」
 そこで少し間を置いた。さくらは促すように源三郎を見た。
「なかなか暮らしがよくならなくてなぁ。だから、兄が沖田さんに提案したんだ。いい道場があるってね」
「要するに、口減らしか…」さくらが小さく言った。
「だが、なぜ剣術道場なのだ?このような貧乏道場などでなく、どこぞの商家にでも奉公に出せばいいものを」
「バカだな。そこはそれ、武家の矜持ってやつさ」
「そういうものか。それで、いつ来るのだ?」
「早ければ、来月の頭には」
 さくらは幼い頃ひと悶着起こした信吉のような少年を思い出していた。
 惣次郎も、元気に棒切れを振り回し、チャンバラでもして遊んでいるような少年なのかと想像した。

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