浅葱色の桜

初音

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土方歳三③

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 夜になって、逃げることもできないと悟った歳三は、部屋に並んだ二つの布団の片方に入っていた。
 もう一つには、勝太がごろんと寝ころんでいる。
「なあ、おれ、なんか気に障ること言ったかな?」
 勝太は、歳三が口を聞こうとしないのを見て、そんなことを言った。
 ――そういえば、さくらに初めて会った時も同じようなことを聞いたような……そうだ、こいつ、どことなくさくらに似てる気がする。
 歳三は黙りこくっていた。これはさくらより手ごわいかもしれない、と思った勝太は寝返りをうって歳三の方を向いた。歳三は勝太に背を向けていたが、まだ眠っていないようだった。
「お義兄さんも天然理心流の門人なんだ。お前も入ればいいのにって本当に思うよ。ちゃんと稽古を積んだら、相当強く……」
「うるせえ、って、何度言ったらわかるんだ!?」
 歳三は向きを変えずに言った。
「うるさい、のはわかったよ。でも、なんで入門しないのかわからなかったら、おれはきっといつまでもお前を誘うぞ」
 沈黙が流れた。やがて歳三が小さな声で言った。 
「……おれがここにいるのはあとひと月だ。そしたらまた奉公に出る」 
「……そう、なのか。いつまでなんだ?」
「少なくとも四、五年は帰ってこれねえ」
 勝太は起き上がった。歳三は相変わらず動かなかった。
「だったら、帰ってきたら入門すればいいだろ?おれは待ってる!それに、あとひと月もあるんだ。せめてその間だけでも、一生に稽古しよう!
 今度は歳三がガバっと起き上がった。
「大きなお世話だ!俺は一生奉公人か薬売りで終わるんだ!剣術なんか……!」
「なんで一生なんて決めつけるんだ」勝太は静かに言った。
「俺は農家の末っ子だ。家業を手伝うか奉公人かどっかの婿養子に出されるか…そんなもんだろ」 
「おれも末っ子だ!奇遇だな」勝太はにこっと笑った。
「それに、おれも百姓のまま一生を終えると思ってた。けどな、稽古に励んでたら、義父上が見とめて養子にしてくれた。たった十八年生きてるだけでいろんなことがあったんだから、一生がどうなるかなんて今からわかるはずないだろ?」
 歳三は二の句が告げないようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「お前に何がわかる……」
「一生薬売りかどうかはわからない、ってことだけはわかるぞ」
 勝太は、じっと歳三を見た。歳三の顔つきが、少しだけ変わったように見えた。勝太は満足げに微笑むと、こう言った。
「おれはさ、武士になりたいんだ」
「武士……?」
 信じられない、と歳三の顔にはっきりと書いてあった。勝太は言葉を続けた。
「一生がどうなるかなんてわからない、って言ったろ?」
「だからって……」
「そのために、剣術の腕を磨いてるんだ」
 ふっと、歳三は鼻で笑った。
「はははは!現実を見ろよ。いくらなんでも、武士になるだって?」意地悪そうな笑いを浮かべて、歳三はそう言った。
「ムリだというかもしれないが、おれは武士になりたい」
 勝太の真剣な目を見て、歳三から笑いが消えた。
「本気で言ってるのか?」
「本気だから言ってるんだ」
「お前、百姓だったって言ったよな」
「そうだ。剣術道場で養子にしてもらえたのだって、嘘みたいだって、最初は信じられなかった。でも、本当に、百姓からそうなれたんだから、武士にもなれそうな気がしてさ」
 歳三はしばらく黙り込んでから、ぽつりと言った。
「俺も……なれるかな」
  今度は勝太が驚く番だった。ぐっと身を乗り出し、歳三をじっと見る。
「武士にか?」
 歳三はこくり、と頷いた。
「武士になるなんて、絶対無理だ、夢物語だって思ってた。バカにされると思って、姉貴たちに言ったこともない。けど、まさか同じバカがいるとはな」歳三はにこりと笑った。
「あはは、初めてちゃんと笑ったな!」勝太は嬉しそうに言った。
「剣術の稽古も、それでやってたのか?」
「ああ」
「なれるさ。お前も、一緒に武士になろう!だからさ、奉公から帰ってきたら、うちに入門しろよ」
「……考えとくよ」
「なんだよ、素直じゃないな」
 二人は同時に笑った。
 二人とも、同じ志を持つ者に出会えたことを、大いに喜び、その夜はなかなか眠りにつけなかった。


 それから勝太は日野にひと月弱程度滞在し、歳三とも剣術の稽古を重ね、すっかり仲良くなった。
「じゃあな、勝っちゃん!」
「おう!お前も、奉公がんばれよ、トシ!」
 日野を去る勝太の背中を、歳三は笑顔で見送った。
「お友達ができてよかったわね、歳三。あなたがそんな楽しそうな顔してるの初めて見たわ」のぶがくすっと笑った。
「ふん、うるせーなぁ」
 歳三は勝太が見えなくなる前に踵を返した。そして、姉に見られないように、笑みを浮かべた。
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