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武士になろう③
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「勝五郎……」
「さくら、大丈夫か……?」
「ああ、あんなところで親子喧嘩など、見苦しいところを見せてしまったな。少し、頭を冷やしたかっただけだ」
「いや、おれも正直びっくりしたし……でも、さくらの言うことももっともだよな。どうもホラ、男っていうのはそういうことに考えが回らないから……」
「勝五郎は、どう思う」
自分でも意地悪な質問だ、と思った。自分の気持ちは言わず、先に勝五郎に言わせるのだから。
「おれは、正直、さくらがああ言ってくれてよかったと思ってる。おれは、さくらと夫婦にはなりたくないから」
あまりにもはっきりと言う勝五郎に、さくらは可笑しくなってしまってぷっと笑みを漏らした。
「なんだ、他に惚れた女子でもいるのか。私とて、今さらお前と夫婦になどなれるか」
「違うよ。確かに、さくらが妻になるっていうのはちょっと変な感じだけど……ただ、おれは……さくらの目標をつぶしたくないんだ」
さくらは驚いて勝五郎を見た。
「もちろん、養子になれるならうれしいよ。百姓よりかは、武士身分に近づけるわけだし。それに、近藤先生に腕を認めてもらえたことは本当にうれしい。でもやっぱり、さくらが稽古できなくなることと引き替えにはできないよ」
さくらは、負けた、と思った。
――私が考えていたことは、結局自分のことばかり。でも勝五郎は……
さくらは、わずかに口角を上げて、微笑んだ。今なら、言える。
「勝五郎、姉弟にならないか。……もちろん、私が姉でお前が弟だが」
後半は負け惜しみのようだったが、さくらは言ってのけた。今度は勝五郎が驚きに唖然としていた。
「姉弟……?でもそれって……」
「ああ。正々堂々、お前と天然理心流四代目を争う。私がお前より強くなれば、四代目を継ぐのは私だ。それだけのこと。第一、逆も然り、だ。私とて、お前を武士になりたいという目標から遠ざけるようなマネはしたくない」
すると、勝五郎はぷっと噴出し、
「はははっ!お前って本当に男らしいな」
「お前、またそうやって人の真面目な話を……!」
「ごめんごめん。じゃあさ」
勝五郎は笑いをこらえながらさくらを見た。
「さくらも武士になろう」
「……はぁ?」
言われたことの意味がわからず、さくらは勝五郎を凝視した。
「天然理心流の四代目はどっちか一人しかなれない。でも武士なら二人でなれる」
さくらは目からウロコが落ちるとはこのことか、と思った。それからぷっと笑った。
「お前は本当に面白いやつだな。女子が武士なんて、道場を継ぐのより難しいぞ」
「信じて稽古して強くなったらきっとなれるさ。だから、一緒にがんばろう」
勝五郎の目があまりに澄み切っているので、さくらは一瞬「なんとかなるんじゃないか」という気になってしまった。
「武士になる、か……。悪くない」
「だろ?」勝五郎は嬉しそうににっと笑った。
さくらと勝五郎は、部屋に戻って周助に頭を下げた。
「父上。勝五郎を養子に、ということであれば、姉弟ということにしてはいただけませぬか」
「きょうだい?」
「はい。天然理心流を盛り立てていくためには、勝五郎のような男が必要です」
「……お前はそれでいいのか?」
「はい。もともと四代目を継ぐのは私が誰よりも強くなったらということでした。勝五郎に勝ちきれなかったらその時は、潔く身を引きます……」
「まあ、それもそうなんだが。……お前ら惚れあってるんじゃねえのか」周助はけろりとして言った。
「はい!?」これにはさくらも勝五郎も今日一番の大声を出した。
「照れなくてもいいって」周助はにやにやと笑った。
「照れてるなどと、そういうことではありません!」さくらが全力で否定した。勝五郎もしきりに頷いた。
「本当なのか?俺はてっきり……」
「父上、どこをどうすればそのような結論に至るのですか!?私も勝五郎も、惚れあってなどおりませぬ!」さくらは語気を強めた。勝手に勘違いされた挙句、縁談まで進められてしまってはたまったものではない。
すると、周助は「なあんだ」と、気の抜けたような声を出した。
「じゃあ、それでいいぞ。姉弟で」
その場にいた全員があんぐりと口を開けた。
「よろしいのですか……?そんなあっさり……」さくらは目を丸くした。
「もともと理心流は養子続き。さくらが跡継ぎを産まなくたって、絶えやしねえよ」
そうは言いつつも、周助は寂しそうな目をしていた。さくらはなんだかとても親不孝なことをしてしまったのではないかと胸がざわつくような心地がしたが、だからと言って前言撤回をすることはできない。
「勝五郎。さくらの兄弟分として、うちに来てくれるか。どうだ、宮川さん」
久次郎は先ほどまでぽかんと様子を見ていたが、ハッと我に返り、深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます。勝五郎をよろしくお願いいたします」
「うんうん。姉弟ってえのは考えてみれば妙案だな。さくらと勝五郎が切磋琢磨することで、二人の力がぐんと引き出されるだろう。こりゃあ楽しみだ。さくら」
周助はさくらを見てニッと笑った。
「我が娘ながら、その気概や良し、だ。負けるんじゃねえぞ。もちろん、勝五郎もだ。うん、楽しみだ」
さくらと勝五郎は顔を見合わせて微笑んだ。
こうして、宮川勝五郎は近藤家の養子として、試衛館にやってきたのだった。
「さくら、大丈夫か……?」
「ああ、あんなところで親子喧嘩など、見苦しいところを見せてしまったな。少し、頭を冷やしたかっただけだ」
「いや、おれも正直びっくりしたし……でも、さくらの言うことももっともだよな。どうもホラ、男っていうのはそういうことに考えが回らないから……」
「勝五郎は、どう思う」
自分でも意地悪な質問だ、と思った。自分の気持ちは言わず、先に勝五郎に言わせるのだから。
「おれは、正直、さくらがああ言ってくれてよかったと思ってる。おれは、さくらと夫婦にはなりたくないから」
あまりにもはっきりと言う勝五郎に、さくらは可笑しくなってしまってぷっと笑みを漏らした。
「なんだ、他に惚れた女子でもいるのか。私とて、今さらお前と夫婦になどなれるか」
「違うよ。確かに、さくらが妻になるっていうのはちょっと変な感じだけど……ただ、おれは……さくらの目標をつぶしたくないんだ」
さくらは驚いて勝五郎を見た。
「もちろん、養子になれるならうれしいよ。百姓よりかは、武士身分に近づけるわけだし。それに、近藤先生に腕を認めてもらえたことは本当にうれしい。でもやっぱり、さくらが稽古できなくなることと引き替えにはできないよ」
さくらは、負けた、と思った。
――私が考えていたことは、結局自分のことばかり。でも勝五郎は……
さくらは、わずかに口角を上げて、微笑んだ。今なら、言える。
「勝五郎、姉弟にならないか。……もちろん、私が姉でお前が弟だが」
後半は負け惜しみのようだったが、さくらは言ってのけた。今度は勝五郎が驚きに唖然としていた。
「姉弟……?でもそれって……」
「ああ。正々堂々、お前と天然理心流四代目を争う。私がお前より強くなれば、四代目を継ぐのは私だ。それだけのこと。第一、逆も然り、だ。私とて、お前を武士になりたいという目標から遠ざけるようなマネはしたくない」
すると、勝五郎はぷっと噴出し、
「はははっ!お前って本当に男らしいな」
「お前、またそうやって人の真面目な話を……!」
「ごめんごめん。じゃあさ」
勝五郎は笑いをこらえながらさくらを見た。
「さくらも武士になろう」
「……はぁ?」
言われたことの意味がわからず、さくらは勝五郎を凝視した。
「天然理心流の四代目はどっちか一人しかなれない。でも武士なら二人でなれる」
さくらは目からウロコが落ちるとはこのことか、と思った。それからぷっと笑った。
「お前は本当に面白いやつだな。女子が武士なんて、道場を継ぐのより難しいぞ」
「信じて稽古して強くなったらきっとなれるさ。だから、一緒にがんばろう」
勝五郎の目があまりに澄み切っているので、さくらは一瞬「なんとかなるんじゃないか」という気になってしまった。
「武士になる、か……。悪くない」
「だろ?」勝五郎は嬉しそうににっと笑った。
さくらと勝五郎は、部屋に戻って周助に頭を下げた。
「父上。勝五郎を養子に、ということであれば、姉弟ということにしてはいただけませぬか」
「きょうだい?」
「はい。天然理心流を盛り立てていくためには、勝五郎のような男が必要です」
「……お前はそれでいいのか?」
「はい。もともと四代目を継ぐのは私が誰よりも強くなったらということでした。勝五郎に勝ちきれなかったらその時は、潔く身を引きます……」
「まあ、それもそうなんだが。……お前ら惚れあってるんじゃねえのか」周助はけろりとして言った。
「はい!?」これにはさくらも勝五郎も今日一番の大声を出した。
「照れなくてもいいって」周助はにやにやと笑った。
「照れてるなどと、そういうことではありません!」さくらが全力で否定した。勝五郎もしきりに頷いた。
「本当なのか?俺はてっきり……」
「父上、どこをどうすればそのような結論に至るのですか!?私も勝五郎も、惚れあってなどおりませぬ!」さくらは語気を強めた。勝手に勘違いされた挙句、縁談まで進められてしまってはたまったものではない。
すると、周助は「なあんだ」と、気の抜けたような声を出した。
「じゃあ、それでいいぞ。姉弟で」
その場にいた全員があんぐりと口を開けた。
「よろしいのですか……?そんなあっさり……」さくらは目を丸くした。
「もともと理心流は養子続き。さくらが跡継ぎを産まなくたって、絶えやしねえよ」
そうは言いつつも、周助は寂しそうな目をしていた。さくらはなんだかとても親不孝なことをしてしまったのではないかと胸がざわつくような心地がしたが、だからと言って前言撤回をすることはできない。
「勝五郎。さくらの兄弟分として、うちに来てくれるか。どうだ、宮川さん」
久次郎は先ほどまでぽかんと様子を見ていたが、ハッと我に返り、深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます。勝五郎をよろしくお願いいたします」
「うんうん。姉弟ってえのは考えてみれば妙案だな。さくらと勝五郎が切磋琢磨することで、二人の力がぐんと引き出されるだろう。こりゃあ楽しみだ。さくら」
周助はさくらを見てニッと笑った。
「我が娘ながら、その気概や良し、だ。負けるんじゃねえぞ。もちろん、勝五郎もだ。うん、楽しみだ」
さくらと勝五郎は顔を見合わせて微笑んだ。
こうして、宮川勝五郎は近藤家の養子として、試衛館にやってきたのだった。
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