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武士になろう②
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さくらと勝五郎が部屋に入ると、周助だけでなく、勝五郎の父・久次郎もいた。周助は二人の顔を見るなり嬉しそうに笑った。
「いやあ、二人ともいい剣筋だったぞ。それでだな、単刀直入に言う。勝五郎、お前、うちの養子にならないか?」
沈黙が流れた。勝五郎はぽかんとして周助を見ていた。
さくらは愕然とした。周助の意図がわからない。
――まさか、四代目に勝五郎を?いや、まだそうと決まったわけでは。しかし私がいるというのに、なぜわざわざ養子?やはり女子では駄目なのか?まさか私は近藤家を追い出されるとか……?そうだ、父上は言っていたではないか。『お前が誰よりも強くなったら宗家を譲ってもいい』と。
そう思うと、以前キチに対して自分で言った台詞が自分の首を絞めるような心地がしてくる。
『私の腕が未熟なゆえに、父上が養子を取った方がよいと判断したならば、私はそれに従いましょう。しかし、父上も、亡き母上も、私が男以上に強くなり、天然理心流のすべてを受け継ぐことをお望みです。私は、その望みに答えるべく、稽古を積んで精進するまでにございます』
そうは言っても、稽古さえきちんと積んでいれば、きっと四代目宗家になれるという思いが、根拠もなくさくらの中にはあった。そうした考えはもしかしたら甘く浅はかなものだったのではないかと、さくらは気づかないわけにはいかなかった。
ぐるぐると考えてしまって何も言えないさくらの気持ちを代弁するかのように、勝五郎が言った。
「先生、待って下さい。どういうことですか?どうして、おれを養子になんて……」
「はは、驚いてるな。なんたって婿養子だからな。俺が隠居したら、二人で天然理心流と試衛館を盛り立てていってほしい」周助は混乱している様子のさくらと勝五郎を面白そうに見ながらそう言った。
「婿養子……?誰と……?」
「さくらに決まってんだろ。他に誰がいる」
二人は固まった。
「ええーっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、さくらと勝五郎は周助と久次郎を交互に見た。
「いやあ、安心だ。さくらにいい相手が見つかってよかった。子供が産まれたら、めっぽう強い子になるぜ。なんせ勝五郎とさくらの子なんだからな」
「私は賛成だぞ、勝五郎。近藤先生の養子になれば武士身分に近づけるし、さくらさんのような娘さんをもらえるなんて、お前は幸せものだな」
「ちょっと待って下さい、父上……近藤先生、つまり……」
「つまり」
ようやくさくらが、口を開いた。
「私に、勝五郎の子を産めと」
「ああそうだ。これで天然理心流も安泰。勝五郎もゆくゆく師範代になる可能性は十分あるし、そうなれば父親が師範代、母親が四代目宗家。すげえことじゃねえか」
ひとまず、四代目を勝五郎にすると決まったわけではなさそうだ。さくらは安堵するような拍子抜けするような思いだったが、もはや問題はそこではない。
さくらの言葉には怒気がこもり始める。
「本気でおっしゃっているのですか」
「ああ」
「お言葉ですが」とさくらは周助を睨みつけた。
「今までこう言った話題にならなかったので話していませんでしたが。私は、子を産むつもりはありません。腹に子が宿れば、その間剣術の稽古にも難儀するでしょう。まして、四代目宗家として門人に稽古をつけるなら、赤子の世話をしている場合ではありません」
この発言に、男性陣は「盲点だった」と言わんばかりに目を丸くした。
「産まれたら、世話役の乳母でも探してきてやるよ。産まれる直前はまあ休まざるを得ないだろうが、二、三ヶ月くらいか?なんとかなるだろ」周助が言った。
「乳母を雇う金などあるものですか。それに、父上。今でさえ、私が剣術の稽古をしているのを『女のくせに』といい顔しない門人がいるのですよ。赤子ができたからといって稽古を休めば腕はなまるし、殊更『女のくせに』と言わせるだけではありませんか」
「さくら……」
「……私は、承服しかねます」
さくらはそう言うと、立ち上がって部屋を出ていってしまった。
残された三人はぽかんとした顔でその後ろ姿を見守っていたが、勝五郎がさっと立ち上がり、さくらを追いかけた。
ひとまず裏庭まで走ったさくらはふう、と息を整えた。
親の目的のために縁談が進められるのは普通のこと。両家の親が賛成しているこのような場合、さくらには決定を覆す力などない。わかっている。わかっているが、あの場で二つ返事で承諾できるはずもない。
そしてさくらは、間一髪で、喉まで出かかった台詞を飲みこんでいた。
『どうしても勝五郎を養子にすると言うのなら、姉弟ということにしていただけませんか』
言う覚悟が、できなかった。それを言ってしまえば、宗家四代目の座を勝五郎と真正面から争うことになる。自信がなかった。先ほど無惨に負けたことに、先日の強盗撃退の一件のことも重なって、どうしても惨めな気持ちに苛まれてしまう。勝五郎は、自分より一枚も二枚も上手なのだと。
しかしそれだけに、勝五郎の養子入りを断固拒否するのも、それはそれで大人気ないような気がした。天然理心流の将来を考えれば、身も心も強い方が、四代目になるのがふさわしい。
――父上とて、 跡継ぎのことを真剣に考えなければいけない。私が強くなるのを悠長に待つわけにもいかぬのだろう。
その時、足音がした。振り返ると、勝五郎が立っていた。
「いやあ、二人ともいい剣筋だったぞ。それでだな、単刀直入に言う。勝五郎、お前、うちの養子にならないか?」
沈黙が流れた。勝五郎はぽかんとして周助を見ていた。
さくらは愕然とした。周助の意図がわからない。
――まさか、四代目に勝五郎を?いや、まだそうと決まったわけでは。しかし私がいるというのに、なぜわざわざ養子?やはり女子では駄目なのか?まさか私は近藤家を追い出されるとか……?そうだ、父上は言っていたではないか。『お前が誰よりも強くなったら宗家を譲ってもいい』と。
そう思うと、以前キチに対して自分で言った台詞が自分の首を絞めるような心地がしてくる。
『私の腕が未熟なゆえに、父上が養子を取った方がよいと判断したならば、私はそれに従いましょう。しかし、父上も、亡き母上も、私が男以上に強くなり、天然理心流のすべてを受け継ぐことをお望みです。私は、その望みに答えるべく、稽古を積んで精進するまでにございます』
そうは言っても、稽古さえきちんと積んでいれば、きっと四代目宗家になれるという思いが、根拠もなくさくらの中にはあった。そうした考えはもしかしたら甘く浅はかなものだったのではないかと、さくらは気づかないわけにはいかなかった。
ぐるぐると考えてしまって何も言えないさくらの気持ちを代弁するかのように、勝五郎が言った。
「先生、待って下さい。どういうことですか?どうして、おれを養子になんて……」
「はは、驚いてるな。なんたって婿養子だからな。俺が隠居したら、二人で天然理心流と試衛館を盛り立てていってほしい」周助は混乱している様子のさくらと勝五郎を面白そうに見ながらそう言った。
「婿養子……?誰と……?」
「さくらに決まってんだろ。他に誰がいる」
二人は固まった。
「ええーっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、さくらと勝五郎は周助と久次郎を交互に見た。
「いやあ、安心だ。さくらにいい相手が見つかってよかった。子供が産まれたら、めっぽう強い子になるぜ。なんせ勝五郎とさくらの子なんだからな」
「私は賛成だぞ、勝五郎。近藤先生の養子になれば武士身分に近づけるし、さくらさんのような娘さんをもらえるなんて、お前は幸せものだな」
「ちょっと待って下さい、父上……近藤先生、つまり……」
「つまり」
ようやくさくらが、口を開いた。
「私に、勝五郎の子を産めと」
「ああそうだ。これで天然理心流も安泰。勝五郎もゆくゆく師範代になる可能性は十分あるし、そうなれば父親が師範代、母親が四代目宗家。すげえことじゃねえか」
ひとまず、四代目を勝五郎にすると決まったわけではなさそうだ。さくらは安堵するような拍子抜けするような思いだったが、もはや問題はそこではない。
さくらの言葉には怒気がこもり始める。
「本気でおっしゃっているのですか」
「ああ」
「お言葉ですが」とさくらは周助を睨みつけた。
「今までこう言った話題にならなかったので話していませんでしたが。私は、子を産むつもりはありません。腹に子が宿れば、その間剣術の稽古にも難儀するでしょう。まして、四代目宗家として門人に稽古をつけるなら、赤子の世話をしている場合ではありません」
この発言に、男性陣は「盲点だった」と言わんばかりに目を丸くした。
「産まれたら、世話役の乳母でも探してきてやるよ。産まれる直前はまあ休まざるを得ないだろうが、二、三ヶ月くらいか?なんとかなるだろ」周助が言った。
「乳母を雇う金などあるものですか。それに、父上。今でさえ、私が剣術の稽古をしているのを『女のくせに』といい顔しない門人がいるのですよ。赤子ができたからといって稽古を休めば腕はなまるし、殊更『女のくせに』と言わせるだけではありませんか」
「さくら……」
「……私は、承服しかねます」
さくらはそう言うと、立ち上がって部屋を出ていってしまった。
残された三人はぽかんとした顔でその後ろ姿を見守っていたが、勝五郎がさっと立ち上がり、さくらを追いかけた。
ひとまず裏庭まで走ったさくらはふう、と息を整えた。
親の目的のために縁談が進められるのは普通のこと。両家の親が賛成しているこのような場合、さくらには決定を覆す力などない。わかっている。わかっているが、あの場で二つ返事で承諾できるはずもない。
そしてさくらは、間一髪で、喉まで出かかった台詞を飲みこんでいた。
『どうしても勝五郎を養子にすると言うのなら、姉弟ということにしていただけませんか』
言う覚悟が、できなかった。それを言ってしまえば、宗家四代目の座を勝五郎と真正面から争うことになる。自信がなかった。先ほど無惨に負けたことに、先日の強盗撃退の一件のことも重なって、どうしても惨めな気持ちに苛まれてしまう。勝五郎は、自分より一枚も二枚も上手なのだと。
しかしそれだけに、勝五郎の養子入りを断固拒否するのも、それはそれで大人気ないような気がした。天然理心流の将来を考えれば、身も心も強い方が、四代目になるのがふさわしい。
――父上とて、 跡継ぎのことを真剣に考えなければいけない。私が強くなるのを悠長に待つわけにもいかぬのだろう。
その時、足音がした。振り返ると、勝五郎が立っていた。
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