浅葱色の桜

初音

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剣術少女①

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 次の日、周助が迎えにやってきた。
 井上家の一室で、周助とさくらは向かいあって座っていた。しゅんと身を縮こませるさくらに、周助は一喝する。
「バカ野郎、人様に迷惑かけやがって」
「だって…さくらは女子です。試衛館にとっていらない子なんでしょ」
 周助はハア、と溜め息をついた。
「誰がそんなこと言った」
「母上が…」
「何を聞き間違えたんだ。お初がそんなこと言うわけないだろう」
 さくらは信吉との一件や、初に言われたことを周助に話した。
 周助はしばらく考え込むように黙り、やがて口を開いた。
「いいか、さくら。正直に言えば、確かに男が生まれた方がよかった」
 さくらは胃袋に鉛が落ちてきたような感覚を覚えた。そして、次の瞬間には涙をこぼしていた。
「おい、最後まで聞け。だがな、それはお前が生まれるまでの話だ。お前が生まれて、無邪気に笑ってる顔見たらな、もう男だろうが女だろうが関係ねえって思った。血の繋がった実の子に、俺の天然理心流を受け継がせたい、その気持ちは変わらないけどな。だから俺はお前に剣術を教えたいんだ。稽古を積んで、誰よりも強くなったら、お前に宗家を譲ってもいい」
「本当ですか?」
「本当だ。第一、本当にいらない子だったら、どうして今日までうちの子として育ててきたんだ。とっくに里子にでも出して縁を切ってた。違うか?」
 さくらはハッとして周助を見た。 
 七歳になるまで自分を試衛館において育ててくれた、その事実が十分証明していた。
 自分は、いらない子供ではないのだと、確信することができた。
「わかったみてえだな」
 さくらが堪らず周助に近寄ると、周助は娘をぎゅっと抱きしめた。

 せっかく日野まで来たから、ということで、周助はそれから数日の出稽古を始めた。
 周助はこのあたりの佐藤彦五郎という名主の家にある道場で出稽古をしている。井上家とは少し離れていたので、周助は佐藤家で寝泊りしていた。
 一方、さくらは引き続き井上家で世話になっていた。
「源兄ぃ、竹刀貸して」
 庭で素振りをしていた源三郎は手を止め、驚いたような顔でさくらを見た。
「どうしたんだよ、急に」
「源兄ぃ言ったでしょ、自分で敵とれって。それに、さくらは父上の理心流を継ぐの。だから練習しなきゃ。でしょ?」
 さくらはにっこりと笑って手を差し出した。昨日までふさぎ込んでいたのが嘘のようなさくらの笑顔を見て、源三郎も微笑んだ。源三郎が竹刀を手渡すと、さくらは嬉しそうに握り締めた。
「どうやって構えるの?」
「そこからかよ。いいか?右手が前、左手が後ろで…」
 そんな調子で、源三郎による即席の稽古に二人は明け暮れた。


 日野での滞在も最終日を迎え、周助が井上家にさくらを迎えにやってきた。
「父上、見てください」
 さくらは源三郎の竹刀を構えると、大きく振りかぶった。空気を切るビュッという音が鳴った。その様を見て、周助は驚きと嬉しさに目を見開いた。
「へぇ、筋がいいじゃないか」
「父上、さくらに剣術を教えてください。信吉のやつを、ぎゃふんと言わせてやりたいんです!」
 その言葉を、さくらの口から聞けるなんてと、周助は感慨深さに涙しそうになったが、なんとかこらえた。さくらには申し訳ないと思いつつも、その信吉という少年に内心感謝した。だが、口では
「ちっと動機が不純だな。まあいいか。やる気になってくれたんなら、それに越したことはねえ。厳しいぞ」と言った。
「はいっ」さくらは元気よく返事をし、源三郎ににこりと笑いかけた
「よかったな」源三郎も微笑み返した。

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