浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
1 / 205

―序―

しおりを挟む
 京の都の治安維持を担う壬生浪士組みぶろうしぐみには、嘘のような、本当のような、嘘のような話がある。

 ***

 男が数人、息を切らせて走っていた。追われている。
 追いかけている方は、ゆうに倍の人数はいる。抜き身の刀を携え狼のように鋭い目つきで走る、走る。皆一様に、浅葱色の羽織に身を包んでいる。先頭を走る男は、「行ったぞ」と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 追われている方の男たちは、ぴたりと立ち止まった。目の前には、同じく浅葱色の羽織を着た男たち。
 中央に立つ少し小柄な侍が言った。
「ありがたい。こんなに上手くはさみ打ちされてくれるとは」
「くっそぉ、こんなところで捕まってたまるか!どけ!女みたいな顔しやがって!」
「へぇ、女みたいと、そう思うか」言うが早いか、立ちはだかっていた侍はさっと上段に構えた刀を振り下ろした。その刃は男の肩口を確実に捉えた。
 ぐわぁっ!と呻き声が上がる。
 次の瞬間、左右から飛び出した男たちが同じく刀を振り回した。逃げていた男たちは、全員大なり小なり怪我をして、お縄になった。彼らは、天誅てんちゅうと称して幕府の役人を襲い金目の物を強奪したという不逞ふていの連中である。次々と縄で手足を縛り上げられ、もはや成す術もない。

 先ほどの中央の侍は、血のついた刀を懐紙で拭い、鞘に納めた。
「島崎、お手柄だったな」後方部隊の先頭にいた男が近づいてきて言葉をかけた。
「芹沢さん。どうしたんですか、そんな直接的な褒め言葉」
「俺だって褒める時ゃ褒めるさ」
「ありがとうございます。芹沢さんが、うまく追い込んでくれて助かりました」
 島崎、芹沢、そう呼ばれたこの二人は共に京の治安を守るべく江戸からやってきた浪士組――屯所を構える壬生村から取って壬生浪士組と名乗っていたが――の、一員。どころか、幹部である。
 芹沢はニヤリと笑みを浮かべると、その場を離れて捕縛された者たちの方へ行き、奉行所に引き渡すための指揮を取り始めた。
「ほんっとにお手柄でしたね、島崎先生」島崎の背後に控えていた同じく壬生浪士組幹部・沖田総司が言った。
「総司の言う通りだ。芹沢の野郎に手柄を取られなくて済んだぜ」そう言ってほくそ笑んだのは、同・土方歳三である。
「トシ、そんなこと言うもんじゃない」別の部隊数名を率いてやってきたのはこれまた幹部の近藤勇。
「はは、そんなに皆にお手柄と言われるとなんだか照れるな」島崎ははにかんだ。

 その様子を遠目に見ていた仲間たちはこそこそとこんな話をしていた。
「島崎先生、強いよなぁ……」
「本当なんですかね?あの話……」
「ああ、本当みたいだぜ……にわかには信じられねえが」

 島崎は、小さくくしゃみをした。
「島崎先生、風邪ですか?」総司が尋ねた。
「いや、たぶん違うだろう。それにしても、その島崎先生という呼び方、まだ慣れぬな……」
「まあ、ついこの前まで、ずーっと姉先生でしたもんね」
 島崎は笑みを浮かべた。

 壬生浪士組には、嘘のような、本当のような、嘘のような話がある。 

 島崎朔太郎は、約三ヶ月前に改名したばかりだ。
 それまでは、こう名乗っていた。

 ”近藤さくら”

 物語は、天保五年・江戸から始まる――

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...