シンデレラと呼ばないで

閑人

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5.シンデレラ ver.3−3

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 それから伯父様のお屋敷での生活が始まった。今までの癖で朝早く起きてしまい、女中さんに

 「私に何か手伝わせて欲しい」

と言ったらとても怒られ、それよりもゆっくり身体を休めろと部屋に戻された。彼女たちから見ても私は酷い状態らしく、皆から心配され、長男夫婦の息子さん(フランツ君と言うらしい)からも

 「クレアちゃん!ご飯食べないといけないよ!」

と微笑ましい注意を受けた。とはいえ今までが1日にパン1個とかが当たり前だったのでたくさんは食べられない。その為フランツ君のおやつの時間には私も強制的に参加となった。…クッキーやらケーキやら…美味しそうなお菓子…ずいぶんと久しぶりな気がする。

 ある時アップルパイがおやつに出た。いい香りを堪能しながらひとくち…すると涙が出てきた。理由が全くわからず、オロオロしていると伯母様がこう言った。

 「このパイのレシピは代々この家に伝わっている物なの。あなたもお母様に作ってもらって食べた事があって、どこかに記憶として残っているのね…だから涙が出るのでしょうきっと。あなたにもレシピを教えるわね」

 このお屋敷には母の思い出がたくさんあった。人も場所も温かい。私の身も心も回復していくようだった。


 そういう暮らしをしているうちに私は美しさを取り戻した。そう魔法がなくとも私は美しかったのだ。

 そして市井の生活の為の勉強も開始した。伯父様は

 「せっかく貴族の家系なのに…」

と残念がったが、もしあの実家の人間にバッタリ会ったら困るので貴族の世界に戻るつもりは私にはない。できればこの街の片隅でひっそり暮らせたら1番いいのだが…伯父様はお金持ちではあるがあまり負担はかけたくない。とにかく早く何とかせねばという焦りが心中にじわじわ生じていた。

 短く切った髪が肩口まで伸びた頃、伯父様から呼び出された。それは見合いのお話だった。お相手は取引先の後継ぎの息子さんで、この間お屋敷でパーティをした時、私を見初めたそうだ。私にとっては印象が薄い方で、顔すら思い出せない。
 この話に飛びついていいものか…しかし結婚すればもう伯父様の負担にならずに済む。私はお見合いのお話を受け、そしてお相手の事に興味を持たないまま、結婚した。


 それから数年後、私は夫の屋敷の奥向きを取り仕切り忙しい日々を送っていた。しかし夫婦の仲は冷え切っていた。
 結婚して知ったが、夫は女性を着飾らせて侍らせて見せびらかせたいタイプだった。その為私という美人を妻に選んだのに、私はあの実家に見つかりたくなくて、なるべく家に篭もりたいと思っていたのだから気持ちが合うわけがなかった。結婚前にきちんと腹を割った話をすべきだったと後悔したがもう間に合わない。
 そして決定的な亀裂となったのは子どもが出来なかった事だ。それをいい事に夫は女遊びをし、隠そうともしなかった。夫婦が壊れるのは時間の問題だった。
 そんな時、使用人の1人から驚く事を聞き、私はそれが事実か調べたー


 今日も会話もなく夫婦で食事をとっていると珍しく夫が私に話しかけた。緊張しているようで声が固い。

 「離縁して欲しい。お前とはもうやっていけない」

 やはりその時が来たようだ。私はそれを聞いても何も感じなかった。

 「…わかりました。出ていきます」

 自分から言い出しておいて『え?』とでも言うような表情を夫がしたのが無性に腹立たしかった。

 「…お付き合いされている方妊娠しているんですってね?大切になさって下さい」

 一転驚愕の表情になる夫。使用人から教えてもらった情報だった。嫁いでから使用人たちと私は仲良くやってきたのだ
 
 夫の内密の情報を教えてくれるくらいには

 家を放置して遊び歩いている主人よりは隅々まで気を配ってくれる奥方を優先するのは当然だと思う。私自身実家でこき使われて大変だったので、使用人たちがそんな目に合わないよう待遇を良くしていたのが功を奏したようだ。

 情報を得てから私は離縁の準備を着々としていたが、思っていたよりは早く話が進んだ。女性にせっつかれたのか、それとも子どもが出来ないことを口うるさく言っていた夫の親戚連中に後押しされたのか、そこまでは私にはわからなかった。しかし家を出るなら今を置いて他にはない。

 呆然とする夫を置き去りに食事を早々に切り上げ、執事と女中頭が控えている使用人部屋へ向かった。離縁の話をし、私のやっていた事の引き継ぎをするためだ。それはもう書類にまとめてあり、後は彼らに渡すだけになっている。

 「私は出ていきますが、皆さんは新しい奥様と仲良くね。引き継ぎ書は私の部屋の机の引き出しにしまってあるので、後はお願いします。今まで本当にありがとう」

 2人に頭を下げる。2人も慌てて頭を下げた。

 女中頭の顔が歪み涙が出そうになっている。執事も表情には出ないが身体が揺れている。この何年か一緒に苦労した仲間だった。別れるのは辛い。私もつられそうになるが、『最後にみっともない姿を見られたくない』そんな気持ちでぐっと堪えた。

 「町の馬車を呼んでもらえないかしら?伯父様のお屋敷に一旦戻る事にしたから」

 「かしこまりました奥様。屋敷の馬車ではなくて町の馬車ですか?」

 いつもの執事の落ち着いた声…それもお別れなのね。

 「ええ、お屋敷を出るのにお屋敷の馬車を使う訳にはいかないでしょう。伯父様にはもうお手紙を出して事情は説明してあるからあなたたちは何も心配いらないわ。じゃあ荷造りするから…馬車が来たら声をかけてね」

 使用人部屋から自室へ行き、私は独りきりになった。殺風景で面白みのない部屋だが、いざ離れるとなると寂しく感じる。トランクに身の回りの物だけ詰め込み、母の形見のネックレスを首にかけ、家を出る準備は呆気なく完了した。まだ執事は呼びにこない。一息入れようと腰掛けてベットサイドの水差しから水を飲んだ。

 あら?

 急に目眩がした。

 座っている事すらできなくなり倒れた。
 
 息が苦しい。

 夫と知らない女性の笑い声が聞こえた気がした。

 もう魔法使いは助けにこない。

 そして目の前が暗くなった。


         Fin

 
 
 





 
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