28 / 29
28 村 ⑦
しおりを挟む
昼頃会社の運転手さんが俺たちをお迎えにきてくれた。行きはマツナガさんが運転したが、帰りは『運転するのに充分な休養が取れてない』とコウ兄さんは判断したので、わざわざここまで運転手さんにきてもらったらしい。
「…こんな田舎まで大変じゃない?」
と運転手さんにこっそり聞いたら
「…遠出の手当が出るんです。それもかなりいい金額の。うちの女房なんて『社長さんの遠出があるの?』って嬉しそうに聞いてきましたよ。欲しい物があるんでしょうねー。だから大歓迎ですよ」
さすがコウ兄さん抜かりがない。車に乗ろうと森を出るとそこには村長をはじめ村人がずらりと勢揃いして頭を下げている。…なんだかここに来た時より頭の下げっぷりがすごい。頭、太ももについてるんじゃない?
コウ兄さんやマツナガさんが村の人たちとご挨拶をしている間に
「僕ここ~。動画見るから、皆は後ろね~」
とショウは車の3列シートの1番前を1人で陣取り、そこそこ大きい音量で動画を見、大笑いし始めた。興味がないのかもしれないけどさすがに失礼じゃない?
しかし誰もその無礼を咎める事なく挨拶も終わり出発した。後ろの窓からはまだ頭を下げ続けている村人たちが見えている。
「なんかあったの?コウ兄さん知ってる?」
「知らん…マツ、なんか言ってたか?」
人からものを聞き出すのは、見た目柔和で物腰も柔らかいマツナガさんが得意らしい。人の警戒心を解くのが上手なんだろう。コウ兄さんも(他人には)物腰は柔らかいが、ただいかんせん顔が厳ついので…
「コウさんが挨拶している時こっそり聞いてみたんですけど皆怖がっているようで教えてくれなかったんですよね…本当に何があったのやら。ケイタロウさん、行きはショウさんとずっと一緒だったんですよね、心当たりはありませんか?」
「…ない。フツーにここに来て、ちょっと話して屋敷に行っただけだよ」
俺たちは前列でゲラゲラ笑ってるショウをなんとなく見つめた。彼に聞いても『知らな~い』なんだろなあ…
しかし何の動画なんだろう?日本語じゃないから俺には全くわからない。
「海外のスタンドアップコメディーでしょうかね?とりあえずあの音量ならこちらの話は運転手さんには聞こえないでしょう」
それを聞いてコウ兄さんはこちらに向き直り、顔を近づけて話し出した。
「…あの屋敷で手記を見つけたのは大収穫だったな、でも巻物はなかった…ひょっとしたら巻物の在処があの手記に書いてあるかもしれん。ヤマモトさんになるべく早めに読んでもらおうと思ってる」
「巻物?そんな物探してるの?」
「そうだ。神の縁起とか歴史、家系図、儀式の作法なんかを書いてある巻物だ。マツの実家にはあるんだよな?」
「…ありますよ。全10巻の仰々しいやつがね。あんな廃れた家に必要ないのに、今でも毎年正月には皆で拝んでいるようですよ」
吐き捨てるように言い放つマツナガさん。そんな凶悪な顔もできるんだね。
「もし万が一私があの家の最後の人間になったら、あんな物全部燃やしてやりますよ」
何があったかは知らないけど…恨み骨髄だね。
「…それは自由にやってもらうにして、他の神の使いを輩出する家柄にもそのような巻物はあるらしい。うちはジジイが私にきちんと言い残してくれなかったから巻物はここ10年以上行方不明のままだ」
「お爺ちゃんから巻物の話って全く聞いてないの?」
「そうだ。巻物の存在もマツの実家の話を聞いて知ったくらいだからな、あのジジイ、死んでも人騒がせな」
「…それっておかしくない?大事な巻物なんでしょ?マツナガさんのうちなんて年1で拝んでるくらいの。だったら、見せてくれなくても、在処を教えてくれなくても、『巻物がある』くらいはお爺ちゃん言うんじゃないかな?」
俺の言葉を聞いて一瞬固まったコウ兄さんは何かを思いついたようだ。
「…そうか、巻物は存在しない…ではクデンか?その可能性があるな!巻物に拘りすぎた。他のうちがそうだからうちも…と思い込んでいた」
クデン?聞いた事のない言葉だね。
「口に伝えるで『口伝』ですよ。内容を口で伝えていくやり方です。紙に残さないから盗まれにくいというメリットがありますよ。ただし、あくまでも人間の記憶力に頼るので内容が歪められたり、忘れられたり、その口伝を受けた人間が死んだら途切れるとかがデメリットですかね。…口伝ね…確かに盲点でしたね。だとしたらソウエモン様はショウさんに?」
「…もしそうだとしたら私のこの10年以上の苦労は一体何だったんだ!おい!ショウ!」
ショウの肩を掴もうとしていたコウ兄さんをマツナガさんが止めた。
「コウさん、運転手さんに聞こえますよ」
「チッ、仕方ない」
そう言うと、ポケットから私用のスマホを取り出して勢いよく何かを打ち、送信した。
そのスマホってショウとコウ兄さんと3人お揃いで一緒に買ったやつだね。家族割をしようと申し込んだら、店員さんが
『お父様とその息子さん、同居の叔父様ですね。お父様はどちら?』
と俺に確認がてら聞いてきたので反射的に
『きちんとしている方です』
って答えちゃって、ショウがとても落ち込んでるのを見て大笑いしたんだよな。
ポコンとポコンとやりとりをする音がしている。
『なあに~?』
『お前はジジイからあの件の口伝を受けたか?』
『受けてるよ~』
『何故私に言わない!』
『聞かれなかったから~。あと内容はコウ兄さんにも言えないよ~。口伝は当主から次代の当主へ、またはその代に神の使いがいればその人物へ、他の人に内容を言ってはいけないって決まりなんだ~』
コウ兄さんが10年以上悩んでいた事はあっけなく終了した。
ショウとのメール後、コウ兄さんは魂が抜けたようになっていた。マツナガさんと2人で心配したが家に着く頃にはいつものコウ兄さんに戻っていた。
一応大丈夫なのか聞いてみると
「ショウが口伝を受けてようといなかろうと私のやる事は変わらない事に気がついたんだ。むしろあっち方面はショウに任せてもいいと思えた…どうせあいつが何かやらかした時は私が尻拭いするのは決定しているし…」
それでいいのか?とは思ったが、本人が納得しているのならこちらから口出すのもおかしいよな?
マツナガさんから盛大なため息が聞こえたのは気にしない事にした。
「…こんな田舎まで大変じゃない?」
と運転手さんにこっそり聞いたら
「…遠出の手当が出るんです。それもかなりいい金額の。うちの女房なんて『社長さんの遠出があるの?』って嬉しそうに聞いてきましたよ。欲しい物があるんでしょうねー。だから大歓迎ですよ」
さすがコウ兄さん抜かりがない。車に乗ろうと森を出るとそこには村長をはじめ村人がずらりと勢揃いして頭を下げている。…なんだかここに来た時より頭の下げっぷりがすごい。頭、太ももについてるんじゃない?
コウ兄さんやマツナガさんが村の人たちとご挨拶をしている間に
「僕ここ~。動画見るから、皆は後ろね~」
とショウは車の3列シートの1番前を1人で陣取り、そこそこ大きい音量で動画を見、大笑いし始めた。興味がないのかもしれないけどさすがに失礼じゃない?
しかし誰もその無礼を咎める事なく挨拶も終わり出発した。後ろの窓からはまだ頭を下げ続けている村人たちが見えている。
「なんかあったの?コウ兄さん知ってる?」
「知らん…マツ、なんか言ってたか?」
人からものを聞き出すのは、見た目柔和で物腰も柔らかいマツナガさんが得意らしい。人の警戒心を解くのが上手なんだろう。コウ兄さんも(他人には)物腰は柔らかいが、ただいかんせん顔が厳ついので…
「コウさんが挨拶している時こっそり聞いてみたんですけど皆怖がっているようで教えてくれなかったんですよね…本当に何があったのやら。ケイタロウさん、行きはショウさんとずっと一緒だったんですよね、心当たりはありませんか?」
「…ない。フツーにここに来て、ちょっと話して屋敷に行っただけだよ」
俺たちは前列でゲラゲラ笑ってるショウをなんとなく見つめた。彼に聞いても『知らな~い』なんだろなあ…
しかし何の動画なんだろう?日本語じゃないから俺には全くわからない。
「海外のスタンドアップコメディーでしょうかね?とりあえずあの音量ならこちらの話は運転手さんには聞こえないでしょう」
それを聞いてコウ兄さんはこちらに向き直り、顔を近づけて話し出した。
「…あの屋敷で手記を見つけたのは大収穫だったな、でも巻物はなかった…ひょっとしたら巻物の在処があの手記に書いてあるかもしれん。ヤマモトさんになるべく早めに読んでもらおうと思ってる」
「巻物?そんな物探してるの?」
「そうだ。神の縁起とか歴史、家系図、儀式の作法なんかを書いてある巻物だ。マツの実家にはあるんだよな?」
「…ありますよ。全10巻の仰々しいやつがね。あんな廃れた家に必要ないのに、今でも毎年正月には皆で拝んでいるようですよ」
吐き捨てるように言い放つマツナガさん。そんな凶悪な顔もできるんだね。
「もし万が一私があの家の最後の人間になったら、あんな物全部燃やしてやりますよ」
何があったかは知らないけど…恨み骨髄だね。
「…それは自由にやってもらうにして、他の神の使いを輩出する家柄にもそのような巻物はあるらしい。うちはジジイが私にきちんと言い残してくれなかったから巻物はここ10年以上行方不明のままだ」
「お爺ちゃんから巻物の話って全く聞いてないの?」
「そうだ。巻物の存在もマツの実家の話を聞いて知ったくらいだからな、あのジジイ、死んでも人騒がせな」
「…それっておかしくない?大事な巻物なんでしょ?マツナガさんのうちなんて年1で拝んでるくらいの。だったら、見せてくれなくても、在処を教えてくれなくても、『巻物がある』くらいはお爺ちゃん言うんじゃないかな?」
俺の言葉を聞いて一瞬固まったコウ兄さんは何かを思いついたようだ。
「…そうか、巻物は存在しない…ではクデンか?その可能性があるな!巻物に拘りすぎた。他のうちがそうだからうちも…と思い込んでいた」
クデン?聞いた事のない言葉だね。
「口に伝えるで『口伝』ですよ。内容を口で伝えていくやり方です。紙に残さないから盗まれにくいというメリットがありますよ。ただし、あくまでも人間の記憶力に頼るので内容が歪められたり、忘れられたり、その口伝を受けた人間が死んだら途切れるとかがデメリットですかね。…口伝ね…確かに盲点でしたね。だとしたらソウエモン様はショウさんに?」
「…もしそうだとしたら私のこの10年以上の苦労は一体何だったんだ!おい!ショウ!」
ショウの肩を掴もうとしていたコウ兄さんをマツナガさんが止めた。
「コウさん、運転手さんに聞こえますよ」
「チッ、仕方ない」
そう言うと、ポケットから私用のスマホを取り出して勢いよく何かを打ち、送信した。
そのスマホってショウとコウ兄さんと3人お揃いで一緒に買ったやつだね。家族割をしようと申し込んだら、店員さんが
『お父様とその息子さん、同居の叔父様ですね。お父様はどちら?』
と俺に確認がてら聞いてきたので反射的に
『きちんとしている方です』
って答えちゃって、ショウがとても落ち込んでるのを見て大笑いしたんだよな。
ポコンとポコンとやりとりをする音がしている。
『なあに~?』
『お前はジジイからあの件の口伝を受けたか?』
『受けてるよ~』
『何故私に言わない!』
『聞かれなかったから~。あと内容はコウ兄さんにも言えないよ~。口伝は当主から次代の当主へ、またはその代に神の使いがいればその人物へ、他の人に内容を言ってはいけないって決まりなんだ~』
コウ兄さんが10年以上悩んでいた事はあっけなく終了した。
ショウとのメール後、コウ兄さんは魂が抜けたようになっていた。マツナガさんと2人で心配したが家に着く頃にはいつものコウ兄さんに戻っていた。
一応大丈夫なのか聞いてみると
「ショウが口伝を受けてようといなかろうと私のやる事は変わらない事に気がついたんだ。むしろあっち方面はショウに任せてもいいと思えた…どうせあいつが何かやらかした時は私が尻拭いするのは決定しているし…」
それでいいのか?とは思ったが、本人が納得しているのならこちらから口出すのもおかしいよな?
マツナガさんから盛大なため息が聞こえたのは気にしない事にした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
京都かくりよあやかし書房
西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。
時が止まった明治の世界。
そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。
人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。
イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。
※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる