小京都角館・武家屋敷通りまごころベーカリー  弱小極道一家が愛されパン屋さんはじめました

来栖千依

文字の大きさ
上 下
29 / 34
第六話 未来を告げる桜あんパン

2

しおりを挟む
 夏休み明けの始業日なので、授業は午前中だけだった。
 四葉が学校から道路に下りるなだらかな坂を歩いていると、目の前を高級車が走っていった。
 見慣れない車は、民家の前でアタッシュケースを持ったスーツの男を下ろして走り去る。

(なんだろう?)

 男は玄関から家に入った。
 通りがかりに耳を澄ますと「動くな!」と脅している声が聞こえる。
 話題の押し込み強盗だ!
 四葉は、英知に「犯人いた!」とメッセージを送り、引き戸の玄関を勢いよく開けた。

「うちのシマで何してんの!」

 大声を出すと、手に縄を持って中腰になっていた男が驚いた顔で振り向いた。
 細いフレームの眼鏡を掛けて、高級そうな腕時計をはめている。それに木工会社から薫ってくるような独特な木の匂いもする。

「私の目の黒いうちは、ここで犯罪なんてさせな――うるさいな」

 鳴り響くコール音に視線を下げると、ポケットに入れた携帯電話に、折り返しで英知から連絡が来ていた。
 強盗は、その隙に四葉を押しのけて表に出る。

「待てっ! おばあちゃん、黒羽組に押し込み強盗が出たって報せて。私は、あいつを追っかけるから!」

「気を付けるんだよ、四葉ちゃん」

「わかった!」

 玄関にリュックを放り出した四葉は、走っていく強盗を追いかけた。
 相手は背が高く、その分だけ歩幅も広い。一方の四葉も、子どもの頃から足だけは速かった。
 短い呼吸に足どりをのせて、徐々に間隔を詰めていく。
 土地勘があるのも助かった。
 駅までの道路を反れて、左に二度、右に一度曲がり、ベーカリー白鳥がある小道に入る。
 四葉が角を曲がると、店のまえに『本日完売』の看板を立てかける由岐の姿が見えた。

「由岐くん、そいつ強盗ーっ!」

 四葉が叫ぶと、由岐は横を通りすぎる男を足で引っ掛けて転ばした。
 派手に転んだ男の背中を、追いついた四葉が踏んづける。

「悪党成敗っ!」

 体重をかけると、男はローファーの下で、田んぼから出てきたウシガエルみたいに鳴いた。
 助と賀来が駆けつけた頃には、パラパラと野次馬も集まりだした。

「人が集まると危ないかも。お店のなかで事情を聞かせてもらっていい?」

「来い」

 由岐は、男の襟首をつかんで店内に放り込むと、四葉と助と賀来を招き入れて、格子戸と目隠しのカーテンをぴしゃりと閉めた。
 男は、ひっくり返った格好でずれた眼鏡をあげる。

「お前ら、ひょっとして黒羽組か? 田舎の子どもがやってるって聞いてたのに、どうしてこんな強面がいるんだ。こんな真似をして許されると思うなよ。こっちのバックについているのは土鋸組だぞ!」

「ああん? 関東にある本家がなんの用だよ?」

 賀来がリーゼントを揺らして問い詰めると、男は「ひえっ」とのけぞる。

「だ、代替わりしておいて、土鋸組の頭に挨拶もしない、金も納めないってことは楯突いているのも同じだ。あげく『支払いは待ってください』なんて不義理な手紙を送ったそうだな。それを見た上層部から、ここでシノギをしていいってお触れが出てんだ!」

「また私のせい……」

 四葉の胸がズンと重くなった。
 自分を無能だとは思っていたが、まさか強盗事件まで招いてしまうとは。

「お嬢、気にしちゃいげねえ。誰のシマでも、押し込み強盗はやっちゃいけねえごとだ。このままサツに渡しますんで」

 英知の通報で走ってきたパトカーに、助と賀来は男を引き渡した。
 それを店内から見つめながら、四葉は乾いた口で弱音をもらした。

「情けない……」

 すると、由岐の手でぽんと頭を撫でられた。
 彼なりの慰めが今はひどく痛かった。


◇◇◇


 警察から聴取を受けて夜遅くに屋敷へ帰り着いた四葉は、カップラーメンで夕飯を済ませると、さっさとシャワーを浴びてベッドにもぐった。
 頭がネガティブ思考に支配されていて、いっこうに眠くならない。
 父が守った角館に犯罪者を呼び込んでしまった。一度でも舐められたら終わりだと知っていたのに、後手後手に回り込んだ結果がこれだ。

(私の考えが甘かったんだ)

 高校生の自分が手紙を出したら、土鋸組の組長は、大人の余裕でお願いを受け入れてくれると信じ切っていた。
 まだ高校生なんだから多少の失敗には目を瞑ってあげよう、というモラトリアムフィルターは極道の世界には存在しなかったのだ。
 組長だと言い張っても、しょせん四葉は、父や助や賀来が作り上げた綺麗な世界で生かされているだけの世間知らず。
 強盗事件に遭遇して、ようやく夢から覚めたような心地だった。
 スマホを持ち上げると、メッセージが三件来ていた。

 一つは鈴から『強盗を捕まえるなんてかっこいい!』と称賛してくれるコメント。
 もう一つは英知からで『強盗は関東の詐欺グループの一員らしい』という新情報を伝えるもの。

 最後は、翔太からだ。

『お父さんから聞きました。上納金のことで土鋸組にいんねんをつけられているって。明日からお屋敷に泊まりこむそうなので、ぼくもついて行っていいですか?』

 助がアパートに帰らないと、翔太は必然的に一人きりになってしまう。
 土鋸組が襲撃してきたらこの屋敷も危ないが、小学生にとって父と離れて過ごす不安は大きいだろう。
 四葉は『いいよ。お着替えと勉強道具を持ってきてね』と送って、スマホを伏せた。
 外とのつながりを遮断すると、助の言葉がよみがえってくる。

『お嬢は極道にならなくていいんです。お嬢に普通の女の子として生きていってほしいだけなんです』

「組を続けたい私は、我がままなのかな……」

「ギー」

 イエスかノーか判断に困る返事をして、お銀がベッドに上ってきた。
 温かな背を撫でると急に眠気が襲ってくる。
 おかげで四葉は、こんな夜でも無事に眠れたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿

安珠あんこ
キャラ文芸
 大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。  しかし、シェンリュには裏の顔があって──。  彼が極秘に進めている計画とは?

琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ
キャラ文芸
 舞台は滋賀県、近江八幡市。水路の町。  そこへ引っ越して来た大学生の妹尾雫は、ふと立ち寄った喫茶店で、ふんわり穏やかな若店主・来栖汐里と出会う。  まったり穏やかな雰囲気ながら、彼女のあだ名はクリスティ。なんでも昔、常連から『クリスの喫茶店やからクリスティやな』とダジャレを言われたことがきっかけなのだそうだが……どうやら、その名前に負けず劣らず、物事を見抜く力と観察眼、知識量には定評があるのだとか。  そんな雫は、ある出来事をきっかけに、その喫茶店『淡海』でアルバイトとして雇われることになる。  緊張や不安、様々な感情を覚えていた雫だったが、ふんわりぽかぽか、穏やかに優しく流れる時間、心地良い雰囲気に触れる内、やりがいや楽しさを見出してゆく。  ……しかしてここは、クリスの喫茶店。  日々持ち込まれる難題に直面する雫の日常は、ただ穏やかなばかりのものではなく……?  それでもやはり、クリスティ。  ふんわり優しく、包み込むように謎を解きます。  時に楽しく、時に寂しく。  時に笑って、時に泣いて。  そんな、何でもない日々の一ページ。  どうぞ気軽にお立ち寄りくださいな。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...