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第六話 未来を告げる桜あんパン

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 休み明け、がらんとした教室に登校した四葉は固まった。
 学年が違うはずの英知が、自分の席に座って文庫本を開いていたからだ。

「会長、何しているんですか?」

「黒羽さんを待っていたんだ。ちょっと話を聞きたくてね」

 英知に連れられて、四葉は特別棟の生徒会室へ移動した。
 夏休み中に髪を切った英知は、こざっぱりした見た目になっている。
 三日会わない美人は刮目して見よと言われるが、本当の美人は目を凝らさなくても麗しい。
 四葉は、うっかり日焼けした肌にぽつりと出現したニキビに困っているというのに。

「この事件について尋ねたいことがあってね」

 会長の机に座った英知は、読んでいた警察小説を伏せて新聞を広げた。
 秋田の地方紙の朝刊だ。東北地方で最も長い歴史のある新聞で、犬養毅が主筆を務めていたことでも知られる。
 英知は薄い紙をめくり、三面の中ほどの記事を指さす。

「角館で押し込み強盗があった。飛び入りの営業マンが家に眠っている貴金属を買い取るという名目で訪問してきて、家主のおばあさんが背中を向けたところを縛り上げられて財布とタンス預金を盗まれたんだ。黒羽組に報せは入っている?」

「来ました。おばあさんを発見したの、うちの組員なんです」

 被害者を見つけたのは賀来だった。
 料理を勉強している彼は、主婦の寄り合いに顔を出しているので高齢者に友達が多い。
 集まりがない時には、世間話がてら一人暮らしの家を訪ねて無事を確認し、生活に不便があったら相談してもらえる人脈を築いている。
 例えば、屋根が壊れて雨漏りしていたら黒羽組を通じて職人を手配する。
 家電が壊れたら電気屋へ紹介する。
 トラブルが起きた際に頼れる相手になることで、高齢者のライフラインを守っているのだ。

「警察が来る前に犯人の容貌を聞いたんですけど、角館の人間ではないみたいです。秋田訛りがない言葉遣いをしていて、高級そうな眼鏡と時計をはめていて、なぜか木の匂いがしたって言っていました」

「木の匂いか……。警察の取調べでは、そういった証言はなかったようだから、父に伝えておこう」

 必要なら捜査に協力すると伝えると、英知は重ね重ね礼を言った。

「助かるよ。今や警察も人手が足りなくてね。地域の人口が少ないと、予算も人員も削られていくんだ。田舎に残るのは小さな派出所だけで、こういった事件が起きた場合には初動が遅れてしまう。地方が直面する安全性の問題は、警察組織だけでは解消できないと最近よく思うよ。いずれ、住民たちで自警団を結成するような流れになるかもしれない」

 住民のために地域に生まれる自警団。それは、まるで極道の始まりのようだ。
 英知は、新聞を畳んで机の端に置いた。
 連日載っている論説では、秋田出身の作家が、若者の流出を「郷土愛が無い」と嘆いている。
 実際は郷土愛の問題ではない。良質な教育が受けられる場も条件の良い就職先もないので、生きていくために県外に出るしかないのだ。
 若者の境遇を理解していない暴論を振りかざすのは、たいていが有識者の仮面をかぶったご年配だ。生きていけないから泣く泣く育った場所を巣立つのに、やれ親不孝だとか、地元への愛がないとか叩かれる。

(本当はみんな、秋田で生きていきたいと思ってるんだよ)

 大学進学を控えている英知はどこに行くのだろう。

「会長って進学ですよね。警察の大学に行くんですか?」

「電子工学を学べる学科を受験するよ。僕の夢は、遠隔操作で地域をパトロールしたり、事件があった際に駆けつけて初動捜査をしたりする警察官ロボを作ることなんだ」

「ロボットですか! アニメでしか見たことない。頑張ってください!」

 素敵な夢に賛同すると、英知は嬉しそうにはにかんだ。

「ありがとう。完成品が秋田に配備されるのを目指すよ」

「楽しみです。会長が作るお巡りさんロボット」

 童謡のイメージが強いせいか、犬耳の生えた機械が思い浮かぶ。
 白衣を着た英知がコントローラーでロボットを操作するところを想像すると、ちょっと面白い。

「完成したら見せに来るよ。でも、大学に行っている間は由岐さんのパンとはお別れだ。メロンパンを食べためておかないと」

 試験より食べ物の心配をしているあたり、受験は余裕みたいだ。
 彼が警察ロボを完成させた暁には、お披露目パーティーに招待してくれるというので、四葉はSNSを交換してスタンプを送っておいた。
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