小京都角館・武家屋敷通りまごころベーカリー  弱小極道一家が愛されパン屋さんはじめました

来栖千依

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第五話 勇気に変わるネコサンド

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「――で?」

「家出してきました……」

 ベーカリー白鳥の照明が落とされた店内で、四葉はスツールに座っていた。
 タオル素材のショーパンを指先でいじる様子を、寝間着のTシャツを着た由岐が腕を組んで見下ろしている。

「家で何があった?」

「助さんと喧嘩したの。だって、黒羽組を畳めって言うんだよ。ひどい!」

 父の生命保険金を秘密にされていたのにも腹が立った。
 しかSも、それを手切れ金にしようとしていただなんて怒りのあまり泣けてくる。
 由岐は、ぐすぐすと泣く四葉を追い出すこともできずに重たい溜め息を吐く。

「お前がここに来たことは誰か知ってるのか?」

「賀来さんに、由岐くんのところに家出するって言ってきた」

「それ家出か?」

「家出だもん。許可を取らないで外泊するのなんて初めて」

 四葉は幼い頃から、出掛ける時はどこで誰と会うか話してから家を出る。そうするように父と約束したのだ。昔も今も、四葉は組の一人娘として過保護に甘やかされてきた。
 助が組を畳もうと言うのも、四葉に苦労させないためだって理解している。しているけれど、どうしても受け入れられない。

「由岐くんは、角館から黒羽組がなくなっちゃっても平気?」

「昔は自警組織も必要だったかもしれねえが、今は警察がまともに働いてる。極道がやれることなんて、ほとんどないだろ。なくなって困るか?」

「…………困んない」

「だろ。花太郎さんは、なんで組を続けてたんだろうな。給料のほとんどを費やして存続させるだけの理由があったんだろうか」

「私のためだって助さんは言ってたよ。組がなくなったら、私が悲しむからって」

 その通りだ。四葉は黒羽組に、とてつもない愛着がある。
 組を畳んだら娘が悲しむと思って、花太郎は存続させていたのだ。
 もうずいぶん角館で諍いなんか起きていない。
 困り事もないのに、毎月みかじめ料を徴収される店からすると、そろそろ組を畳んで欲しいと思っているかもしれない。

「私、どうしたらいいんだろう……」

 うなだれた四葉の頭に、由岐の手が下りた。

「気晴らしにパンでも作ってみるか? ちょうど二次発酵させている生地がある」

 二人で調理室に移動する。
 台には濡れ布巾を掛けられた大きなボウルがある。中身は、ほっこり膨らんだパン生地だった。発酵は十分で白っぽくなっている。
 由岐は、粉を振った麺台の上に生地を取り出すと、スケッパーと呼ばれるステンレス製の板を使って小分けにした。
 昔ながらの針が動く秤で重みを確認する手際は素早い。
 針がさす重みは四十グラムからずれないので、そばで見ていた四葉は感動した。

「すごいね……」

「毎日やってりゃ嫌でもこうなる。師匠はもっと早かった。さっさと手を洗ってエプロンを着けろ」

 言われた通り、エプロンを着けて入念に手洗いした四葉は、アルコールで手の平を消毒して、由岐が切り分けたパン生地に向かい合った。

「手で押さえて余分なガスを抜いて、中心に向かって折り畳んだら紐状に伸ばしていく。片側が細くなるように力を加減して――」

 由岐は、生地を麺棒で平らにして、三角形の幅の広い方から丸めていった。
 成形は、ちょうど三巻半で終わる。
 四葉も手順を真似するが、彼のように左右対称にはならない。
 天板には、由岐が作った形のいいものと、四葉の不格好が一様に並ぶ。

「これに載せたまま最終発酵させて、卵黄を塗って焼く。今のうちにシャワーでも浴びてこい。布団はないからタオルケットでいいよな」

「うん。ありがとう」

 四葉はありがたくシャワーを浴びた。置かれていたタオルで髪を拭きながら調理室に戻ると、オーブンがけたたましく鳴った。
 先ほど成形したパンが焼き上がったようだ。
 パン雑誌を読んでいた由岐がオーブンから取り出した天板には、焼き色の美しいバターロールが完成していた。

「美味しそう……」

 調理室に下りると、由岐は「冷ましているうちに中身を作るぞ」と言う。

「中身って、このバターロールに何か詰めるの?」

「サンドイッチにする。バターロールは冷めた詰め合わせで売っている印象があるだろうけど、粗熱が取れた辺りが一番美味いんだよ」

 由岐が冷蔵庫から取り出したのは、紫たまねぎと業務用のマヨネーズ、ツナ缶だった。
 薄くスライスした玉ねぎとツナをマヨネーズで和えて、仕上げに塩胡椒を振る。
 味を馴染ませている間に、切り込みを入れようとナイフを手にした由岐は、思い直してキッチンばさみを持った。

「お前、猫が好きだよな。こうして山に二箇所の切り込みを入れると……」

 ぴょんと三角の耳が立った。バターロールのころんとした形とあいまって、お銀みたいだ。

「かわいい。私もやりたい!」
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