小京都角館・武家屋敷通りまごころベーカリー  弱小極道一家が愛されパン屋さんはじめました

来栖千依

文字の大きさ
上 下
23 / 34
第四話 メロンパンは初恋の味

7

しおりを挟む
 ふと横を見ると、由岐の前には蓋の開いたハイボール缶が二つある。
 だが、彼は片方には頑なに手をつけなかった。

「由岐くん、それは……」

 すると、由岐は「花太郎さんの分だ」と小声で教えてくれた。

「四葉を見に来そうだろ、あの人」

 同じことを考えている人がいた。
 由岐の心づかいに、四葉の鼻の奥がつんとする。

「――そうだよね。お父さん、こういうイベントが大好きで、テントで一番白熱した応援してくれるんだよ。由岐くんの体育祭に行った時も声が枯れるくらい叫んでた」

「あれは恥ずかしかったな。でも、そのおかげで俺は体育祭だけはサボらなかった」

 思い出を語る由岐の横顔が何となく父に似ている。
 多分、アルコールが入って赤くなった頬が、応援疲れした父に重なっただけだ。
 それでも四葉は無性に嬉しくて、ふふっと小さく笑ってしまった。

(お父さんはここにいる。私たちの心のなかに)

「黒羽さん、ちょっと良いかな?」

「会長!? どうしました?」

 テントを尋ねてきた英知は、立ち上がった四葉に囁いた。

「白鳥さんが来ているようなら、ご挨拶をと思って」

 ジャージの袖に『体育祭実行委員』の腕輪を止めた彼は、お弁当とパンバスケットを広げた賑やかな一家を見て、羨ましげな息を吐く。

「仲が良くていいね。君の家、極道だって聞いたからから、どんな怖い人が集まるんだろうって思っていたけれど……とっても良いご家族だ」

「私の家のこと、知ってたんですか?」

 サーっと体中の血の気が引く音が聞こえる気がした。
 警戒して後ずさると、英知は「何もしないよ」と慌てて両手を振る。

「君は有名人だし、僕は生徒会長だから、生徒の噂は自然に耳に入ってくるんだ」

「それなのに、なぜポスター貼りの担当に……。私を遠ざけようとは思わなかったんですか?」

「思わなかった。噂は作り話だってすぐに分かったし、おうちの人が何をしていようと子どもには関係ないものだろう。その生徒本人の資質や性格で評価されるべきだ。だから黒羽さんを色眼鏡で見ることは断じてないよ。大丈夫」

 英知は、それが当たり前と言わんばかりに優しい眼差しを送ってくれた。
 四葉は体の緊張を解いて、無性に自分が恥ずかしくなった。
 親が何者だろうが子どもは子ども単体の人間だ。それなのに、親と子どもは同一視される。それは、極道一家に生まれた四葉が誰より実感してきた。
 それなのに四葉は、英知が警察の息子だから極道を敵視しているだろうと決めつけて、彼を裏のある危険人物だと誤解していた。

「ごめんなさい、会長。色眼鏡で見ていたのは私の方だったみたいです」

 素直に頭を下げると英知は苦笑いした。前から四葉の偏見に気づいていたらしい。

「それでは、ご挨拶させていただくね」

 英知は靴を脱いでブルーシートに上がった。
 弁当もそこそこに会話に耳をそばだてていた男たちは、礼儀正しい振る舞いを目を点にして見守っている。

「黒羽組の皆さん、角館桜咲高校の体育祭にようこそお出でくださいました。白鳥さんも楽しんでいってください。今年は協力を断られましたが、来年も打診するのでご検討いただきたい。僕は、絶対にあなたのパンでパン食い競争を実現してみせます!」

「お前、三年生だろ。来年には卒業してんじゃねえの?」

 から揚げを頬張って面倒くさそうに答える由岐に、英知はポンと膝を叩いて見せた。

「ご心配なく。会長を引き継ぐ後輩に伝えておきます。白鳥さんのパンがどれだけ素晴らしく美味しいか。そして僕ほど白鳥さんのパンを愛している者はいないということを!」

「はっ。ガキが、ぬかしてんじゃねえぞ」

 由岐は、ハイボールを一口飲んで、ニイと口角を上げた。

「俺のパンを一番愛してんのは、俺に決まってるだろうが」

 不敵に笑った顔は、父とは似ても似つかない由岐だけの表情だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

カクリヨ美容室の奇譚

泥水すする
キャラ文芸
 困っている人を放っておけない性格の女子高生・如月結衣はある日、酔っ払いに絡まれている和服姿の美容師・黄昏ほだかを助ける。  ほだかは助けてもらったお礼に、伸びきった結衣の髪を切ってくれるというが……結衣は髪に対して、とある特殊な事情を抱えていた。 「ほだかさん……先にお伝えしておきます。わたしの髪は、呪われているんです」  

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

処理中です...