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第四話 メロンパンは初恋の味
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ふと横を見ると、由岐の前には蓋の開いたハイボール缶が二つある。
だが、彼は片方には頑なに手をつけなかった。
「由岐くん、それは……」
すると、由岐は「花太郎さんの分だ」と小声で教えてくれた。
「四葉を見に来そうだろ、あの人」
同じことを考えている人がいた。
由岐の心づかいに、四葉の鼻の奥がつんとする。
「――そうだよね。お父さん、こういうイベントが大好きで、テントで一番白熱した応援してくれるんだよ。由岐くんの体育祭に行った時も声が枯れるくらい叫んでた」
「あれは恥ずかしかったな。でも、そのおかげで俺は体育祭だけはサボらなかった」
思い出を語る由岐の横顔が何となく父に似ている。
多分、アルコールが入って赤くなった頬が、応援疲れした父に重なっただけだ。
それでも四葉は無性に嬉しくて、ふふっと小さく笑ってしまった。
(お父さんはここにいる。私たちの心のなかに)
「黒羽さん、ちょっと良いかな?」
「会長!? どうしました?」
テントを尋ねてきた英知は、立ち上がった四葉に囁いた。
「白鳥さんが来ているようなら、ご挨拶をと思って」
ジャージの袖に『体育祭実行委員』の腕輪を止めた彼は、お弁当とパンバスケットを広げた賑やかな一家を見て、羨ましげな息を吐く。
「仲が良くていいね。君の家、極道だって聞いたからから、どんな怖い人が集まるんだろうって思っていたけれど……とっても良いご家族だ」
「私の家のこと、知ってたんですか?」
サーっと体中の血の気が引く音が聞こえる気がした。
警戒して後ずさると、英知は「何もしないよ」と慌てて両手を振る。
「君は有名人だし、僕は生徒会長だから、生徒の噂は自然に耳に入ってくるんだ」
「それなのに、なぜポスター貼りの担当に……。私を遠ざけようとは思わなかったんですか?」
「思わなかった。噂は作り話だってすぐに分かったし、おうちの人が何をしていようと子どもには関係ないものだろう。その生徒本人の資質や性格で評価されるべきだ。だから黒羽さんを色眼鏡で見ることは断じてないよ。大丈夫」
英知は、それが当たり前と言わんばかりに優しい眼差しを送ってくれた。
四葉は体の緊張を解いて、無性に自分が恥ずかしくなった。
親が何者だろうが子どもは子ども単体の人間だ。それなのに、親と子どもは同一視される。それは、極道一家に生まれた四葉が誰より実感してきた。
それなのに四葉は、英知が警察の息子だから極道を敵視しているだろうと決めつけて、彼を裏のある危険人物だと誤解していた。
「ごめんなさい、会長。色眼鏡で見ていたのは私の方だったみたいです」
素直に頭を下げると英知は苦笑いした。前から四葉の偏見に気づいていたらしい。
「それでは、ご挨拶させていただくね」
英知は靴を脱いでブルーシートに上がった。
弁当もそこそこに会話に耳をそばだてていた男たちは、礼儀正しい振る舞いを目を点にして見守っている。
「黒羽組の皆さん、角館桜咲高校の体育祭にようこそお出でくださいました。白鳥さんも楽しんでいってください。今年は協力を断られましたが、来年も打診するのでご検討いただきたい。僕は、絶対にあなたのパンでパン食い競争を実現してみせます!」
「お前、三年生だろ。来年には卒業してんじゃねえの?」
から揚げを頬張って面倒くさそうに答える由岐に、英知はポンと膝を叩いて見せた。
「ご心配なく。会長を引き継ぐ後輩に伝えておきます。白鳥さんのパンがどれだけ素晴らしく美味しいか。そして僕ほど白鳥さんのパンを愛している者はいないということを!」
「はっ。ガキが、ぬかしてんじゃねえぞ」
由岐は、ハイボールを一口飲んで、ニイと口角を上げた。
「俺のパンを一番愛してんのは、俺に決まってるだろうが」
不敵に笑った顔は、父とは似ても似つかない由岐だけの表情だった。
だが、彼は片方には頑なに手をつけなかった。
「由岐くん、それは……」
すると、由岐は「花太郎さんの分だ」と小声で教えてくれた。
「四葉を見に来そうだろ、あの人」
同じことを考えている人がいた。
由岐の心づかいに、四葉の鼻の奥がつんとする。
「――そうだよね。お父さん、こういうイベントが大好きで、テントで一番白熱した応援してくれるんだよ。由岐くんの体育祭に行った時も声が枯れるくらい叫んでた」
「あれは恥ずかしかったな。でも、そのおかげで俺は体育祭だけはサボらなかった」
思い出を語る由岐の横顔が何となく父に似ている。
多分、アルコールが入って赤くなった頬が、応援疲れした父に重なっただけだ。
それでも四葉は無性に嬉しくて、ふふっと小さく笑ってしまった。
(お父さんはここにいる。私たちの心のなかに)
「黒羽さん、ちょっと良いかな?」
「会長!? どうしました?」
テントを尋ねてきた英知は、立ち上がった四葉に囁いた。
「白鳥さんが来ているようなら、ご挨拶をと思って」
ジャージの袖に『体育祭実行委員』の腕輪を止めた彼は、お弁当とパンバスケットを広げた賑やかな一家を見て、羨ましげな息を吐く。
「仲が良くていいね。君の家、極道だって聞いたからから、どんな怖い人が集まるんだろうって思っていたけれど……とっても良いご家族だ」
「私の家のこと、知ってたんですか?」
サーっと体中の血の気が引く音が聞こえる気がした。
警戒して後ずさると、英知は「何もしないよ」と慌てて両手を振る。
「君は有名人だし、僕は生徒会長だから、生徒の噂は自然に耳に入ってくるんだ」
「それなのに、なぜポスター貼りの担当に……。私を遠ざけようとは思わなかったんですか?」
「思わなかった。噂は作り話だってすぐに分かったし、おうちの人が何をしていようと子どもには関係ないものだろう。その生徒本人の資質や性格で評価されるべきだ。だから黒羽さんを色眼鏡で見ることは断じてないよ。大丈夫」
英知は、それが当たり前と言わんばかりに優しい眼差しを送ってくれた。
四葉は体の緊張を解いて、無性に自分が恥ずかしくなった。
親が何者だろうが子どもは子ども単体の人間だ。それなのに、親と子どもは同一視される。それは、極道一家に生まれた四葉が誰より実感してきた。
それなのに四葉は、英知が警察の息子だから極道を敵視しているだろうと決めつけて、彼を裏のある危険人物だと誤解していた。
「ごめんなさい、会長。色眼鏡で見ていたのは私の方だったみたいです」
素直に頭を下げると英知は苦笑いした。前から四葉の偏見に気づいていたらしい。
「それでは、ご挨拶させていただくね」
英知は靴を脱いでブルーシートに上がった。
弁当もそこそこに会話に耳をそばだてていた男たちは、礼儀正しい振る舞いを目を点にして見守っている。
「黒羽組の皆さん、角館桜咲高校の体育祭にようこそお出でくださいました。白鳥さんも楽しんでいってください。今年は協力を断られましたが、来年も打診するのでご検討いただきたい。僕は、絶対にあなたのパンでパン食い競争を実現してみせます!」
「お前、三年生だろ。来年には卒業してんじゃねえの?」
から揚げを頬張って面倒くさそうに答える由岐に、英知はポンと膝を叩いて見せた。
「ご心配なく。会長を引き継ぐ後輩に伝えておきます。白鳥さんのパンがどれだけ素晴らしく美味しいか。そして僕ほど白鳥さんのパンを愛している者はいないということを!」
「はっ。ガキが、ぬかしてんじゃねえぞ」
由岐は、ハイボールを一口飲んで、ニイと口角を上げた。
「俺のパンを一番愛してんのは、俺に決まってるだろうが」
不敵に笑った顔は、父とは似ても似つかない由岐だけの表情だった。
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