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第四話 メロンパンは初恋の味
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六月の四週目の日曜日。
晴天の良き日に、角館桜咲高校の体育祭は幕を開けた。
運動場を囲むようにパイプテントが張られて、応援に駆けつけた保護者が座っている。とはいっても、高校生ともなると参観者は少ない。
スマホを片手に我が子の雄姿を動画に収めようとする親の姿もなく、お昼用のお弁当を持ってのんびり応援に来ているという雰囲気だ。
黒羽家の一行を除いては――。
「お嬢、女は度胸です! 頑張れー!」
「組イチの俊足、カタギの連中に見せでやれ!」
助と賀来は、頭にクローバー柄の家紋が入ったハチマキを巻き、メガホンを両手に持って絶叫している。柄の悪い男性二人の大騒ぎに、びっくりした周りの保護者が少しずつ隣のテントに移動していく。
飴食い競争を一位でゴールした四葉は、それらを苦い気持ちで眺めていた。
「四葉のおうちの人、すごいね~」
「止めてって言ってるんだけどね……」
「いいじゃん。全力で応援してくれる家族って!」
鈴の励ましは、多くの生徒に遠巻きにされて荒んだ心に染み渡った。
『これから一時間の休憩を挟んで、ダンス競技に移ります』
放送部からのお達しでお昼ご飯の時間になった。
水道で手を洗った四葉は、鈴を両親のいるテントへ送り届けて、黒羽組が占領してしまったテントに近づく。
「もう! 助さん、賀来さん。目立たないでって、あれほど言ったのに!」
憤慨しながらスポーツシューズを脱ぐ。
青いビニールシートの上には、わざわざ御座が敷いてあり、その上には座布団まで置いてあった。
「なんでこんなに重装備なの?」
「お嬢は組長なんですよ? オレらみたいに薄っぺらいシートの上に座らせるわけには行かないでしょう」
「そうだ。さあさあ、組長。こぢらへ」
座布団に座らされた四葉の前に、賀来お手製の重箱弁当が並べられた。
折り詰めのように立派な和食膳だ。
一番上の段には、俵型のおにぎりが並んでいた。
ピンク色は刻んだ梅しそが混ぜられていて、緑はあおさ海苔、茶色に見えるのは天辺に肉そぼろが降りかけられている。
二段目はおかずだ。
黄金色の出し巻き卵にカラッと揚がったから揚げ、ゆでたブロッコリーとエビのマリネの横には、大好きなきんぴらごぼうが山ほど詰まっていて美味しそうだ。
三段目はデザート。新鮮な苺やさくらんぼに加え、パイナップルや桃が入ったフルーツ缶に手作りの白玉を混ぜた特製のフルーツポンチが宝石みたいに輝いていた。
「豪華だね! でも、三人で食べるには多くない?」
「いや。これから来るんで。翔太と、あとは――」
「俺も食べる」
声に振り向くと、私服姿の由岐が風呂敷を持って立っていた。
隣には翔太もいて、コンビニで買った飲料を抱えている。
「由岐くん、お店はどうしたの?」
「早めに閉めた。今日は小学校でも運動会をやってるから、パンを買いに来る客が少ないんだよ。大抵、家の人と弁当を食うだろ」
由岐はブルーシートに上がり込むと、四葉の側にあったクッションに翔太を座らせて、自分は直にあぐらをかいた。
「賀来の行楽弁当があると思ったが、一応持ってきた」
由岐が広げた風呂敷の中には、あんパンやメロンパン、デニッシュを詰め合わせた籐のバスケットがあった。
香ばしい匂いがしてよく見れば、バスケット自体も焼いたパンでできている。
「すごい! 器まで食べられちゃうんだ」
「水分の少ない生地を細くのばして編んで焼いたんだ。ドイツ系パンのブレッツェルを参考にしたから、塩気があって硬いぞ。噛むときに気を付けろ」
由岐は、もぎ取ったバスケットの端を四葉と翔太に渡した。
歯を立てると木の枝のように硬い。噛みごたえがある生地は、表面はバリッと、中はもちもちだ。表面に振ってある桃色の岩塩の塩気がちょうどいい。
「美味しい! おつまみみたい」
「ビールに合いそうだな。翔太、買ってきてくれだか?」
舌なめずりする助に、翔太は白い塗装のビール缶を渡した。
「一本だけだよ、お父さん。四葉ちゃんの応援に来たのに、ベロベロに酔っ払ったら恥ずかしいから。四葉ちゃんはコーラでいいよね」
「うん。由岐くんは?」
「ハイボール」
「由岐、てめえ! お嬢の応援ついでにタダ酒飲みにきたのか、こら!」
膝を立てて怒る賀来の頬に、由岐はサイダー缶を押しつけた。
「うるせえな。素面が一人いればなんとかなるだろ。翔太もいるし」
「はい! 頑張ります、師匠!」
「翔太……。お前、いづから由岐を師匠とあおぐようになっだんだ……。お父さん、そんな子に育てた覚えはねえぞ」
助の涙声を聞きながら、四葉はきんぴらごぼうや卵焼きを小皿に取り分けた。
重箱に詰められていたおにぎりを一口。次に、パンバスケットから取り出したあんパンを一口。甘いものとしょっぱいものが交互にのって、舌が楽しい。
天気のいい体育祭。家族で集まってお昼ご飯を食べる。
これ以上の贅沢はない。
(ここにお父さんもいてくれたらな……)
晴天の良き日に、角館桜咲高校の体育祭は幕を開けた。
運動場を囲むようにパイプテントが張られて、応援に駆けつけた保護者が座っている。とはいっても、高校生ともなると参観者は少ない。
スマホを片手に我が子の雄姿を動画に収めようとする親の姿もなく、お昼用のお弁当を持ってのんびり応援に来ているという雰囲気だ。
黒羽家の一行を除いては――。
「お嬢、女は度胸です! 頑張れー!」
「組イチの俊足、カタギの連中に見せでやれ!」
助と賀来は、頭にクローバー柄の家紋が入ったハチマキを巻き、メガホンを両手に持って絶叫している。柄の悪い男性二人の大騒ぎに、びっくりした周りの保護者が少しずつ隣のテントに移動していく。
飴食い競争を一位でゴールした四葉は、それらを苦い気持ちで眺めていた。
「四葉のおうちの人、すごいね~」
「止めてって言ってるんだけどね……」
「いいじゃん。全力で応援してくれる家族って!」
鈴の励ましは、多くの生徒に遠巻きにされて荒んだ心に染み渡った。
『これから一時間の休憩を挟んで、ダンス競技に移ります』
放送部からのお達しでお昼ご飯の時間になった。
水道で手を洗った四葉は、鈴を両親のいるテントへ送り届けて、黒羽組が占領してしまったテントに近づく。
「もう! 助さん、賀来さん。目立たないでって、あれほど言ったのに!」
憤慨しながらスポーツシューズを脱ぐ。
青いビニールシートの上には、わざわざ御座が敷いてあり、その上には座布団まで置いてあった。
「なんでこんなに重装備なの?」
「お嬢は組長なんですよ? オレらみたいに薄っぺらいシートの上に座らせるわけには行かないでしょう」
「そうだ。さあさあ、組長。こぢらへ」
座布団に座らされた四葉の前に、賀来お手製の重箱弁当が並べられた。
折り詰めのように立派な和食膳だ。
一番上の段には、俵型のおにぎりが並んでいた。
ピンク色は刻んだ梅しそが混ぜられていて、緑はあおさ海苔、茶色に見えるのは天辺に肉そぼろが降りかけられている。
二段目はおかずだ。
黄金色の出し巻き卵にカラッと揚がったから揚げ、ゆでたブロッコリーとエビのマリネの横には、大好きなきんぴらごぼうが山ほど詰まっていて美味しそうだ。
三段目はデザート。新鮮な苺やさくらんぼに加え、パイナップルや桃が入ったフルーツ缶に手作りの白玉を混ぜた特製のフルーツポンチが宝石みたいに輝いていた。
「豪華だね! でも、三人で食べるには多くない?」
「いや。これから来るんで。翔太と、あとは――」
「俺も食べる」
声に振り向くと、私服姿の由岐が風呂敷を持って立っていた。
隣には翔太もいて、コンビニで買った飲料を抱えている。
「由岐くん、お店はどうしたの?」
「早めに閉めた。今日は小学校でも運動会をやってるから、パンを買いに来る客が少ないんだよ。大抵、家の人と弁当を食うだろ」
由岐はブルーシートに上がり込むと、四葉の側にあったクッションに翔太を座らせて、自分は直にあぐらをかいた。
「賀来の行楽弁当があると思ったが、一応持ってきた」
由岐が広げた風呂敷の中には、あんパンやメロンパン、デニッシュを詰め合わせた籐のバスケットがあった。
香ばしい匂いがしてよく見れば、バスケット自体も焼いたパンでできている。
「すごい! 器まで食べられちゃうんだ」
「水分の少ない生地を細くのばして編んで焼いたんだ。ドイツ系パンのブレッツェルを参考にしたから、塩気があって硬いぞ。噛むときに気を付けろ」
由岐は、もぎ取ったバスケットの端を四葉と翔太に渡した。
歯を立てると木の枝のように硬い。噛みごたえがある生地は、表面はバリッと、中はもちもちだ。表面に振ってある桃色の岩塩の塩気がちょうどいい。
「美味しい! おつまみみたい」
「ビールに合いそうだな。翔太、買ってきてくれだか?」
舌なめずりする助に、翔太は白い塗装のビール缶を渡した。
「一本だけだよ、お父さん。四葉ちゃんの応援に来たのに、ベロベロに酔っ払ったら恥ずかしいから。四葉ちゃんはコーラでいいよね」
「うん。由岐くんは?」
「ハイボール」
「由岐、てめえ! お嬢の応援ついでにタダ酒飲みにきたのか、こら!」
膝を立てて怒る賀来の頬に、由岐はサイダー缶を押しつけた。
「うるせえな。素面が一人いればなんとかなるだろ。翔太もいるし」
「はい! 頑張ります、師匠!」
「翔太……。お前、いづから由岐を師匠とあおぐようになっだんだ……。お父さん、そんな子に育てた覚えはねえぞ」
助の涙声を聞きながら、四葉はきんぴらごぼうや卵焼きを小皿に取り分けた。
重箱に詰められていたおにぎりを一口。次に、パンバスケットから取り出したあんパンを一口。甘いものとしょっぱいものが交互にのって、舌が楽しい。
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