小京都角館・武家屋敷通りまごころベーカリー  弱小極道一家が愛されパン屋さんはじめました

来栖千依

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第四話 メロンパンは初恋の味

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「――パン食い競争?」

 放課後のベーカリー白鳥。
 営業を終えて調理室の片付けをしていた由岐は、エプロンをつけて洗い物を手伝う四葉の言葉に顔をしかめた。
 こもるオーブンの熱を冷ますために雪女パワーを発揮していて、調理室は窓も開けていないのにそよそよと冷たい風が吹き抜けていく。

「なんで急に? 飴食い競争が伝統だろ。俺のときもやってたぞ」

 角館桜咲高校の飴食い競争は変わっている。
 百メートル走の途中に、個包装の飴が山と積まれたバットが置かれていて、側に置かれた子どもバケツに好きなだけ入れていいルールだ。
 入れた分は競争後に自分の取り分になる。
 ただし、ゴールまでに飴を一個でも落としたら失格なので、自分の欲望との戦いを強いられる。

「飴食い競争自体は好評なんだけど、炎天下だと体育祭のうちに飴が溶けちゃうこともあるの。代替案として、パンはどうだろうって考えになったみたいだよ」

 説明に納得しつつも、由岐は「パンも無理だ」と首を振った。

「飴が溶けるような炎天下では大抵の食品はだめになる。もしも雑菌が繁殖して、生徒が腹を壊したらどうするんだ」

「パン食い競争って全国的にやってるよね。大丈夫なんじゃないの?」

 四葉は、テレビニュースで吊されたパンをくわえてゴールまで走る小学生を見たことがあった。
 しかし由岐に言わせると、あれも食中毒が起こらないとは言えないらしい。

「そういう場合は、工場で製造される完全に密封されたパンを使うだろ。無菌に近い状態で工程を管理すると、賞味期限が長くて多少の日光でも問題ないパンは作れる。だが、個人の店舗で焼くパンはその日のうちに食べることを想定して作られている。保健所から衛生面で問題ないと営業許可を受けているとはいえ、工場製品のようにはいかない。断っとけ」

「でも……。会長は由岐くんのパンがものすごく好きだって言ってたよ。自分ほど由岐くんのパンを愛している人はいないって。だから、ベーカリー白鳥に頼みたいんだって」

「俺は作らないったら作らない」

 由岐が頑なに断ったので、四葉は正直ほっとした。
 由岐が英知の熱意に押されて、言いなりになってしまわないか心配だったのだ。

(どんな状況でも由岐くんは由岐くんだよね)

 四葉にとって自慢の幼馴染は靡かない孤高の人だ。

(そっか。私、由岐くんが誰にもすり寄らずにいてほしいんだ)

 我が道を自分の方法で生きている由岐が、恋や友情みたいなふわふわした世界に行ってしまうのが寂しいのだ。鈴や英知がふかふか甘やかな食パンだとしたら、由岐には硬くて歯が立たないハード系のフランスパンなのである。
 そうでないと、四葉が困る……その理由はまだ見えないけれど。
 由岐への愛をこじらせている英知には悪いが、ここは引いてもらうしかない。
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