19 / 34
第四話 メロンパンは初恋の味
3
しおりを挟む
日曜日の朝。
四葉は着慣れた制服のポケットにスマホを入れて角館駅に向かった。
ここは秋田新幹線の停車駅になっているものの、過疎地なので三本あるレールで十分にまかなえる本数の列車しか走らない。
ゆえに建物はこぢんまりとしている。
少し前まで切符を切るのは改札口に立つ駅員で、観光客はよくここで記念撮影していたが、自動化のあおりを受けて現在はICカード対応の改札機が設置された。
便利になるのは素晴らしいことだけれど、文化が少しずつ消えていくのは物寂しくもある。
ロータリーに沿って沿道を歩いて行くと、武家屋敷をイメージした駅看板の前に、制服を着た英知が立っていた。
手に下げた紙袋には、丸めたポスターが三十本ほど入れられている。
「おはよう黒羽さん。僕はこの町に詳しくないから、案内を頼むね」
「任せてください。聞きたかったんですけど、どうしてポスター掲示の担当が私になったんですか?」
「他の委員が声をそろえて、角館のことなら黒羽さんが適しているって薦めてくれたんだ。君、有名人なんだね」
にこにこと微笑まれて、四葉は感づいた。
(ひょっとして、会長は私が極道の娘だって知らないのかも?)
英知にわざわざ下賤な噂話を聞かせる人間がいなかったのかもしれないし、警察の息子に教えたら四葉が大変なことになると周囲が黙っていてくれたのかもしれない。
これなら、一緒に行動しても問題はなさそうだ。
ほっとした四葉は、英知を道案内しながら、駅前の商店街を中心に、武家屋敷通りに点在する土産屋や飲食店にもポスターを配って歩く。
生徒会長とポスターを配りに来るので、黒羽組の話はしないでほしい、とお願いしてあったため、みかじめ料のやり取りがある関係だとはバレなかった。
残るはベーカリー白鳥だけだ。
格子戸を開けて店内に入った四葉を、エプロンを着けた賀来が「いらっしゃい!」と出迎えてくれた。
「お嬢、早かったっすね。どうでしたサツの倅は」
(わー!)
サツとは警察を指す専門用語。倅はそのまま息子の意味だ。
こんな言葉遣いをしていたら極道の人間だとバレてしまう。
四葉が睨むと、賀来は手で口元を覆った。
続けて入って来た英知は、興味深そうに店内を見回す。
「良い雰囲気だ。角館にもこんな店があるんだね」
「幼馴染のお店なんです。由岐くん、ちょっといいかな!」
調理室に呼びかけると、焼きたてのゲンコツカレーパンを持った由岐が出てきた。
パンを目で物色していた英知は、姿勢を正してポスターを出す。
「はじめまして。角館桜咲高校三年の須王英知と申します。生徒会長として体育祭の広報のお願いに参りました。開催日まで、店頭でポスターを掲示していただけないでしょうか?」
「うちみたいな店でよければ」
快く受け取った由岐を見て、四葉の緊張は解けた。
あとは英知と別れて帰るだけ。しかし、彼は意外なねばりを見せた。
「僕はパンが大好きなんです。特にメロンパンが。これを買わせていただいてもいいでしょうか?」
英知が目をつけたのは、カレーパンの隣に並ぶオーソドックスなメロンパンだ。
あんパンと同じふわふわの生地に、ビスケット生地をのせて焼き上げている。
「もちろん。賀来、レジ打ってやってくれ」
「へいー。百三十円でーす」
英知が会計をしている間に、由岐は事務用に置いてあったメンディングテープを四枚切って、格子戸に向かった。
ポスターについた丸い癖を取り除きながら正面の戸に貼り付ける。
出入りする客が、必ず目にする一等席だ。
やる気のない賀来から紙袋を受け取った英知は、外に出るのを待てずに店内のスツールに腰かけてメロンパンにかぶりついた。
さくっとした噛みごたえに目を輝かせる。
「これは――!」
美味しいはずだ。由岐のメロンパンは、安岐のものとは一味違う。
昨今の流行に合わせて、メロン風味のクリームを注入しているのだ。
マスクメロン風のオレンジ色は、一口目から濃厚な甘みをもたらしてくれるので四葉もお気に入りである。
英知は、口の端にクリームを付けたまま立ち上がり、調理室へ戻るために横切った由岐の手首をつかんだ。
突然、止められて由岐の顔に険が差す。
「……なにか?」
「今まで食べたどのメロンパンよりも美味しいです。僕はあなたが作るパンが好きです。これからも通わせてください!」
熱の入った大好き宣言に四葉は固まった。
「好き」という言葉をてらいなく由岐に告げる人間が突然現れて、どうして平然としていられようか。
鈴がそうならなければいいと念じていたが、まさか英知に言われるとは。
由岐を見ると、感情の読めない顔で「よろしく」と答えた。
嫌悪感が無さそうだったので、それもまた四葉の心を乱した。
四葉は着慣れた制服のポケットにスマホを入れて角館駅に向かった。
ここは秋田新幹線の停車駅になっているものの、過疎地なので三本あるレールで十分にまかなえる本数の列車しか走らない。
ゆえに建物はこぢんまりとしている。
少し前まで切符を切るのは改札口に立つ駅員で、観光客はよくここで記念撮影していたが、自動化のあおりを受けて現在はICカード対応の改札機が設置された。
便利になるのは素晴らしいことだけれど、文化が少しずつ消えていくのは物寂しくもある。
ロータリーに沿って沿道を歩いて行くと、武家屋敷をイメージした駅看板の前に、制服を着た英知が立っていた。
手に下げた紙袋には、丸めたポスターが三十本ほど入れられている。
「おはよう黒羽さん。僕はこの町に詳しくないから、案内を頼むね」
「任せてください。聞きたかったんですけど、どうしてポスター掲示の担当が私になったんですか?」
「他の委員が声をそろえて、角館のことなら黒羽さんが適しているって薦めてくれたんだ。君、有名人なんだね」
にこにこと微笑まれて、四葉は感づいた。
(ひょっとして、会長は私が極道の娘だって知らないのかも?)
英知にわざわざ下賤な噂話を聞かせる人間がいなかったのかもしれないし、警察の息子に教えたら四葉が大変なことになると周囲が黙っていてくれたのかもしれない。
これなら、一緒に行動しても問題はなさそうだ。
ほっとした四葉は、英知を道案内しながら、駅前の商店街を中心に、武家屋敷通りに点在する土産屋や飲食店にもポスターを配って歩く。
生徒会長とポスターを配りに来るので、黒羽組の話はしないでほしい、とお願いしてあったため、みかじめ料のやり取りがある関係だとはバレなかった。
残るはベーカリー白鳥だけだ。
格子戸を開けて店内に入った四葉を、エプロンを着けた賀来が「いらっしゃい!」と出迎えてくれた。
「お嬢、早かったっすね。どうでしたサツの倅は」
(わー!)
サツとは警察を指す専門用語。倅はそのまま息子の意味だ。
こんな言葉遣いをしていたら極道の人間だとバレてしまう。
四葉が睨むと、賀来は手で口元を覆った。
続けて入って来た英知は、興味深そうに店内を見回す。
「良い雰囲気だ。角館にもこんな店があるんだね」
「幼馴染のお店なんです。由岐くん、ちょっといいかな!」
調理室に呼びかけると、焼きたてのゲンコツカレーパンを持った由岐が出てきた。
パンを目で物色していた英知は、姿勢を正してポスターを出す。
「はじめまして。角館桜咲高校三年の須王英知と申します。生徒会長として体育祭の広報のお願いに参りました。開催日まで、店頭でポスターを掲示していただけないでしょうか?」
「うちみたいな店でよければ」
快く受け取った由岐を見て、四葉の緊張は解けた。
あとは英知と別れて帰るだけ。しかし、彼は意外なねばりを見せた。
「僕はパンが大好きなんです。特にメロンパンが。これを買わせていただいてもいいでしょうか?」
英知が目をつけたのは、カレーパンの隣に並ぶオーソドックスなメロンパンだ。
あんパンと同じふわふわの生地に、ビスケット生地をのせて焼き上げている。
「もちろん。賀来、レジ打ってやってくれ」
「へいー。百三十円でーす」
英知が会計をしている間に、由岐は事務用に置いてあったメンディングテープを四枚切って、格子戸に向かった。
ポスターについた丸い癖を取り除きながら正面の戸に貼り付ける。
出入りする客が、必ず目にする一等席だ。
やる気のない賀来から紙袋を受け取った英知は、外に出るのを待てずに店内のスツールに腰かけてメロンパンにかぶりついた。
さくっとした噛みごたえに目を輝かせる。
「これは――!」
美味しいはずだ。由岐のメロンパンは、安岐のものとは一味違う。
昨今の流行に合わせて、メロン風味のクリームを注入しているのだ。
マスクメロン風のオレンジ色は、一口目から濃厚な甘みをもたらしてくれるので四葉もお気に入りである。
英知は、口の端にクリームを付けたまま立ち上がり、調理室へ戻るために横切った由岐の手首をつかんだ。
突然、止められて由岐の顔に険が差す。
「……なにか?」
「今まで食べたどのメロンパンよりも美味しいです。僕はあなたが作るパンが好きです。これからも通わせてください!」
熱の入った大好き宣言に四葉は固まった。
「好き」という言葉をてらいなく由岐に告げる人間が突然現れて、どうして平然としていられようか。
鈴がそうならなければいいと念じていたが、まさか英知に言われるとは。
由岐を見ると、感情の読めない顔で「よろしく」と答えた。
嫌悪感が無さそうだったので、それもまた四葉の心を乱した。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
神様の学校 八百万ご指南いたします
浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
八百万《かみさま》の学校。
ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。
1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。
来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる