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第四話 メロンパンは初恋の味

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 日曜日の朝。
 四葉は着慣れた制服のポケットにスマホを入れて角館駅に向かった。
 ここは秋田新幹線の停車駅になっているものの、過疎地なので三本あるレールで十分にまかなえる本数の列車しか走らない。
 ゆえに建物はこぢんまりとしている。
 少し前まで切符を切るのは改札口に立つ駅員で、観光客はよくここで記念撮影していたが、自動化のあおりを受けて現在はICカード対応の改札機が設置された。
 便利になるのは素晴らしいことだけれど、文化が少しずつ消えていくのは物寂しくもある。
 ロータリーに沿って沿道を歩いて行くと、武家屋敷をイメージした駅看板の前に、制服を着た英知が立っていた。
 手に下げた紙袋には、丸めたポスターが三十本ほど入れられている。

「おはよう黒羽さん。僕はこの町に詳しくないから、案内を頼むね」

「任せてください。聞きたかったんですけど、どうしてポスター掲示の担当が私になったんですか?」

「他の委員が声をそろえて、角館のことなら黒羽さんが適しているって薦めてくれたんだ。君、有名人なんだね」

 にこにこと微笑まれて、四葉は感づいた。

(ひょっとして、会長は私が極道の娘だって知らないのかも?)

 英知にわざわざ下賤な噂話を聞かせる人間がいなかったのかもしれないし、警察の息子に教えたら四葉が大変なことになると周囲が黙っていてくれたのかもしれない。
 これなら、一緒に行動しても問題はなさそうだ。
 ほっとした四葉は、英知を道案内しながら、駅前の商店街を中心に、武家屋敷通りに点在する土産屋や飲食店にもポスターを配って歩く。
 生徒会長とポスターを配りに来るので、黒羽組の話はしないでほしい、とお願いしてあったため、みかじめ料のやり取りがある関係だとはバレなかった。
 残るはベーカリー白鳥だけだ。
 格子戸を開けて店内に入った四葉を、エプロンを着けた賀来が「いらっしゃい!」と出迎えてくれた。

「お嬢、早かったっすね。どうでしたサツの倅は」

(わー!)

 サツとは警察を指す専門用語。倅はそのまま息子の意味だ。
 こんな言葉遣いをしていたら極道の人間だとバレてしまう。
 四葉が睨むと、賀来は手で口元を覆った。
 続けて入って来た英知は、興味深そうに店内を見回す。

「良い雰囲気だ。角館にもこんな店があるんだね」

「幼馴染のお店なんです。由岐くん、ちょっといいかな!」

 調理室に呼びかけると、焼きたてのゲンコツカレーパンを持った由岐が出てきた。
 パンを目で物色していた英知は、姿勢を正してポスターを出す。

「はじめまして。角館桜咲高校三年の須王英知と申します。生徒会長として体育祭の広報のお願いに参りました。開催日まで、店頭でポスターを掲示していただけないでしょうか?」

「うちみたいな店でよければ」

 快く受け取った由岐を見て、四葉の緊張は解けた。
 あとは英知と別れて帰るだけ。しかし、彼は意外なねばりを見せた。

「僕はパンが大好きなんです。特にメロンパンが。これを買わせていただいてもいいでしょうか?」

 英知が目をつけたのは、カレーパンの隣に並ぶオーソドックスなメロンパンだ。
 あんパンと同じふわふわの生地に、ビスケット生地をのせて焼き上げている。

「もちろん。賀来、レジ打ってやってくれ」

「へいー。百三十円でーす」

 英知が会計をしている間に、由岐は事務用に置いてあったメンディングテープを四枚切って、格子戸に向かった。
 ポスターについた丸い癖を取り除きながら正面の戸に貼り付ける。
 出入りする客が、必ず目にする一等席だ。
 やる気のない賀来から紙袋を受け取った英知は、外に出るのを待てずに店内のスツールに腰かけてメロンパンにかぶりついた。
 さくっとした噛みごたえに目を輝かせる。

「これは――!」

 美味しいはずだ。由岐のメロンパンは、安岐のものとは一味違う。
 昨今の流行に合わせて、メロン風味のクリームを注入しているのだ。
 マスクメロン風のオレンジ色は、一口目から濃厚な甘みをもたらしてくれるので四葉もお気に入りである。
 英知は、口の端にクリームを付けたまま立ち上がり、調理室へ戻るために横切った由岐の手首をつかんだ。
 突然、止められて由岐の顔に険が差す。

「……なにか?」

「今まで食べたどのメロンパンよりも美味しいです。僕はあなたが作るパンが好きです。これからも通わせてください!」

 熱の入った大好き宣言に四葉は固まった。
「好き」という言葉をてらいなく由岐に告げる人間が突然現れて、どうして平然としていられようか。
 鈴がそうならなければいいと念じていたが、まさか英知に言われるとは。
 由岐を見ると、感情の読めない顔で「よろしく」と答えた。
 嫌悪感が無さそうだったので、それもまた四葉の心を乱した。
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