上 下
12 / 34
第三話 長屋生まれのゲンコツカレーパン

2

しおりを挟む
 ゴールデンウィークと共に桜の季節は過ぎ去った。
 続けてのイベントは恐怖の中間テストだ。
 頭を限界まで振りしぼって回答欄を埋めた四葉は、最終課目の古文が終わると机に突っ伏した。

「四葉、お疲れさま~。どうだった? わたしは自信あるよ」

 元気に近寄ってきた鈴に、四葉は涙声で答える。

「自信ない。追試って何点以下だっけ?」

「三十五点以下だよ」

「おわった……」

 国語や英語といった文系課目は苦手だ。
 化学と数学以外は全滅している可能性すらあった。
 ベーカリー白鳥の開店準備で疲れきり、勉強よりも睡眠を優先していたからだ。

「高校生の本分は勉強だけど、由岐くんが心配で……」

「由岐さんの店って、明日オープンなんだっけ」

 鈴は夢見るような表情で両手を組み、まだ見ぬ店内に思いを馳せる。

「焼きたてのパンの香りがする店内……。白い制服を着たイケメンな由岐さん……。恋の予感がする!」

「えっ、恋? そんな予感する?」

「するする。でも土曜なんだよね~。塾があるから行けないなあ。ねえ、暇があったら由岐さんの動画撮って送ってよ」

 ガッカリした風をよそおって、鈴はちゃっかり頼み込んだ。それくらいならと頷いた四葉は、無理に紹介しろと言われなくてほっとしていた。
 鈴と由岐が恋に落ちようものなら、四葉はショックで倒れてしまう。

(もやもやするのは、幼馴染を取られるヤキモチだよね)

 自分って子どもだなと思いながら、荷物をリュックに詰めて校舎を出る。
 バスに乗って隣の市の塾に行く鈴と校門前で別れて、まっすぐにベーカリー白鳥へ向かった。

「由岐くん、来たよ」

 荷物をスツールに置いて調理室に顔を出すと、白いコックコートを着た由岐は、ミキサーで混ぜた生地を黄色い大型パッドにとっていた。
 食パンの生地は前日に作ると言っていたから、その仕込みだろう。
 由岐が食パン作りに用いるのは、中種法という水と酵母を小麦粉に加えて十分に発酵させてから本ごねに入る製法だ。
 ふんわり食感が持ち味のパンに焼き上がるが、とにかく工程が多いので一人で作るのは大変なんだとか。
 おおざっぱな由岐が順序よく仕事をこなしていくのを、四葉は店内から盗み見た。
 康三が作ってくれた台には、古いレジスターが一台置かれていて、操作を覚えている最中だ。

「閉店したスーパーのレジを譲ってもらえてよかった」

 実際にやってみて分かったことだが、パン屋を開店するには必要な物がとにかく多い。
 パンを包むビニール袋や、ショップ名と白鳥のモチーフが印刷された紙袋、袋に封をするメンディングテープといった消耗品は、大量にまとめ買いした。
 店の前に出す幟や、パンが美味しく見えるようなオレンジ系の照明、店員用のエプロンは新調しなければならなかった。
 店舗なので固定電話も忘れてはならない。
 嵩む出費を知っているので、四葉は売り上げから何%を黒羽組が徴収するか、由岐に相談できずにいた。
 みかじめ料は組が決めるものだ。
 法律の及ばないところなので、組で取り決めればいくらでも取れる。だが、高額を設定すれば反感を買う。
 店主が逃げてしまえば、組の取り分はゼロだ。生かさず殺さず、ギリギリお店を続けられる範囲で徴収するのが、やり手の極道。

(とはいえ、人を困らせるのも恨まれるのも嫌だよ)

 黒羽組が弱小極道なのは、こういうところの締め付けが弱いせいでもある。
 けれど四葉は、花太郎の時代からの優しい方針を変えるつもりはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

威風堂々

紅城真琴
キャラ文芸
『王家に生まれ国の将来を担う王子と旅先で出会った少女の初恋のお話』を目指します。

優しいアヤカシを視る●●●の方法

猫宮乾
キャラ文芸
 あやかしに寛容的な土地、新南津市。あやかし学がある高校に通う藍円寺斗望は、生まれつきあやかしが視える。一方、親友の御遼芹架は視えない。そんな二人と、幼馴染で一学年上の瀧澤冥沙の三名がおりなす、あやかし×カフェ×青春のほのぼのした日常のお話です。※1/1より1から3日間隔で一話くらいずつ更新予定です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

あなたになりたかった

月琴そう🌱*
キャラ文芸
カプセルから生まれたヒトとアンドロイドの物語 一人のカプセルベビーに一体のアンドロイド 自分たちには見えてない役割はとても重い けれどふたりの関係は長い年月と共に他には変えられない大切なものになる 自分の最愛を見送る度彼らはこう思う 「あなたになりたかった」

華村花音の事件簿

川端睦月
キャラ文芸
【フラワーアレンジメント×ミステリー】 雑居ビルの四階でフラワーアレンジメント教室『アトリエ花音』を主宰する華村花音。彼はビルのオーナーでもある。 田邊咲はフラワーアレンジメントの体験教室でアトリエ花音を訪れ、ひょんなことからビル内同居を始める。 人生に行き詰まった咲がビルの住人達との交流を通して自分を見つめ直していく、ヒューマンドラマ……ときどきミステリーです。

処理中です...