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第三話 長屋生まれのゲンコツカレーパン
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ゴールデンウィークと共に桜の季節は過ぎ去った。
続けてのイベントは恐怖の中間テストだ。
頭を限界まで振りしぼって回答欄を埋めた四葉は、最終課目の古文が終わると机に突っ伏した。
「四葉、お疲れさま~。どうだった? わたしは自信あるよ」
元気に近寄ってきた鈴に、四葉は涙声で答える。
「自信ない。追試って何点以下だっけ?」
「三十五点以下だよ」
「おわった……」
国語や英語といった文系課目は苦手だ。
化学と数学以外は全滅している可能性すらあった。
ベーカリー白鳥の開店準備で疲れきり、勉強よりも睡眠を優先していたからだ。
「高校生の本分は勉強だけど、由岐くんが心配で……」
「由岐さんの店って、明日オープンなんだっけ」
鈴は夢見るような表情で両手を組み、まだ見ぬ店内に思いを馳せる。
「焼きたてのパンの香りがする店内……。白い制服を着たイケメンな由岐さん……。恋の予感がする!」
「えっ、恋? そんな予感する?」
「するする。でも土曜なんだよね~。塾があるから行けないなあ。ねえ、暇があったら由岐さんの動画撮って送ってよ」
ガッカリした風をよそおって、鈴はちゃっかり頼み込んだ。それくらいならと頷いた四葉は、無理に紹介しろと言われなくてほっとしていた。
鈴と由岐が恋に落ちようものなら、四葉はショックで倒れてしまう。
(もやもやするのは、幼馴染を取られるヤキモチだよね)
自分って子どもだなと思いながら、荷物をリュックに詰めて校舎を出る。
バスに乗って隣の市の塾に行く鈴と校門前で別れて、まっすぐにベーカリー白鳥へ向かった。
「由岐くん、来たよ」
荷物をスツールに置いて調理室に顔を出すと、白いコックコートを着た由岐は、ミキサーで混ぜた生地を黄色い大型パッドにとっていた。
食パンの生地は前日に作ると言っていたから、その仕込みだろう。
由岐が食パン作りに用いるのは、中種法という水と酵母を小麦粉に加えて十分に発酵させてから本ごねに入る製法だ。
ふんわり食感が持ち味のパンに焼き上がるが、とにかく工程が多いので一人で作るのは大変なんだとか。
おおざっぱな由岐が順序よく仕事をこなしていくのを、四葉は店内から盗み見た。
康三が作ってくれた台には、古いレジスターが一台置かれていて、操作を覚えている最中だ。
「閉店したスーパーのレジを譲ってもらえてよかった」
実際にやってみて分かったことだが、パン屋を開店するには必要な物がとにかく多い。
パンを包むビニール袋や、ショップ名と白鳥のモチーフが印刷された紙袋、袋に封をするメンディングテープといった消耗品は、大量にまとめ買いした。
店の前に出す幟や、パンが美味しく見えるようなオレンジ系の照明、店員用のエプロンは新調しなければならなかった。
店舗なので固定電話も忘れてはならない。
嵩む出費を知っているので、四葉は売り上げから何%を黒羽組が徴収するか、由岐に相談できずにいた。
みかじめ料は組が決めるものだ。
法律の及ばないところなので、組で取り決めればいくらでも取れる。だが、高額を設定すれば反感を買う。
店主が逃げてしまえば、組の取り分はゼロだ。生かさず殺さず、ギリギリお店を続けられる範囲で徴収するのが、やり手の極道。
(とはいえ、人を困らせるのも恨まれるのも嫌だよ)
黒羽組が弱小極道なのは、こういうところの締め付けが弱いせいでもある。
けれど四葉は、花太郎の時代からの優しい方針を変えるつもりはなかった。
続けてのイベントは恐怖の中間テストだ。
頭を限界まで振りしぼって回答欄を埋めた四葉は、最終課目の古文が終わると机に突っ伏した。
「四葉、お疲れさま~。どうだった? わたしは自信あるよ」
元気に近寄ってきた鈴に、四葉は涙声で答える。
「自信ない。追試って何点以下だっけ?」
「三十五点以下だよ」
「おわった……」
国語や英語といった文系課目は苦手だ。
化学と数学以外は全滅している可能性すらあった。
ベーカリー白鳥の開店準備で疲れきり、勉強よりも睡眠を優先していたからだ。
「高校生の本分は勉強だけど、由岐くんが心配で……」
「由岐さんの店って、明日オープンなんだっけ」
鈴は夢見るような表情で両手を組み、まだ見ぬ店内に思いを馳せる。
「焼きたてのパンの香りがする店内……。白い制服を着たイケメンな由岐さん……。恋の予感がする!」
「えっ、恋? そんな予感する?」
「するする。でも土曜なんだよね~。塾があるから行けないなあ。ねえ、暇があったら由岐さんの動画撮って送ってよ」
ガッカリした風をよそおって、鈴はちゃっかり頼み込んだ。それくらいならと頷いた四葉は、無理に紹介しろと言われなくてほっとしていた。
鈴と由岐が恋に落ちようものなら、四葉はショックで倒れてしまう。
(もやもやするのは、幼馴染を取られるヤキモチだよね)
自分って子どもだなと思いながら、荷物をリュックに詰めて校舎を出る。
バスに乗って隣の市の塾に行く鈴と校門前で別れて、まっすぐにベーカリー白鳥へ向かった。
「由岐くん、来たよ」
荷物をスツールに置いて調理室に顔を出すと、白いコックコートを着た由岐は、ミキサーで混ぜた生地を黄色い大型パッドにとっていた。
食パンの生地は前日に作ると言っていたから、その仕込みだろう。
由岐が食パン作りに用いるのは、中種法という水と酵母を小麦粉に加えて十分に発酵させてから本ごねに入る製法だ。
ふんわり食感が持ち味のパンに焼き上がるが、とにかく工程が多いので一人で作るのは大変なんだとか。
おおざっぱな由岐が順序よく仕事をこなしていくのを、四葉は店内から盗み見た。
康三が作ってくれた台には、古いレジスターが一台置かれていて、操作を覚えている最中だ。
「閉店したスーパーのレジを譲ってもらえてよかった」
実際にやってみて分かったことだが、パン屋を開店するには必要な物がとにかく多い。
パンを包むビニール袋や、ショップ名と白鳥のモチーフが印刷された紙袋、袋に封をするメンディングテープといった消耗品は、大量にまとめ買いした。
店の前に出す幟や、パンが美味しく見えるようなオレンジ系の照明、店員用のエプロンは新調しなければならなかった。
店舗なので固定電話も忘れてはならない。
嵩む出費を知っているので、四葉は売り上げから何%を黒羽組が徴収するか、由岐に相談できずにいた。
みかじめ料は組が決めるものだ。
法律の及ばないところなので、組で取り決めればいくらでも取れる。だが、高額を設定すれば反感を買う。
店主が逃げてしまえば、組の取り分はゼロだ。生かさず殺さず、ギリギリお店を続けられる範囲で徴収するのが、やり手の極道。
(とはいえ、人を困らせるのも恨まれるのも嫌だよ)
黒羽組が弱小極道なのは、こういうところの締め付けが弱いせいでもある。
けれど四葉は、花太郎の時代からの優しい方針を変えるつもりはなかった。
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