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第二話 おしどり夫婦のハニークロワッサン

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 声に出したのは光恵だった。
 少女のように頬を染めて、うっとりと目を輝かせている。

「お弟子さんのクロワッサンも、安岐さんと同じくらい美味しくなったわ。これならお店に出しても安心ね。今度は一緒に買いにきましょうよ、康三さん」

「そうだな。今度は寒くない日を選んで来ような」

 店内のスツールに戻ってハニークロワッサンを完食した二人は、おしどり夫婦らしく手を繋いで夜道を帰っていった。

「いいな……。ああいう夫婦」

 四葉もお年頃だ。
 いくつになっても変わらず愛してくれる人との結婚は、単純に憧れである。
 隣に立った由岐を盗み見ると、彼も神妙な顔でこちらを見ていた。

「なっ、なに?」

「別に。暖気が逃げる。さっさと中に入れ」

 素っ気なく言った由岐は、店内に戻って、残る三つのクロワッサンにも蜂蜜糖をかけてペーパーで包んでいく。

「助と賀来にも味見させてくれ。助はジジイの味を知ってるし、賀来は知らないなりに料理上手だろ。意見が欲しい」

「わかった。あとで報告するね」

 それきり会話が途絶えてしまった。
 パンを紙袋に詰めている間の沈黙が痛くて、四葉は適当に会話をしぼりだす。

「康三さんと光恵さん、仲良くて可愛かったね。えっと、由岐くんはフランスで彼女とか出来た? ファビュラスな美女と、お近づきになっちゃったりした?」

「はぁ?」

 由岐の額に血管が浮いた。
 光恵にクロワッサンの感想を言われたときは平然としていたのに。四葉は地雷を踏み抜いたらしい。

「だ、だって! フランスって高貴なお姫様のイメージなんだもん。由岐くんも黙っていれば王子様みたいだから、そういうチャンスはあったんじゃないのって、鈴ちゃんが言ってた!」

「たかが海の向こうにどんな理想を掲げてんだ。こっちは、朝から晩まで修行してたんだぞ。朝なんか三時起き。昼間に少しの仮眠をとって夜の十時まで働くんだ。こんな生活のどこに美女が入ってくんだよ」

「それは……。美女もいなさそうだけど、睡眠時間も行方不明だね?」

「初めのうちは死ぬかと思った。泣いて日本に帰ったら天国のジジイに笑われると思ったら、自分に腹が立って続けられた。生活スケジュールに慣れたから今はもう平気だ。それに、」

 アジア人はモテないんだぞ、と由岐は付け加えて腕を組んだ。

「今度は俺が尋ねる番だ。鈴って誰だ?」

「私のお友達。高校で出会ったの。由岐くんのことを話したら、ベーカリー白鳥のパンを買って登校したいって言ってたよ」

「女子だろうな」

「女子だよ? 極道の娘って噂を真に受けずに、私に話しかけてくれたんだ」

 由岐が店をオープンしたら、真っ先に鈴を連れてくるつもりだ。
 わくわくする四葉を見て、由岐はふっと息を吐いた。

「当分は心配ねえか……。お前には面倒くせえ舎弟もいるしな」

「舎弟なんていないけど」

「迎えに来てるぞ」

 言われて格子戸を見ると、目を血走らせた賀来が張り付いていた。

「賀来さんっ!? 何してるの?」

「迎えに来たんですよ! この不良め、お嬢の門限は夜八時だぞ。いつまで突き合わせとんじゃ、こら!」

「門限なんざ知らねえよ。てめえんとこの組長はてめえで守れや」

 負けず劣らずの口の悪さを披露した由岐は、四葉に紙袋を持たせて背を押した。

「明日は来るのか?」

「もちろんだよ。康三さんの手伝いしにくる。ばいばい、由岐くん」

 それから屋敷に帰るまで、四葉は賀来に何があったのか質問攻めにされた。
 うるさい口を塞ぐために押し込んだハニークロワッサンが好評だったので、由岐への手土産はできたのだった。
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