小京都角館・武家屋敷通りまごころベーカリー  弱小極道一家が愛されパン屋さんはじめました

来栖千依

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第一話 シノギは愛されベーカリー

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「どこに?」

 四葉が慌てて厨房に入ると、由岐は埃よけとしてかけてあった白いシーツを外した。
 あらわになったのは、シングルベッドほどもある巨大なオーブンと適温で生地を発酵させるホイロ、火力の強い業務用コンロや生地をこねるニーダー、生地にバターを折り込むリバースシーターなど、安岐が使っていた業務用の機材だった。

「前に探したときと同じじゃない。埋蔵金なんてどこにもないよ」

「いいや。はじめからあった。俺たちが気づかなかっただけだ」

 由岐はキラキラした瞳で、オーブンに付けられた外国語のロゴを指でなぞった。

「これはフランス製。修行していた店でも同型のを使ってた。今、同じメーカーのを輸入しようと思ったら三千万はかかるぞ」

「パンを焼くオーブンってそんなに高いの?」

 四葉の目には単なる業務用の機械にしか見えないけれど、実際にはとんでもない価値があったらしい。
 由岐はいつになく饒舌に説明してくれる。

「パン屋の機材ってのはとにかく高額で、借金まみれで開店するのが普通なんだよ。しかも、ここにあるのは海外の一流メーカーの物ばかりだ。あのジジイ、よくこれだけの機材を揃えられたな……」

「安岐おじいちゃん、ひょっとしたら待っていたのかもしれないね。由岐くんが、この機械の価値が分かるようになるのを」

 安岐が亡くなってから、由岐は荒れに荒れていた。
 学校にいるよりも喧嘩している時間の方が長くて、怪我をしては黒羽家に転がりこんで四葉に手当てされていたのだ。
 何にも興味なさそうに見えた彼が、高校卒業後、安岐と同じパン職人を目指すと決めたとき誰もが驚いた。
 四葉だけは「ジジイのパンが食いたい」と漏らす由岐を知っていたから、いつかそうなると思っていた。
 由岐の決意は固く、花太郎に渡航資金を借りて、ビザが完成するなりすぐに国を出ていった。
 それから三年、手紙の一通も来なかったことから彼の本気度がうかがえる。

「ジジイにやられっぱなしでたまるか。俺、ここで店をやる」

「ほんとに?」

 四葉は、信じられなくて繰り返した。

「由岐くん、本当に角館にいてくれるの?」

 父が亡くなってから、四葉は黒羽一家を守る重責に押し潰されそうだった。
 いくら意地を張って極道を標榜したって、実際はただの女子高生だ。未成年だし、アルバイトもしたことがないのだ、四葉は。

(だけど、由岐くんがそばにいてくれるなら頑張れる……!)

 昔から四葉は由岐に元気をもらって生きてきた。
 雪みたいに降ってきた希望の片鱗に手を伸ばす気持ちで、四葉は由岐を見つめる。まん丸の瞳を見返した由岐はふっと微笑んだ。

「俺が商売できるような土地はここしかねえだろ。つうか、この家の所有者はお前だ。お前が嫌なら別の土地にいくが――」

「嫌なわけない!」

「お嬢、顔が良いだけの男にのせられちゃだめだっす!」

 暖簾から顔を出した助が忠告した。

「うちはタダでさえ火の車だぁ。由岐の面倒まで見切れねえ。本家に代替わりを報告するのに添える上納金もないんですがらね!」

 お金の話が出た途端、四葉の胃がしゅんと縮まった。

「黒羽組が従っているのって土鋸組(つちのこぐみ)だったよな。組長はたしか……」

「土屋さんって人。その人に上納金を一千万渡さないといけないの」

 極道は上下関係が厳しい。下の者が上を支える考えが根付いているので、代替わりや兄弟の契りなど、節目には上層組織に大金を納めなければならないのだ。
 四葉のクラスメイトは、バイトで月に二万円も稼げたら大騒ぎするのに、土鋸組に納めるのはその五百倍だ。
 普通に考えたら、女子高生の身空で稼げる金額ではない。

「一攫千金を狙って、極道女子高生ユーチューバーにでもなるしかないかな?」

「顔出しはまずい。下手したら名前や住所まで暴かれて進学や就職に響くぞ。お前、薬剤師を目指してるんだろ?」

「うん。お父さんと同じお仕事に就きたいし、医療系のお給料なら毎月の納付金を払えるから。でも、それまでのシノギがないんだよね」

 シノギとは、極道が集金するための手段のことである。犯罪に走る組もいるが黒羽組は汚い真似はしないので、他のまっとうな仕事で稼ぐしかない。
 由岐は顎に手を当てて一考した。

「お前が薬剤師としてそれなりに稼げるまでのシノギは、絶対に必要だな。未来に傷が付かないような方法じゃないと助も賀来も認めないだろう……。いっそここを使うか?」

「えーっ、無理無理! いくら埋蔵金みたいな金額でも、安岐おじいちゃんの物は売ったりできないよ!」

 両手を振って拒否すると、由岐にこっぴどく叱られた。

「まだ使えるのに勝手に売るな。俺がここでパン屋をやるから、売り上げはお前が取れってことだ。所有者であるお前は、この家の賃貸料、土地の使用料、月辺りのみかじめ料を取る名目がある。事実上のオーナーだ」

「わ、私が由岐くんのパン屋さんのオーナーに?」

 びっくりしたが道理には適っている。
 少なくとも、ユーチューバーになるよりは地に足が付いた方法だ。

「私は助かるけど、由岐くんに不服はないの? せっかく三年も修行してきたのに、雇われパン職人になっちゃうよ?」

「俺はどこでも美味いパンが作れればそれでいい。花太郎さんには渡航費用を出してもらった恩がある。いつかお前に返そうと思っていたんだ。売上は渡すから、その代わりに営業を手伝えよ。売れる店にしないと、金を払いたくても払えねえだろ?」

「ありがとう、由岐くん」

 ほっとして笑顔になったら、なぜか由岐はふいっと顔をそらしてしまった。

「礼はまともに上納金集めてから言え。あと、助。てめえはいつまで隠れやがる。うざってえな。殴るぞ」

「ひえっ! やっぱり由岐は由岐だあ!」

 助が派手にひっくり返ったので、四葉は笑ってしまった。

 こうして、四葉は黒羽組のシノギの一環として、由岐が開店するパン屋のオーナーになった。
 一千万円までの道はまだまだ遠い。
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