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第二話
しおりを挟む「おい、ミオ」
大通りを歩いていると名前を呼ばれた。
後ろを振り返るとぶすっとした表情のイワンがいた。仁王立ちで腕まで組んでいる。
明らかに怒っていますという態度に私は何をしたっけと数秒考えた。
「目の前で堂々と無視するとは偉くなったなぁ」
普段は遠い顔がグッと近くなる。
イワンの青い目が私を見つめる。
身長差が三十センチもあると見上げるのが辛くてあまり顔を見ていなかったけど、こうして近くで見ると綺麗な顔してるんだなとか目の下に小さな切り傷があるんだなとかどうでもいい発見をしてしまう。
そしてまた怒られるのだ。
「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」
なにか用なの? と聞くとイワンはぶすっとした態度から一転して心配そうな表情で言った。
「お前、おじさんから見合いを勧められたって本当かよ」
「ああ、その話。そうだよ。リューお兄さまの知り合いの方なんだって」
リューお兄さまとは長男のこと。
昔は女性にだらしなかったけど今は最愛のお嫁さんをもらって溺愛してる。
屋敷に閉じ込めたいって言ってたけど、お嫁さんのはそんなこと言ったら離婚するって。
強いお嫁さんで良かった。閉じ込められるのは可哀想だもの。
ちょっと情けないリューお兄さまだけど、お友達を選ぶのがとても上手。
男性も女性もリューお兄さまが連れてくる人たちはみんな良い人ばかり。今回のお相手もきっと良い人に違いない。
「でもお姉さまは反対してるんだけどね。今度が三度目のお見合いでしょう? また断られたら私が傷付くと思ってるみたい」
そんなことないのにね、と笑うとイワンは微妙な顔をした。
「お前には早いんだよ、結婚なんて」
「でも私ももう十九だよ。周りに嫁ぎ遅れだって言われちゃう」
でもどうせ無理。
だってこれが三度目なんだもの。きっと何か私に欠点があるんだ。家族は私を甘やかすけど世間から見たら私は凡人なんだ。
「お父さまもお母さまも私が心配なんだよ。いつまでも家にいてぐうたらしてるし。リューお兄さまはお嫁さんをすごく愛してて結婚はいいのもだぞって言うし……、もしかしたら迷惑なのかも」
「そんなことない」
ムッとした顔でイワンは立ち上がった。
下から見る私には表情が見えなくなる。
「絶対にそんなことない。リューがお前を嫁に出そうとしてるのは知ってるけど、それはお前が邪魔だとかそんな理由じゃない」
頭を優しく撫でられる。加減してくれるのがわかる。
「親父が言ってた。おじさんが泣いてたって。お前を嫁に出したくないってヒステリックになってたってよ。おばさんは宥めてたけど内心嫌だと思ってるぞ。蛇が怒ってたし」
お母さまが感情を表に出すなんて珍しい。
自分を律することが得意でどんなに感情が乱れても頭上の蛇たちは穏やかなのに。
「でも……」
「とにかく、お前にお見合いなんてする必要はないんだ。嫁ぎ遅れても俺が貰ってやるから気にすんな」
「ええー」
「……んだよ、嫌なのかよ」
イワンは私なんかとは比べ物にならない高位貴族だ。
お父さまとイワンのおじさまが親友だから幼馴染として付き合えるけど、本来私なんかとは接するどころか知り合うことすら怪しい。
「イワンとは嫌だよ。睨まれるもん」
私には尊大な態度で口も悪いイワンだけど、公の場では紳士的で女性たちに大人気。普通な私と知り合いってだけで睨まれるのに婚約したなんてなったら殺されるんじゃないかと不安になる。
なんたって私は普通で弱いのだから。
「坊っちゃん、遅れますぞー」
遠くに停車した馬車から侍従が手を振っていた。
「あークソッ、とにかくこの話はお前んちに行くからその時な!」
イワンは慌てたように馬車に乗り込んだ。すぐに発車する様子から相当時間が迫ってたんだろうな。
「まあいいや」
同情して言ってるんだろうし、本気になんてしない。
それに少しだけ太陽が西に傾いている。
今日はみんなで食べるお菓子を一人で買いに来てるから門限までには帰らないとみんなが大騒ぎしちゃう。
慌てて目的地へと走った。
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