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第一章 友だちになろう
4 収穫祭
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あの夜、アスラには石礫のことを聞けなかった。だが、あの出来事は、魔王となるアスラの片鱗のようでもあり、俺は警戒を強めていた。
俺は、まだアスラとどのように向き合っていくのか決めかねていた。俺もアスラも10歳前後の子供になってしまっているし、アスラに以前の記憶があるのかも分からない。
いずれ魔王になるのだからと、今の内に始末してしまうことは出来なかった。旅の仲間であった神官であれば、貴方は本当に甘いですね、とため息を付いたことだろう。だが、俺の甘さの尻拭いを一番してくれたのも彼だったのだけれど。
今日は、収穫祭だ。マーサと共に町に買い出しに行く。ライにも共に来なくて良いのか、と聞いたのだが、はー? はー? 何で俺が? わざわざそんなこと聞きにくんなよ!?マーサに変に思われるだろ!と怒られてしまった。最近はかわいく懐いてくれていたのに。
今日は一年に一度の収穫を祝う日で、孤児院でも奮発して食料を買い込む。俺もこの日のために、森で獣を何頭か仕留め、マーサには驚かれ喜ばれていた。肉代が余った分は、果実や菓子等に回すことができた。普段、甘いものなど食べられない子供たちも喜ぶことだろう。また、俺は狩った獣の希少な部位を金に替えていた。今後、何があるか分からないので武器になるものや薬を調達しておきたい。マーサに断って自由時間をもらうと、俺は武器屋で小刀と薬屋で何種類かの薬を購入しておく。小刀にしたのは、この小さい体では大人用の刀は大きすぎるし、子供が持ち歩くのは目立ちすぎる。
マーサのところに戻ろうと歩いていると、一つの露店に目がいった。気になったのは、紺碧の石が嵌め込まれている腕輪だった。宝石ではないのでそれほど高価なものではなく、俺は深く考えずに買った。
歩いていると、よろよろとした老婆とすれ違う。老婆は大きな荷物を持っていて、よろめくと荷物をぶち撒けてしまった。祭りで忙しそうにすれ違う人々は見て見ぬふりをする。
「なんてこったい。こんなヨボヨボのババアが困っているってのに、冷たい世の中だねっ! 」
俺は転がっている来果を拾い上げ、老婆に渡そうと近付く。来果は豊穣の象徴の果物で、収穫祭には皆これを口にする。
「あぁ、ありがたいねっ! 悪いけど、この荷物を運んでくれないかい? 腰が痛くてね」
「わかった。どこに運べばいい? おばあちゃん」
「おばあちゃんなんて言わないでおくれ!わたしにはケレスって名があるんだから」
「分かったよ。ケレス」
俺は荷物を持つと、ケレスの後をついていく。それほど遠くない街の一角に家はあり、案内されるまま、家に入り机に荷物を乗せる。
「はぁ。ありがとよ。いつもは祭りの日には来果の蜜煮を作っていたものだったけどね。今年はこの腰じゃ無理だね」
「俺が作ろうか? 」
「いいのかい?ありがとよ。世の中捨てたもんじゃないね」
旅での食事当番は交代だったため、一通りは作れる。旅の仲間の中でもかなりましなほうだったと自負している。マーサとの待ち合わせもあるので、俺は手早く蜜煮を作った。蜜煮を戸棚に仕舞うために屈み込むと、胸元から腕輪が転がり落ちた。
「なんて綺麗な色なんだい。先に逝っちまった連れ合いの目の色だよ。どうか、譲ってくれないか」
俺は何か目的があって買ったわけではなかったので、譲ることにした。ケレスは金を払うと言ったが、露店で僅かな金額を払っただけだったので断った。ケレスは、お礼だと言って来果を手渡した。
「いいかい?これは、夜まで食べちゃいけないよ」
「分かった」
祭りの最後に食べるものだからかな?と俺は深く考えずに了承した。
孤児院に戻ると、一年に一度の祭りで皆大喜びだ。花飾りを作ったり、買い込んだ食材を取り出し協力して作っていく。俺は、過去の旅で慣れていたので、肉を捌いたり、野菜を高速で微塵切りしたりと大活躍だった。どこかに行こうとしていたアスラを捕まえた俺は、子供たちと一緒に花輪を作らせた。
一番年下のルーナはきゃっきゃっ笑いながら作業をしており、アスラも興味はなさそうではあるが普通に接している。アスラはその取り付く島のないような冷淡な態度と圧倒的な美貌のせいで他の子供達からは遠巻きにされている。だがルーナは幼いせいか、アスラに物怖じしなかった。綺麗なものが単純に好きなのだろう。今も花輪を作っては、アスラに被せ「綺麗だねえ」と笑っている。
その夜は皆で、美味しいものをたくさん食べ、歌い、笑い幸せな一日だった。アスラも笑ってはいなかったがいつもより柔らかい表情をしていたようにも思う。過去の俺は、今の年の頃は孤児院には居らず、浮浪児として世知辛い世の中を生き抜いていたので、こんな思い出はなかった。収穫祭も楽に残飯を漁れる日でしかなかった。何だかこのまま家族みたいに皆で生きていけるんじゃないかと、アスラを見ながら思った。
だが、俺は忘れていた。幸せなときほどしっぺ返しのように酷い事が起こる。俺が生きてきたのは、そんな世界だった。そして、その夜、魔界の入り口が開いたのだった。
俺は、まだアスラとどのように向き合っていくのか決めかねていた。俺もアスラも10歳前後の子供になってしまっているし、アスラに以前の記憶があるのかも分からない。
いずれ魔王になるのだからと、今の内に始末してしまうことは出来なかった。旅の仲間であった神官であれば、貴方は本当に甘いですね、とため息を付いたことだろう。だが、俺の甘さの尻拭いを一番してくれたのも彼だったのだけれど。
今日は、収穫祭だ。マーサと共に町に買い出しに行く。ライにも共に来なくて良いのか、と聞いたのだが、はー? はー? 何で俺が? わざわざそんなこと聞きにくんなよ!?マーサに変に思われるだろ!と怒られてしまった。最近はかわいく懐いてくれていたのに。
今日は一年に一度の収穫を祝う日で、孤児院でも奮発して食料を買い込む。俺もこの日のために、森で獣を何頭か仕留め、マーサには驚かれ喜ばれていた。肉代が余った分は、果実や菓子等に回すことができた。普段、甘いものなど食べられない子供たちも喜ぶことだろう。また、俺は狩った獣の希少な部位を金に替えていた。今後、何があるか分からないので武器になるものや薬を調達しておきたい。マーサに断って自由時間をもらうと、俺は武器屋で小刀と薬屋で何種類かの薬を購入しておく。小刀にしたのは、この小さい体では大人用の刀は大きすぎるし、子供が持ち歩くのは目立ちすぎる。
マーサのところに戻ろうと歩いていると、一つの露店に目がいった。気になったのは、紺碧の石が嵌め込まれている腕輪だった。宝石ではないのでそれほど高価なものではなく、俺は深く考えずに買った。
歩いていると、よろよろとした老婆とすれ違う。老婆は大きな荷物を持っていて、よろめくと荷物をぶち撒けてしまった。祭りで忙しそうにすれ違う人々は見て見ぬふりをする。
「なんてこったい。こんなヨボヨボのババアが困っているってのに、冷たい世の中だねっ! 」
俺は転がっている来果を拾い上げ、老婆に渡そうと近付く。来果は豊穣の象徴の果物で、収穫祭には皆これを口にする。
「あぁ、ありがたいねっ! 悪いけど、この荷物を運んでくれないかい? 腰が痛くてね」
「わかった。どこに運べばいい? おばあちゃん」
「おばあちゃんなんて言わないでおくれ!わたしにはケレスって名があるんだから」
「分かったよ。ケレス」
俺は荷物を持つと、ケレスの後をついていく。それほど遠くない街の一角に家はあり、案内されるまま、家に入り机に荷物を乗せる。
「はぁ。ありがとよ。いつもは祭りの日には来果の蜜煮を作っていたものだったけどね。今年はこの腰じゃ無理だね」
「俺が作ろうか? 」
「いいのかい?ありがとよ。世の中捨てたもんじゃないね」
旅での食事当番は交代だったため、一通りは作れる。旅の仲間の中でもかなりましなほうだったと自負している。マーサとの待ち合わせもあるので、俺は手早く蜜煮を作った。蜜煮を戸棚に仕舞うために屈み込むと、胸元から腕輪が転がり落ちた。
「なんて綺麗な色なんだい。先に逝っちまった連れ合いの目の色だよ。どうか、譲ってくれないか」
俺は何か目的があって買ったわけではなかったので、譲ることにした。ケレスは金を払うと言ったが、露店で僅かな金額を払っただけだったので断った。ケレスは、お礼だと言って来果を手渡した。
「いいかい?これは、夜まで食べちゃいけないよ」
「分かった」
祭りの最後に食べるものだからかな?と俺は深く考えずに了承した。
孤児院に戻ると、一年に一度の祭りで皆大喜びだ。花飾りを作ったり、買い込んだ食材を取り出し協力して作っていく。俺は、過去の旅で慣れていたので、肉を捌いたり、野菜を高速で微塵切りしたりと大活躍だった。どこかに行こうとしていたアスラを捕まえた俺は、子供たちと一緒に花輪を作らせた。
一番年下のルーナはきゃっきゃっ笑いながら作業をしており、アスラも興味はなさそうではあるが普通に接している。アスラはその取り付く島のないような冷淡な態度と圧倒的な美貌のせいで他の子供達からは遠巻きにされている。だがルーナは幼いせいか、アスラに物怖じしなかった。綺麗なものが単純に好きなのだろう。今も花輪を作っては、アスラに被せ「綺麗だねえ」と笑っている。
その夜は皆で、美味しいものをたくさん食べ、歌い、笑い幸せな一日だった。アスラも笑ってはいなかったがいつもより柔らかい表情をしていたようにも思う。過去の俺は、今の年の頃は孤児院には居らず、浮浪児として世知辛い世の中を生き抜いていたので、こんな思い出はなかった。収穫祭も楽に残飯を漁れる日でしかなかった。何だかこのまま家族みたいに皆で生きていけるんじゃないかと、アスラを見ながら思った。
だが、俺は忘れていた。幸せなときほどしっぺ返しのように酷い事が起こる。俺が生きてきたのは、そんな世界だった。そして、その夜、魔界の入り口が開いたのだった。
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