朝が来てもそばにいて〜聖夜の約束〜

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「え……。何? どうしたの?」

 クリスマスの翌日、サンタの国に戻った凛は、家の中の本棚から埃をかぶった本たちを端から引っ張り出していた。目的のものがなかなか見つからなくて、床には何本かの本の塔が立ってしまっている。
 そんな凛の家を訪ねてきた久遠が、めずらしく能動的な凛に驚いて目を丸くしていた。

「……探しもの」

 短く答えて、手元の本に視線を落とす。
 すると近寄ってきた久遠が、凛の持つ本を覗き込んで首を傾げた。

「マニュアル?」

 不思議そうに言って、長いまつ毛を瞬かせる。
 サンタには年に一冊、分厚い辞書みたいなマニュアルが配られる。サンタとしての心得とか困ったときの対処法とかが色々書いてあるのだけれど、凛はこれまで一度も開いたことがない。毎年、新しいマニュアルを受け取るたび無造作に本棚に突っ込んで、その存在さえ忘れていたのだけれど。

「いちばん新しいの、何処だったかな? って」
「……適当に突っ込みすぎなんだよ。で、最新のマニュアルなんか探してどうすんの?」
「ちょっと、確認したいことがあって」

 遠い遠い記憶だ。
 初めて久遠に会って、仕事の説明を受けたときの話。
 確か久遠は、『仕事をちゃんとして魂の修復がきちんと出来たら、次に生まれるときにちょっとしたお願いを聞いてもらえる』というようなことを言っていたと思う。そのときは何もかもがどうでも良かったし、もっと言えばつい最近まで興味もなかった。けど。

 あの話が本当なら、どの程度のお願いなら通るのか、が知りたかったのだ。

「正直、審査に出してみないとわかんない、よ」
「……そう」
「でも、あの、それってさ、サンタを続けるのは止めにしたってこと?」

 訊かれて、凛は静かに首を横に振った。

「やっぱり、サンタは続けようと思う」
「は?」
「でも、さ。僕は魂の修復が出来たって、昨日久遠言ってたよね。だから、なら、お願いできる権利、もうあるんじゃないかな? って。で、生まれ変わる前でも、お願い聞いてもらえないかな? って」
「……おまえ、また碌でもないこと考えてるんだろ?」
「どうかな?」

 言って、凛は薄く笑んだ。

「そんなマニュアルひっくり返さなくったって、俺に聞けば済む話だろ? そうしないってことは、俺が聞いたら文句言いそうな内容ってことじゃん」

 ブスッと拗ねたように言って、久遠がじっと凛を見つめる。
 確かに久遠は難色を示すかもしれない。この少し口の悪い友人は、実はとても優しくて心配性だ。自分は、彼に余計な心配をかけたくなかったんだな、と、凛は言われて初めて気がついた。

「何考えてるのか言ってみな。どうせ書類作るの俺だし、内緒にしてたって意味ねーよ」

 促されて、凛は視線を落とした。久遠の言う通り、彼の手を借りなければ物事は進まない。遅かれ早かれ、言わなくてはいけないのだ。

「僕は……もう少し、サンタを続けようと思う。ただ、その間に、あの子は……爽真は、僕が見えなくなると思う。だから、そうしたら、彼の、僕に関する記憶を消して欲しくて」
「───は……?」

 一瞬ポカンとした顔をして、それから久遠の眉間に皺が寄った。それから、バンっ と彼の横にあった本の塔のひとつを叩く。

「馬っ鹿じゃねーの! そんなの駄目に決まってる!! 申請して通る内容だとしても、絶対、俺は協力しない! 嫌だ!」
「久遠っ!!」

 だって、他にどうしたらいい?
 恐らく爽真は凛の姿が見えなくなっても、自分を待つ。あの窓辺に灯りをともして、開かない窓を眺めながら長い夜を明かすのだ。
 
 そんなことは、させられない。

「おまえなぁ、人間にとって記憶ってめちゃくちゃ大事なモンなんだよ! いい事も悪い事も、なくなっていい記憶なんてひとつもない!」
「けど……っ!」
「聞けっ! あの子供にとっておまえと過ごした記憶は、たぶん、すごく、大事なものなんだよ! それ、勝手に取り上げるって? そんな事したら、魂が欠けるかもしれない! おまえ、あの子を自分と同じにしたいの……?」

 言われて凛はぐっと唇を噛んだ。
 
 魂が欠けて無気力なまま、凛は約百年ここにいた。
 今思えば、自分の意思というものがひどく希薄で、人形みたいに暮らしていたと思う。 
 もちろん、爽真をそんな風にしたいわけじゃない。
 
 でも。
 
 じゃあ、他にどんな方法がある?
 ゆうべ、爽真の寝顔を見つめながら、ずっとずっと考えて出した結論だった。どうやったら、この先爽真が笑顔で暮らせるかをたくさん考えた。
 一介のサンタクロースでしかない凛が、爽真にしてあげられることなんて無いに等しい。
 凛は爽真にたくさんのものを貰った。全てが白くて、何の意味も持たなかった凛の世界に、色を付けてくれたのは爽真だ。出会ったばからりの頃の愛想の悪かった凛にもめげず、冷たい手を温めて、ひたすら寄り添ってくれた。
 年に一度しか会えない凛を喜ばせるためだけに、毎年、一生懸命プレゼントを選んで贈ってくれる。
 そんな爽真に、どうやって報いたらいい?

「それに、そんなことしたら、凛だって辛いじゃん。たぶん、俺が考えてるより、ずっとずっと辛い。嫌だよ。そんなの」

 久遠の声は、少し震えていた。
 そうっと顔を上げると、見られるのを厭うように、久遠が顔を背ける。
 思えば久遠だって、ずっと凛の心配をしてくれていた。他人と交わろうとしない凛を気にかけて家に来てくれるのは、この百年、久遠ひとりだった。
 気づいてはいたけれど、それに応えようという気持ちすら持てなくて、随分、彼のことも傷つけていたんだろうと、今になって思う。

「ごめん、なさい……」

 言葉が零れて、唇が震えた。

「いいよ。こうなったのは、本当は、俺のせいでもあるんだ」
「……え?」
「あの子のところに通うようになってから、おまえが、凛が、すごく楽しそうで、ちゃんと笑うようにもなって、だから……書類をこっそり、書きかえたんだ」
「書き、かえた……?」
「そう。サンタが通える期間を、勝手に延ばしたんだよ。来年まで、だ。それ以上は俺の力ではどうにもできない」
「久遠…」
「いい事、したつもりだった。だからこんなに凛が苦しむことになるなんて、思ってなくて……。余計なことして悪かった。本当に、ごめん」

 言われたことの意味を把握するのに少しかかって、それから凛は何度も瞬きをしながら久遠を見た。顔を伏せている彼の表情は見えない。

「それ、……久遠は、大丈夫なの?」
「まあ、たぶん。見つかったら、怒られるけど、平気」
「そう。良かった」

 少しだけ胸を撫で下ろして、凛は息をつく。
 どう声をかけたものかと迷いながら口を開いたところで、パッと久遠が顔を上げた。

「だから、さ。俺、全面的に協力するから、もっといい方法、考えよ? たぶん、どうやっても辛い思いするのは避けられないけど、どうやっても辛いなら、前向きな方法の方がいいと思わない?」

 言いながら、長いまつ毛がパチパチと瞬いて、いつもの人を食ったような表情が戻ってくる。

「何か、あるの……?」

 訊ねると、久遠の唇がニッと弓なりに孤を描いた。

「統括マネージャーってさ、トラブルがあったときに対処すんのがいちばん大事な仕事なの。だから、どうしたらいいか、俺も考えた。……たぶん、今考えつく中でいちばんいいプランだよ」
「……本当?」
「まあ、簡単ではないし時間もかかるけど……凛もあの子も笑って暮らせるようになるには、たぶん、これしかないと思う。――――大丈夫。なんとかなるよ」

 自分自身に言い聞かせるように言って、久遠がポンと凛の肩を叩く。その手のひらの重みを感じて、爽真以外の人も暖かいのだと、ずっと忘れていたことを思い出した。
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