異世界の剣聖女子

みくもっち

文字の大きさ
上 下
184 / 185
第2部 消えた志求磨

76 もうひとつの世界

しおりを挟む
 診療所の扉を開け、まず目にしたのは──。

 ミリアムとレオニード、クレイグの3人。まだベットの上に横たわっている。
 意識は戻ってないようだが……大丈夫なのか。治療はうまくいったのだろうか。

「その3人なら無事だよ。わたしの天才的な治療のおかげだね……まあ、それ以前にカーラが繰り返し治癒魔法をかけてなかったらどうにもならなかったけど」

 奥の部屋から出てきたのは《神医》日之影宵子だ。疲れた様子で椅子に座り、タバコをくわえる。

「そうか、良かった……あ、そのカーラさんは? 聞きたいことがあるんたけど」

「ん~、そのことならそっちの子に聞いたほうが早いね。わたし疲れたから奥で休んでくるわ」

 日之影宵子はそう言ってタバコに火もつけずに引っ込んでいった。
 どこか様子がおかしい……そういえば泣き腫らしたような目をしていた。
 
「おい、お前ら」

 入り口付近から女の子の声。
 振り返ると、椅子の上で足をプラプラさせている赤髪の少女。この子はまさか──。

「いい度胸だな。この《女神》シエラをガン無視して通り過ぎるなんて。本来ならションベンちびるほどの天罰を与えるところだが……まあ、今はカンベンしてやる。シエラの慈悲深さに感謝しろよ、ヒヨッコ願望者デザイアども」

 ピョンと椅子から降りてふんぞり返る。深淵で一度見たことがある……間違いなく、《女神》シエラ=イデアルだ。

「あ、あ~。なんかスンマセン。えっと、それでカーラさんは?」

 やはりアトールから見た光は《女神》の復活によるものだった。しかし、これどう接したらいいんだ。
《女神》っていうけど……深淵では中学生ぐらいに見えたが、近くで見るとずっと幼い印象だ。それにこの言葉遣い。想像してたのと全然ちがう……。

「カーラか……。話せば長くなるけどなあ。どうしよっかな~。どうしても知りたい? ん?」

 なんかもったいぶってる。ちょっとムカつくが、わたしは頷いた。

「仕方ないなー。どうしてもって言うんなら。それじゃあ、シエラが目覚めたところから……」

 シエラが身振り手振りで説明しはじめた。
 時折話が逸れたり、ヘンな歌やダンスをまじえながらだが……大まかなことはなんとか伝わった。

ヤンが死んだって……まさか、本当に……」

「あの猫耳の少年だろ。カーラは自分のせいだって言うし、さっきの女医は取り乱して大泣きするし。大変だったんだぞ」

「それでカーラさんは、楊を救う方法があるかもしれないって、もうひとつの世界? に行ったのか」

 いくら願望の叶う世界とはいえ、このシエラ=イデアルでは失われた命は戻らない。
 そのもうひとつの世界ではそれが可能なのか。
 ずっと以前の記憶を取り戻したカーラさんなら、その方法を知っているかもしれない。

「そうなんだよ。今ならまだ間に合うかもって。そのもうひとつの世界はシエラの中に封印されてんだけどね。伊能のアホが志求磨しぐまの剣で刺激したから、一時的に行き来できるようになったってわけ」

 シエラが手を斜め上にかざすと、ピンク色のドアがヴンッ、と現れた。
 どこからどう見てもどこ○もドアだが、今はそんなところでツッコんでる場合じゃない。

「シエラもずっと昔のこと思い出したよ。カーラと力を合わせて封印した世界……争いと憎しみ、混沌……アイツらとは話し合いでは解決しなかった。だからカーラはその大陸ごと分離させてシエラの中に封印したんだよ」

 カーラさんは楊を生き返らせるためにそのもうひとつの世界へ行ったのだという。
 そして繋がった世界を再び閉じるために。

「でも、どうして志求磨まで行っちゃったの? ここで待ってれば由佳に会えたのに」

 アルマが質問。それが一番の疑問だ。
 華叉丸かしゃまるが倒れ、志求磨は剣から人に戻れた。あとはわたしと共に元の世界へ帰るだけだ。それなのに──またアイツは行ってしまった。どうして。

「わっかんないなー。カーラがこのドアに飛び込んだと同時に突っ込んでったから。本来、シエラが許可したヤツじゃないと通れないはずなんだけど……ワケわかんない」

「ともかく……連れ戻さないといけない。カーラさんが一緒ならきっと無事だと思うし。わたしは行くぞ、そのもうひとつの世界に」

「……あたしも由佳について行く」

 アルマが申し出るが、わたしは首を横に振った。

「いや……アルマはここに残ってて。そのもうひとつの世界ってのはここよりも危険な場所らしい。アルマは……アルマは無事でいて欲しいから。わたしの帰る場所を……待っている人を残しておきたいから」

「なんで……そんな事言うの? まるでもう戻ってこれないみたいなこと……」
 
 アルマが涙ぐむ。でも本当にそう思ってるから。アルマはリアルではまだまだ小さな子供だ。わたしや志求磨の勝手でこれ以上、危険な目に遭わせたくない。

 シエラが偉そうに頷きながら解説。

「ふむ、たしかに危険な場所だね。欲望と力に支配された世界。血で血を洗うような闘争が繰り広げられているまさに修羅の……いや、正式な名称は誅邏ちゅらの国という」

 なにィ、ちゅらの国だと……?
 わたしの頭の中ではハーイーヤ、イーヤサーサというかけ声と三線さんしんの音色、ハイビスカスとシーサーの映像が出てきたが……。

「その世界の名前はとりあえず置いといて……おい、アンタも来るんだよ」

 わたしは余裕こいてる《女神》シエラ=イデアルを指さす。

「はぁ? なんでシエラが? シエラはね、せっかく完全復活したんだから比較的安全なこっちの世界でのんびりしたいの。そんなスラム街の犯罪組織に乗り込むマッチョなヒーローみたいな真似したくない」

「少しはその【誅邏の国】に詳しいんだろ。案内してもらったほうが早く済むだろうから」

 わたしは嫌がるシエラの手を取り、ドアを開けて飛び込む。ギャアアと叫ぶシエラ。
 ドアはすぐに閉じ、ドンッ、とぶつかる音。アルマだろう。ゴメン……すぐに戻るから。今度こそ志求磨を連れ戻して。

 わたしとシエラは真っ暗な空間を落ちていった。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

異世界の餓狼系男子

みくもっち
ファンタジー
【小説家は餓狼】に出てくるようなテンプレチート主人公に憧れる高校生、葉桜溢忌。 とあるきっかけで願望が実現する異世界に転生し、女神に祝福された溢忌はけた外れの強さを手に入れる。 だが、女神の手違いにより肝心の強力な108のチートスキルは別の転移者たちに行き渡ってしまった。 転移者(願望者)たちを倒し、自分が得るはずだったチートスキルを取り戻す旅へ。 ポンコツな女神とともに無事チートスキルを取り戻し、最終目的である魔王を倒せるのか? 「異世界の剣聖女子」より約20年前の物語。 バトル多めのギャグあり、シリアスあり、テンポ早めの異世界ストーリーです。 *素敵な表紙イラストは前回と同じく朱シオさんです。 @akasiosio ちなみに、この女の子は主人公ではなく、準主役のキャラクターです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...