異世界の剣聖女子

みくもっち

文字の大きさ
上 下
169 / 185
第2部 消えた志求磨

61 伝説のロックバンド、ドゥイーン

しおりを挟む
 バチバチと燃え、崩れるワルキリギリスを見て上見あげみこむらは気が抜けたようにその場に座りこんだ。

 アルマとナギサがすぐに駆け寄ってくる。
 
「由佳、良かった……間にあった。由佳に危険が迫ってるって、カーラが早めに起こしてくれたの」

 アルマがわたしの手を握りながら涙ぐんでいる。大げさだ。たしかにピンチだったけど、上見こむらが協力してくれたし……。

 おや、その上見こむらの姿が見えない。いつの間にか姿を消している……。まだいろいろと聞きたいことがあったのに。
 あの憎たらしいミュウべいもいなくなってるな。今度会ったら覚えとけよ。わたしはこう見えて根に持つタイプなのだ。

「早めに動けるようになったのはいいけど、その分あちこち痛むな。それにしても由佳、お前なんて格好してるんだ」

 ナギサの指摘にハッとする。
 しまった……見られてしまった。あのミュウべいの奸計にはめられたこの魔法少女もどきの姿を。

「いや、これにはわけがあって……。しばらく時間が経てば元に戻るらしいんだけど。あ、この姿のことは忘れて。見なかったことにして」

「ううん……あたしは好き。由佳、かわいい」

 アルマはそう言ってくれるが……どう見てもこれはわたしの黒歴史がまた1ページだろ。

 おーい、と複数の人間が呼びかける声。
 見ると、丘の上から遊牧民の衣装を着た男たちが駆け寄ってきた。

 羊を探しに行って行方知れずになっていた男たちのようだ。
 羊たちは大半がワルキリギリスにやられてしまっていたが、男たちは洞窟に逃げ隠れて無事だったらしい。
 あの小さな女の子の父親もいる。ひとまずはほっとした。

 遊牧民たちはまだ休んでいけとすすめてくれたが、わたし達は先を急ぐことにした。
 思わぬところで時間をくってしまった。華叉丸かしゃまるはまだアトールにいるだろうか。

 距離自体はそう遠くない。半日も歩けばアトールの領都に着くようだ。

 遊牧民たちと別れ、さらに東へ。
 道中、何度か魔物の襲撃に遭遇。その頃にはわたしも《剣聖》の姿に戻っていたので問題なく撃退。だがナギサは首を傾げている。

「おかしい……この辺りは前に視察で来たことあるけど、こんなに魔物が出る場所じゃなかった。しかもコイツは上級魔物だ。さっきのキリギリスの化物といい、何かヘンだ」

 自ら倒したデカイ牛の魔物を見下ろしながら考え込んでいる。いや、気のせいだろう。願望者デザイア3人かたまっているわけだし。
 たしかに超級魔物が出現するのもめずらしいことだが……多分、《覇王》が過去に討ちもらしたヤツなんだろう。

 気にしない、気にしない、とナギサに言い、わたし達はさらに歩く。
 なんとか日暮れ前にはアトールに到着。意外にもすんなりと領地内に入ることができた。

「アトールはもともと争いとは無縁の芸術や学問を尊ぶ領地。人の出入りには厳しくない」

 なるほど……たしかに領都に向かう人々も楽器やら画材、書物を持ってる者が多い。
 配備されている兵士もほんとに最低限。華叉丸のノレスト領と仲良しならわたし達の妨害をしてもおかしくないのに。

「夜になるけど構わない。このまま領都、そして城に突入するぞ」

 息巻くナギサは先頭に立ち、ズンズンあるいていく。
 アトールの領都。暗くなったが人々の往来は多い。なんだろう、この賑わい……。
 あちこちに出店が出てるし、見上げればヒモに吊るされた色とりどりのランタンが飾られている。

「おい、なんの騒ぎだ、これは」

 ナギサが通行人のひとりをつかまえて聞いてみる。その通行人もパレードに出るような派手な衣装を着ている。

「知らないのか? 領主のアンディ・マーガリー様が華叉丸様を招いてコンサートを開くんだよ。アンディ様の歌を聞きにあちこちから人が集まってこの騒ぎさ」

 コンサートだと……。いや、華叉丸はまだこのアトールにいるのか。
 何を考えている……。

「好都合だ。アトールの城でヤツを追い詰める。由佳、アルマ、油断するなよ」

 おいおい、何も考えなしに突っ込んでいくつもりか。
 追い詰めるのはいいが、ヤツには強力な願望者デザイアの剣たちがいるし、志求磨しぐまも捕まったまま。完全でないとはいえ、魔王の力さえ持っている。

 すぐには動かないとわかっているなら、ここはカーラさんを待ったほうがいい……と、ダメだ。血走った目のナギサは早足で人混みの中を進んでいく。

「いた! あの野郎、堂々とあんな所に……ナメやがって」

 アトールの城。たくさんの篝火に囲まれた城門の前におおがかりなライブのステージ会場が造られている。
 ステージ上にはドラムセットやらピアノ、どでかいスピーカー。多分願望者デザイアが出したものだろう。

だがナギサの目にそれは映っていない。城壁の上、テラス部分で優雅に見下ろしている男を睨みつけている。

 華叉丸だ。その姿を見るとナギサじゃなくてもカッとなる。
 わたしの歩く速度も速くなる。観客を押し退けながら前へ前へ。

 ワアアア、と急に歓声があがった。周りの観客が跳びはね、その動きにもみくちゃにされる。
 なんだ、何をそんなに興奮している──。
 ステージの上を見てみる。スポットライトに照らされた4人の男たち。何かのバンドのメンバーらしいが……。

 その中央にいる男──短髪に口ヒゲ。白いタンクトップで豪快に胸毛が飛び出している。
 わたしの頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。

《伝説のロックバンド、ドゥイーンのボーカル》アンディ・マーガリー。

 


しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

異世界の餓狼系男子

みくもっち
ファンタジー
【小説家は餓狼】に出てくるようなテンプレチート主人公に憧れる高校生、葉桜溢忌。 とあるきっかけで願望が実現する異世界に転生し、女神に祝福された溢忌はけた外れの強さを手に入れる。 だが、女神の手違いにより肝心の強力な108のチートスキルは別の転移者たちに行き渡ってしまった。 転移者(願望者)たちを倒し、自分が得るはずだったチートスキルを取り戻す旅へ。 ポンコツな女神とともに無事チートスキルを取り戻し、最終目的である魔王を倒せるのか? 「異世界の剣聖女子」より約20年前の物語。 バトル多めのギャグあり、シリアスあり、テンポ早めの異世界ストーリーです。 *素敵な表紙イラストは前回と同じく朱シオさんです。 @akasiosio ちなみに、この女の子は主人公ではなく、準主役のキャラクターです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...