異世界の剣聖女子

みくもっち

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第2部 消えた志求磨

38 逆転の願望

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 どうにも違和感がある……。
 が、気のせいだろう。そうだ、気晴らしに城下へ下りてみよう。

「じいや、供をせい。民の暮らしぶりを直に見てみる」

「はっ、すぐに準備致します」

 大勢の供をひきつれ、城下町を見て回る。わたしは家来の引く馬に横向きで乗っていた。お姫様乗りというやつだ。 
 城下の民衆たちはわたしを見て口々に褒め称える。

「見て、由佳ゆか姫様よ。今日もとてもお綺麗……」

「ああ、本当に……まるで天女のようだ。この世の者とは思えぬ」

「わしゃあ、こんな近くで姫様を見られてもう思い残すことはねぇ。ほんにいい冥土の土産になったわ」

 ああ……気持ちええ。もっと褒めよ。あがめよ。
 わたしはにやけそうになるのをこらえながら、皇族のように微笑み、手を振る。

 この国の民は皆幸せそうだ。まあそうだろう。こんな女神のような美少女が統治する国なのだから。

 しかし、ここでまた違和感。
 頭の隅で何かが聞こえてくる。なんだ、幻聴か……?
  
『おいっ、聞こえるかっ!? わたしだっ! 《アライグマッスル》御手洗剛志みたらいつよしだ! わたしはいまだ敵と交戦中だが、キミの危機をテレパシーによって感知したのだっ!』

 いかん……へんなおっさんの声が聞こえてくる。
 わたしはじいやを呼び、城に戻ると告げた。

 着物の裾を引きずりながらわたしは城の廊下を移動。その間も頭の隅でおっさんが話しかけてくる。

「姫様っ、どうされました? ご気分が優れないのでは?」

 じいやが心配してついてくるが、わたしは首を横に振る。

「わらわはちょっと奥の間で休む。こちらから呼ぶまで誰も近付けてはならぬ」

 じいやは、はは~っ、と深く頭を下げた。

 座敷の奥へ奥へ──ふすまをスパン、スパンと次々に開けていく。

『おいっ! 無視をするなっ! いいか、よく聞け。キミがいるその世界は、キミ自身の心が作り出した幻想の世界だ。長くいるほど元に戻れなくなるぞ!』

 重症だ。もう声だけじゃなく、昭和感満載の雰囲気を持つ中年男がぼやんとした輪郭で目の前にいる。
 曲者くせものだ。わたしはであえであえ~と叫ぼうとして、はっと気付いた。

 わたしはこの男を知っている。この見ただけでなんかムカつく暑苦しい顔……そうだ。アライグマのヒーローに変身するヘンテコなおっさんだ。

『この姿はわたしの正義の心と悪を倒さんとする気概が実体化したものだ。キミはこんなところにいるべきではない。仲間たちの危機を救えるのはキミしかいないんだぞ!』

 仲間……そうだ。アルマ達を助けないと。ここはわたしの居場所じゃない。すごく居心地はいいのだけれども。

「どうすればここから脱出できる?」

『ここはキミの幻想世界。そして敵の能力はその幻想を叶えようとする力だ。だからキミの願望とは逆のことを強く念じてみるんだ。わたしも協力しよう』

 願望とは逆……つまりイヤなことか。こんな目にはあいたくない、みたいな。

「よし……やってみる。わたしがこういうのはイヤだっていう逆の願望……」

 わたしは目を閉じて集中──しばらくして目を開けるとそこは薄暗い外の景色。もうじき日が暮れようとしている。
 目の前にはトウモロコシ畑が広がっている。

 わたしの身長はずいぶんと縮んでいる。4、5歳くらいの女の子になっていた。髪型はおかっぱで服は粗末なモンペ姿。

 近くにはあの御手洗剛志みたらいつよしがいた。こちらは中学生ぐらいの年齢で坊主頭。汚い肌着を着ている。顔は暑苦しいままなのでイラっとくるが。

 ひどく空腹だ。わたしは御手洗剛志に話しかける。

「兄ちゃん。ウチ、お腹空いた」

 この世界では兄弟という設定。こんなアニキは死んでもいらないのだが。

 御手洗剛志はしゃがみ、わたしの頭を撫でながら言った。

「せつ……由佳、もうちょっと辛抱な。今から兄ちゃんが食べ物持ってくるからな。ここで待っとき」
 
 御手洗剛志はその低い姿勢のまま畑の中へ。おお、畑のトウモロコシを次々ともぎ取り、脇に抱えてこちらに戻ってくる。
 しかし、途中ですっ転んだ。投げ出されるトウモロコシ。
 慌てて拾い集める御手洗剛志だが──。

「あっ──」

 目の前に怒りの形相をした農家のおじさん。御手洗剛志の胸ぐらをつかみ、怒鳴る。

「このガキッ! 最近ここらの畑を荒らしとったんは、お前かっ!」

「か、堪忍して下さいっ! せつ……由佳が、妹が病気なんですっ!」

「知るかいっ! 戦時下の野菜泥棒は重罪やぞっ!」

 うわ、御手洗剛志は馬乗りになったおじさんにボコボコに殴られている。
 面白いけど笑ってはいけない。これは悲劇……わたしの願望の逆じゃないといけないのだ。

「に、兄ちゃ~ん、兄ちゃん~っ」

 わたしはわんわんと泣く(フリ)をする。
 御手洗剛志は顔を腫らし、そのまま駐在所へと連れていかれた。

 ピシッ、ピシピシッ、と背景に亀裂が入った。これは──。
 ステンドグラスが割れるようにバラバラと世界が崩壊していく。

 わたしの意識は遠のき、視界が闇に閉ざされる。
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