異世界の剣聖女子

みくもっち

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第2部 消えた志求磨

37 死神に魅いられた男

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 6階──やはり囚人が捕らえられている部屋がたくさんあるフロアだ。
 そして待ち受けるのは大学生ぐらいのイケメン青年。手には一冊のノート。わたしの頭の中にダダダダがくる。

《死神のノートを持つ男》南神夜なかみないと

「きたな、犯罪者ども……僕は選ばれし存在だ。すべての犯罪者を裁き理想郷をつくる。ジャマをするヤツらには消えてもらう」

 南神夜なかみないとはノートを開き、何やら書き出した。

「フハハハハッ! 願望者デザイアだから刻印でお前らの名は丸わかりだっ! もう終わりだ、お前らはっ!」

 ま、まさかあのノートは……名前を書かれると死んでしまうという有名なノートでは。
 アルマとビノッコが苦しみだす。しまった、油断していた──。

 あれ……でも死にはしない。ふたりともうずくまったまま、何かブツブツ言っている。

「お……母……さん」

「成る程、大擂台賽だいらいたいさいに参加しろと……それがしは一向にかまわんッッ!」

 なんか寝言いってるみたいだ……見た目にダメージはないようだが。
 ビノッコはともかく、アルマは泣いていて可哀想だ。

「おい、ふたりに何をした!」

「フフフ、この【もしも願望ノート】に名を書かれた者は無意識にもうひとつの願望を頭の中で叶えてしまうのだ! 己の幻想にひたり、もはやまともに立つことすらできない」

 なんだ、そのドラ○もんの道具が混ざったような名前のノートは……。しかし、もうひとつの願望だと。どういうことだ?

「実際に体感してみろ。お前の名は【はなりゆか】だったな。え~と、はの漢字はなんだったか。口の歯か、葉っぱの葉か……」

 なるほど……コイツはアホのようだ。今のうちに攻撃していいかな。

「くっそう、おいっ、ジュークッ! ジューク、出てこい!」

 南神夜が叫ぶとその背後にボワン、と黒い翼を広げた死神が現れた。おっかない顔をしているが……アレ、わたしにも見えていいんだっけ?

「おい、はなりゆかの漢字を教えろ! 急げ!」

 南神夜が急かすと、ジュークと呼ばれた死神は頭をボリボリかきながら宙に文字を書きだす。

「またかよないと。ほら、こうだよ。羽って字と鳴って字。ちがうちがう、口へんに鳥だよ。オメー、ホント漢字苦手だな」

「黙れっ、僕は新世界の神になる男だぞ……よし、こうだな。フフフ、ハハハハ! ジューク、よくやった。あとで新鮮なオレンジをくれてやる。これで僕の勝ちだ!」

 いかん、あのふたりのやり取りに気を取られて結局名前を書かせてしまった。
 わたしは目の前が暗くなり、ヒザをつく。
 くそ、力が入らない。

「お前の今の姿は本当に望んだ姿か? それが本当の願望か? よく考えてみろ。実はもっと叶えたい願望があるんじゃないのか……?」

 遠のく意識の中で南神夜の声だけが聞こえてくる。
 目が……開けられない。
 わたしは眠るようにその場に倒れた──。



 わたしの目の前には大勢のちょんまげ姿の家来が平伏していた。
 わたしは綺麗な着物姿で頭にもいくつもかんざしを挿している。そう、時代劇に出てくるお姫様なのだ。
 上座でひじ掛けにもたれながら優雅に扇子をあおぐ。

「さて、じい。今日もわらわに求婚したいという者どもが来ておるらしいが?」

 じいと呼ばれた年配の家来が、はっ、と答えた。

「いずれも名家の御子息。姫様の美しさの噂を聞き、遠方より長旅をしてここまで来られたようです」

 わたしは扇子で口元を隠しながらオホホホ、と笑う。

「さて、わらわの美貌に腰を抜かさなければ良いがのう。よし、ここまで通せ」

 家来たちが左右にバーッと別れる。
 中央から凛々しい武家の青年たちが現れ、わたしに向かって平伏した。

 その数5人。やはり名家とあって身なりや所作が美しい。

「くるしゅうない。おもてをあげよ」

 わたしが言うと、5人の青年たちは顔をあげた。
 近くで見るとうむ、なかなかのイケメンども。悪くない。

 それぞれが自己紹介し、わたしへどれだけの決意をもってここに来たかを雄弁に語る。何がなんでもわたしと婚姻を結びたいらしい。
 青年たちの背後には自国から持ってきた貢ぎ物が山のように積まれていた。

 だが、わたしはそんなものに興味はない。
 わたしは5人に向かって求婚の条件をそれぞれに出した。

 時代劇俳優、花岡堅はなおかけんの【かぶれん坊将軍】プレミア初回版DVDBOX。

 同じく花岡堅の直筆サイン色紙。

 そして同じく花岡堅が映画【戦場の鬼神】で使用した陣羽織。

 次も同じく花岡堅が舞台版【風の浪人悪を斬る!】で使用した模造刀。

 最後ももちろん花岡堅のもの。花岡堅が歌って踊る【ハナケンマンボ】のときに使った派手なヅラ。

 この条件を提示し、名家の青年たちには帰ってもらった。

 天守閣から城下を見下ろしながら青年たちの困惑した表情を思い出す。
 わたしはホホホホと笑う。

「姫様も人が悪い。いずれも手に入らないものばかりではありませんか」

 じいが呆れたように言ってくる。
 当然だ。DVDBOXはすでに廃盤。わたしがネットで血眼ちまなこになって探しても通常版すら見つからないし、サインは花岡堅はめったにしないことで有名だ。
 陣羽織や模造刀はファンにとっては伝説級のグッズでそう簡単に見つかるわけないし、ヅラにいたっては現存するかも不明なモノだ。

「そう簡単にわらわを妻にできるわけがなかろう。まったくこの国宝級の美少女を」

 ここであれ、とわたしは首を傾げる。
 なんか大事なことを忘れている気がする。こんなところでこんな事しててよかったっけ……?
 
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