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第1部 剣聖 羽鳴由佳
76 神医はアレであった
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手術衣に着替えた日之影宵子とビノッコ。
ビノッコは大きなトランクを開け、様々な形状の刃物や、見たことのない器具を取り出す。
「ふぅん、たしかにこれはヒドイな。この医療の発達していない世界では手の打ちようがない……が、《神医》のわたしにかかれば問題はない」
宵子は両手に刃物を持つと、いきなりビビビビッ、と御手洗剛志の胸やら腹を切開しだした。
「え、いきなり? 麻酔は?」
「わたしの願望の力ですでに処置済み。ほら、集中できないから他の部屋で待ってなよ」
なんか心配だ……腕は問題なさそうだが、人間的に。
志求磨は見張り小屋に上がっていった。手術中に近づく敵や魔物がいないか見張ってくれるようだ。
アルマは慣れない治癒の願望を使っていたので、疲れて別室で休んでいるようだ。
わたしは船が停泊していた、あのひらけた場所で待つことにした。
そこにはナギサがいた。両膝を抱えて座り、かつて船があった場所をぼうっと見ている。
わたしは無言で隣に座った。
聞こえてくるのは波の音だけ。
しばらく無言の状態が続いたが、ナギサがこちらを見ないまま呟くように話しかけてきた。
「……あのおっさん、助かるといいな」
「ん、そうだな。大丈夫だろう。あの医者、性格には問題ありそうだけど腕はたしかそうだし」
「……あのおっさん見てたら、なんか以前オヤジに言われたこと思い出したよ。願望者ってのは自らの力に溺れたらダメだって。他人のためにその力を使えるヤツが本当にスゴいんだって」
たしかに願望者はクレイグやセプティミアのように好き勝手暴れるヤツらの方が圧倒的に多い。
元の世界で抑圧されていた不満や欲望。願望が思い通りとなるこの世界で、それが暴走してしまうのだろう。
「ああ、あのおっさんは大したモンだよ。あんなボロボロになりながら、わたし達を守ろうとした。弱いクセに」
「オヤジ……この世界を守るって。願望者が平穏に暮らせる世界にするって。それを僕に託すって……そんな事、僕なんかに出来るはずないのに……大事な仲間たちも守れなかった僕なんかに……」
《覇王》黄武迅から任されていた私掠船団。その仲間たちも、船も失った。
周りからの重圧、期待、責任。そんなものを背負っていた中、突然の悲しみ、怒り、無力感……。
わたしには想像も出来ないつらさだろう。
「由佳……これから僕はどうしたらいい? 僕はオヤジみたいになんかなれない。オヤジみたいに強くなんかないんだ」
ナギサは泣いていた。
今まで生意気で強がった態度しか見せていなかったのに。
いや、無理にでもそう見せかけていたのか。
ナギサが泣きながら抱きついてきた。
わたしはどうしていいか分からず、とりあえずぎゅっ、と抱きしめてあげた。
こんな小さな身体に……いろんなものを背負ってきたんだな。
しばらくそうしていたら、すうすうと寝息の音。いつの間にか抱きついたまま、ナギサは寝ていた。
ああ、ずっと気を張ってて疲れていたんだな。今は──ゆっくり休んでおくんだ。
起こさないように、頭を膝の上に乗せて撫でてあげた。
「由佳殿、起きてくだされ。手術が終わりましたぞ」
肩を揺さぶられて、はっ、と目を覚ます。
わたしまで眠っていたようだが……ナギサの姿は見当たらない。
声をかけたのはビノッコだ。すでに手術衣から普段の格好に戻っている。
「無事に手術は成功しましたぞ。これで一安心ですな」
御手洗剛志の様子を見に行く。
全身、包帯でぐるぐる巻きだったが、顔の血色もいい。今はのんきに眠っているようだった。とにかく良かった。
志求磨とアルマも喜んでいる。ナギサの姿もそこにはあった。少し照れたようにうつむき、鼻をポリポリとかいている。だいぶ落ち着いたようだな。
「あ~、疲れた。久々の大手術だったわ。天才のわたしでなきゃ、どうしようもなかったわね。感謝してよアンタたち」
タバコの煙をフゥーッ、と吹き出しながら日之影宵子が窓にもたれかかっている。
わたしは感謝の意を伝える。しかし宵子はそれには答えず、ずい、と手を出してきた。ああ、握手かと手を握ろうとしたら、払いのけられた。
「そうじゃないだろ。報酬だよ、報酬。言っとくけど高くつくよ、今回のは」
「ほうしゅう……」
一瞬、なんの事か分からなかったが……ああ、手術代の事か。
やべ。全然考えてなかった。こんなときにあの賞金があれば、と悔やまれるが、無いものは仕方がない。
ここはナギサにでも借りておくしかないか。
「あ、ゴメン。この前、新しい船買ったばかりでほとんど残ってないんだ。その船も沈められちゃったけど」
察したナギサが済まなさそうに手を合わせる。
志求磨、アルマを見たが二人とも首を横に振る。
「おい、信じらんないな。金もないのにこんなこと頼んだのか? これはどうしたものかな……別の形で責任は取ってもらうが」
日之影宵子はそこまで怒ったふうではない。
ただ、志求磨とナギサを舐めるような視線で見ながら、鼻の穴がぷくっと開いた。なんかよからぬ事を考えているに違いない。
ビノッコは大きなトランクを開け、様々な形状の刃物や、見たことのない器具を取り出す。
「ふぅん、たしかにこれはヒドイな。この医療の発達していない世界では手の打ちようがない……が、《神医》のわたしにかかれば問題はない」
宵子は両手に刃物を持つと、いきなりビビビビッ、と御手洗剛志の胸やら腹を切開しだした。
「え、いきなり? 麻酔は?」
「わたしの願望の力ですでに処置済み。ほら、集中できないから他の部屋で待ってなよ」
なんか心配だ……腕は問題なさそうだが、人間的に。
志求磨は見張り小屋に上がっていった。手術中に近づく敵や魔物がいないか見張ってくれるようだ。
アルマは慣れない治癒の願望を使っていたので、疲れて別室で休んでいるようだ。
わたしは船が停泊していた、あのひらけた場所で待つことにした。
そこにはナギサがいた。両膝を抱えて座り、かつて船があった場所をぼうっと見ている。
わたしは無言で隣に座った。
聞こえてくるのは波の音だけ。
しばらく無言の状態が続いたが、ナギサがこちらを見ないまま呟くように話しかけてきた。
「……あのおっさん、助かるといいな」
「ん、そうだな。大丈夫だろう。あの医者、性格には問題ありそうだけど腕はたしかそうだし」
「……あのおっさん見てたら、なんか以前オヤジに言われたこと思い出したよ。願望者ってのは自らの力に溺れたらダメだって。他人のためにその力を使えるヤツが本当にスゴいんだって」
たしかに願望者はクレイグやセプティミアのように好き勝手暴れるヤツらの方が圧倒的に多い。
元の世界で抑圧されていた不満や欲望。願望が思い通りとなるこの世界で、それが暴走してしまうのだろう。
「ああ、あのおっさんは大したモンだよ。あんなボロボロになりながら、わたし達を守ろうとした。弱いクセに」
「オヤジ……この世界を守るって。願望者が平穏に暮らせる世界にするって。それを僕に託すって……そんな事、僕なんかに出来るはずないのに……大事な仲間たちも守れなかった僕なんかに……」
《覇王》黄武迅から任されていた私掠船団。その仲間たちも、船も失った。
周りからの重圧、期待、責任。そんなものを背負っていた中、突然の悲しみ、怒り、無力感……。
わたしには想像も出来ないつらさだろう。
「由佳……これから僕はどうしたらいい? 僕はオヤジみたいになんかなれない。オヤジみたいに強くなんかないんだ」
ナギサは泣いていた。
今まで生意気で強がった態度しか見せていなかったのに。
いや、無理にでもそう見せかけていたのか。
ナギサが泣きながら抱きついてきた。
わたしはどうしていいか分からず、とりあえずぎゅっ、と抱きしめてあげた。
こんな小さな身体に……いろんなものを背負ってきたんだな。
しばらくそうしていたら、すうすうと寝息の音。いつの間にか抱きついたまま、ナギサは寝ていた。
ああ、ずっと気を張ってて疲れていたんだな。今は──ゆっくり休んでおくんだ。
起こさないように、頭を膝の上に乗せて撫でてあげた。
「由佳殿、起きてくだされ。手術が終わりましたぞ」
肩を揺さぶられて、はっ、と目を覚ます。
わたしまで眠っていたようだが……ナギサの姿は見当たらない。
声をかけたのはビノッコだ。すでに手術衣から普段の格好に戻っている。
「無事に手術は成功しましたぞ。これで一安心ですな」
御手洗剛志の様子を見に行く。
全身、包帯でぐるぐる巻きだったが、顔の血色もいい。今はのんきに眠っているようだった。とにかく良かった。
志求磨とアルマも喜んでいる。ナギサの姿もそこにはあった。少し照れたようにうつむき、鼻をポリポリとかいている。だいぶ落ち着いたようだな。
「あ~、疲れた。久々の大手術だったわ。天才のわたしでなきゃ、どうしようもなかったわね。感謝してよアンタたち」
タバコの煙をフゥーッ、と吹き出しながら日之影宵子が窓にもたれかかっている。
わたしは感謝の意を伝える。しかし宵子はそれには答えず、ずい、と手を出してきた。ああ、握手かと手を握ろうとしたら、払いのけられた。
「そうじゃないだろ。報酬だよ、報酬。言っとくけど高くつくよ、今回のは」
「ほうしゅう……」
一瞬、なんの事か分からなかったが……ああ、手術代の事か。
やべ。全然考えてなかった。こんなときにあの賞金があれば、と悔やまれるが、無いものは仕方がない。
ここはナギサにでも借りておくしかないか。
「あ、ゴメン。この前、新しい船買ったばかりでほとんど残ってないんだ。その船も沈められちゃったけど」
察したナギサが済まなさそうに手を合わせる。
志求磨、アルマを見たが二人とも首を横に振る。
「おい、信じらんないな。金もないのにこんなこと頼んだのか? これはどうしたものかな……別の形で責任は取ってもらうが」
日之影宵子はそこまで怒ったふうではない。
ただ、志求磨とナギサを舐めるような視線で見ながら、鼻の穴がぷくっと開いた。なんかよからぬ事を考えているに違いない。
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