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第1部 剣聖 羽鳴由佳
75 神医
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ビノッコが攻撃をしかけようとしたときだった。
パンパンと手を鳴らす音。
診療所のテラスからだ。手すりにだらしなくもたれながらタバコをふかしている白衣姿の女性。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《神医》日之影宵子。
シンプルで実に分かりやすい二つ名だ。
立ち上がった日之影宵子はこちらにスタスタと近づいてくる。
見た目は二十代半ばほどか? 細身のスラッとしたスタイルで、まさにカーラさんやミリアムみたいな大人の女性といった感じだが……どうも退廃的な雰囲気をかもし出している。
目はどんよりとしてクマがあるし、灰色の長髪のてっぺんは寝グセでビコーンとはねている。
わたしはてっきり、白黒まだらの髪につぎはぎの顔、黒いマントの無免許医師が出てくると思っていたのだが……。
「あ~、あんま家の前で暴れないでよ。前も願望者にブッ壊されたんだからさ」
吸い殻を捨て、足でげしげし消しながらイヤそうな顔をしている。
「助けてほしいヤツがいるんだ。アンタの力を貸してほしい」
単刀直入にお願してみる。
宵子は、はあ~? と呆れた顔をした。
「わたしが願望者の治療はしないって知ってるんだよね」
「知ってる」
「じゃ、なんで来んの」
「仲間が死にそうなんだ」
「……知ったこっちゃないわ。ほらほら、助手のビノッコにやられる前にさっさと帰んなよ」
助手……この変態さんはこの医者の助手だったのか。どちらかといえば患者のほうだと思っていた。
「どうして、願望者の治療を断るんだ」
「……はあ、いちいち説明するのメンドくさ。あのね、大体の願望者ッてクソみたいなヤツらなの。治療代は踏み倒す、忠告してもまたケガする、治療中に敵が襲ってくる。助けたってまたどこかで戦って死ぬんだからさ、ムダじゃね?」
正論だ。願望者同士で戦い合い、魔物には狙われ、また仕事のためにも戦う。
戦って戦って、傷ついて、傷つかせて……ホントにキリがない。
「でも、わたしが助けたいヤツはそんなヤツじゃないんだ! アホみたいなヤツだけど、相手を傷つけないように戦うバカみたいなヤツなんだ!」
うまく説明できない……。宵子はキョトンとしていたが、はは~ん、と納得したような顔になった。
「へえ、アンタにそこまで必死に言わせるなんて。よっぽどイイ男なんだろうね。ちょっと興味が出てきたな、わたし」
なんか勘違いしてるようだけど、言ってみるものだ。わたしはさらに頭を下げてお願いする。
「ふぅん、その患者って美形なわけ?」
どうだろうか。見ようによっては、ダンディーに見えるかもしれない。わたしは頷いた。
「年は? もしかしたら少年とか?」
おっさんだが、少年のような心を持っている。わたしはまた頷いた。
宵子の顔が紅潮している。鼻息がフンガー、とマンガのように荒くなる。
「……ビノッコ。用意をして。美少年の危機にはわたしが駆けつけないといけない」
「先生、よろしいのですか? 以前もそうやって騙された事がありますが」
「……お黙り。わたしはね、もうアンタみたいな筋肉ダルマばかり見ているのは飽き飽きなの。細い美少年を愛でたいの、わたしは。もうガマンできない、早く案内して」
おお、なんだかよく分からないが説得には成功したようだ。これで、御手洗剛志を救うことができる。
私掠船団のアジトへ向かう途中で、ビノッコが謝ってきた。
「先ほどは失礼した。先生に危害を加えんとするモノからお守りするのが、それがしの役目ゆえ」
「いや、それは構わないんだけど……」
「どうなされた。それがしの顔になにか?」
いや、別に何もないのだが……やはりその顔にその格好……一体なんの願望でそうなったのか気になる。
「ビノッコはねえ、これでも昔は可愛らしい女の子だったんだよ」
日之影宵子はこの謎の助手《護法鬼神》ビノッコとの出会いについて語りだした。
「とある願望者同士の戦いに巻き込まれて死にかけてたのを、わたしが助けたんだ。どうせなら美少年にしようと思って性転換手術もしたんだけどさあ、結果は見ての通り。性格も口調も変わって、なんか知らないけどカンフーの達人にもなっちゃって」
なっちゃって、じゃない。
命を助けるまではいいが、なんで性転換する必要があるんだ。この人、ちょっとおかしいんじゃないだろうか。
「それがしは先生に感謝しております。命を助けて頂いたうえ、このような強き身体まで……」
涙ぐむビノッコ。いや、そこ感動するところじゃないから。怒っていいとこだから。
以来、ビノッコは日之影宵子の助手兼ボディーガードとして仕えているらしい。
ツッコミどころが満載だが……もういい。
私掠船団のアジトに着き、さっそく御手洗剛志の様子を診てもらう。
御手洗剛志の顔を見た日之影宵子は騙された、と憤ってゴネだした。
しかし、志求磨を見てすぐに機嫌を直した。
獲物を狙うような目でじ~、と見つめるので志求磨が怖がっている。
さらにナギサが男の娘だと知ると、鼻血をドバッと噴き出した。
うわ、大丈夫なのか、この人。
宵子は紅潮した顔で鼻栓をしながら、ここ天国やん、ここマジ天国やんとくり返しながら手術の準備をはじめた。
パンパンと手を鳴らす音。
診療所のテラスからだ。手すりにだらしなくもたれながらタバコをふかしている白衣姿の女性。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《神医》日之影宵子。
シンプルで実に分かりやすい二つ名だ。
立ち上がった日之影宵子はこちらにスタスタと近づいてくる。
見た目は二十代半ばほどか? 細身のスラッとしたスタイルで、まさにカーラさんやミリアムみたいな大人の女性といった感じだが……どうも退廃的な雰囲気をかもし出している。
目はどんよりとしてクマがあるし、灰色の長髪のてっぺんは寝グセでビコーンとはねている。
わたしはてっきり、白黒まだらの髪につぎはぎの顔、黒いマントの無免許医師が出てくると思っていたのだが……。
「あ~、あんま家の前で暴れないでよ。前も願望者にブッ壊されたんだからさ」
吸い殻を捨て、足でげしげし消しながらイヤそうな顔をしている。
「助けてほしいヤツがいるんだ。アンタの力を貸してほしい」
単刀直入にお願してみる。
宵子は、はあ~? と呆れた顔をした。
「わたしが願望者の治療はしないって知ってるんだよね」
「知ってる」
「じゃ、なんで来んの」
「仲間が死にそうなんだ」
「……知ったこっちゃないわ。ほらほら、助手のビノッコにやられる前にさっさと帰んなよ」
助手……この変態さんはこの医者の助手だったのか。どちらかといえば患者のほうだと思っていた。
「どうして、願望者の治療を断るんだ」
「……はあ、いちいち説明するのメンドくさ。あのね、大体の願望者ッてクソみたいなヤツらなの。治療代は踏み倒す、忠告してもまたケガする、治療中に敵が襲ってくる。助けたってまたどこかで戦って死ぬんだからさ、ムダじゃね?」
正論だ。願望者同士で戦い合い、魔物には狙われ、また仕事のためにも戦う。
戦って戦って、傷ついて、傷つかせて……ホントにキリがない。
「でも、わたしが助けたいヤツはそんなヤツじゃないんだ! アホみたいなヤツだけど、相手を傷つけないように戦うバカみたいなヤツなんだ!」
うまく説明できない……。宵子はキョトンとしていたが、はは~ん、と納得したような顔になった。
「へえ、アンタにそこまで必死に言わせるなんて。よっぽどイイ男なんだろうね。ちょっと興味が出てきたな、わたし」
なんか勘違いしてるようだけど、言ってみるものだ。わたしはさらに頭を下げてお願いする。
「ふぅん、その患者って美形なわけ?」
どうだろうか。見ようによっては、ダンディーに見えるかもしれない。わたしは頷いた。
「年は? もしかしたら少年とか?」
おっさんだが、少年のような心を持っている。わたしはまた頷いた。
宵子の顔が紅潮している。鼻息がフンガー、とマンガのように荒くなる。
「……ビノッコ。用意をして。美少年の危機にはわたしが駆けつけないといけない」
「先生、よろしいのですか? 以前もそうやって騙された事がありますが」
「……お黙り。わたしはね、もうアンタみたいな筋肉ダルマばかり見ているのは飽き飽きなの。細い美少年を愛でたいの、わたしは。もうガマンできない、早く案内して」
おお、なんだかよく分からないが説得には成功したようだ。これで、御手洗剛志を救うことができる。
私掠船団のアジトへ向かう途中で、ビノッコが謝ってきた。
「先ほどは失礼した。先生に危害を加えんとするモノからお守りするのが、それがしの役目ゆえ」
「いや、それは構わないんだけど……」
「どうなされた。それがしの顔になにか?」
いや、別に何もないのだが……やはりその顔にその格好……一体なんの願望でそうなったのか気になる。
「ビノッコはねえ、これでも昔は可愛らしい女の子だったんだよ」
日之影宵子はこの謎の助手《護法鬼神》ビノッコとの出会いについて語りだした。
「とある願望者同士の戦いに巻き込まれて死にかけてたのを、わたしが助けたんだ。どうせなら美少年にしようと思って性転換手術もしたんだけどさあ、結果は見ての通り。性格も口調も変わって、なんか知らないけどカンフーの達人にもなっちゃって」
なっちゃって、じゃない。
命を助けるまではいいが、なんで性転換する必要があるんだ。この人、ちょっとおかしいんじゃないだろうか。
「それがしは先生に感謝しております。命を助けて頂いたうえ、このような強き身体まで……」
涙ぐむビノッコ。いや、そこ感動するところじゃないから。怒っていいとこだから。
以来、ビノッコは日之影宵子の助手兼ボディーガードとして仕えているらしい。
ツッコミどころが満載だが……もういい。
私掠船団のアジトに着き、さっそく御手洗剛志の様子を診てもらう。
御手洗剛志の顔を見た日之影宵子は騙された、と憤ってゴネだした。
しかし、志求磨を見てすぐに機嫌を直した。
獲物を狙うような目でじ~、と見つめるので志求磨が怖がっている。
さらにナギサが男の娘だと知ると、鼻血をドバッと噴き出した。
うわ、大丈夫なのか、この人。
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