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第1部 剣聖 羽鳴由佳
64 勝てないわけ
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ヨハンの手元がボッ、と光った。
「うおっ」
野性的なカンで黒由佳はとっさに伏せる。
背後の観客席より下の壁。ボゴォッ、と穴が空いた。
「よくかわせましたね。わたしの超高速の拳を」
ボッ、ボボッ、とさらに手元が光る。
見えない──おそらく黒由佳も。だが、拳の角度やわずかな初動で予測して避けている。器用なヤツだ。
「さすがと言いたいところですが、近付いたところでキミではこの黄金の鎧を傷つけることはできない。神の加護を受けた、わたしに勝つことなど──」
説明の途中で黒由佳が右の刀を投げつけた。
ヨハンが飛ぶ打撃で刀を弾く。
「うおらぁっ!」
一瞬のスキをつき、飛び込んだ黒由佳。めずらしくもう片方の刀を両手持ちにし、渾身の袈裟懸け。
ヨハンにまともに入った──が、その鎧にはキズひとつつかず、黒由佳の刀のほうが折れた。たしか怨刀晒し首だったか。
「あらぁっ、折れちったよ。さっきより硬いのかよ、コイツ」
「クシエルはわたしが身にまとうことにより、さらに強度を増したのです。ムダだと分かったでしょう。キミではわたしに勝てない」
「まいったな。折れたらしばらく出せねーぞ、刀……ああ? 勝てない勝てないってウルセーな、クソ金ピカが」
黒由佳は残る一本の刀──妖刀撫で斬りをブンブン振り回す。
「キミに分かるわけがありませんよね……無知とは罪。よろしい、いい機会だ。舞台下の方々も聞くが良い。この世界の根源に関わる事を……」
ヨハンは丸メガネを中指でクイと上げながら語り出す。
「あなた方は神を信じますか? 元の世界ではともかく……このシエラ=イデアルの神は我ら願望者の願いや祈りを叶えてくれるでしょう。いや、神が作りしこの世界がそれを可能としている。こう言ったほうが正解かな」
……何を言い出すかと思えば……。
この願望者の力が神サマのおかげだって? 何をバカなことを。
舞台下のわたしの表情を見て、ヨハンは首を振る。
「すぐには理解できませんよ。神の御意志はごく一部の者が、ほんの一端にしか触れられぬもの。ですが覚えておきなさい。願望者の強さとは、この世界に愛された者の強さ。よって神の範疇から外れたも同然の、この方がわたしに勝てる道理は無いのです」
ヨハンは黒由佳を指さす。
マジで言ってんのかコイツ。神サマにお願いして強くなったり、勝てるんだったら、苦労しない。
しかし、バカにはできない。岩秀もそうだったが、宗教やら神やらに関わる願望者の強さは証明済みだ。
思い込みと同じく、信仰心も願望の大きな力となるに違いない。
「この世界で我々が行使できる力。それは自分の力だけではなく、周りの人々の認識と、神の御力によるものなのです」
壇上で民衆に演説する政治家のように、手をかざし、周囲を見渡しながら観客にもヨハンは語りかける。
「我が友、葉桜溢忌はこの世界に最も愛された願望者。《覇王》亡きこの混沌とした世界に君臨するにふさわしいのは、彼ではないでしょうか」
この男、武道大会にかこつけて葉桜溢忌の宣伝をしに来たのか。
たしかにシエラ=イデアル中が注目するこの大会ならば、効果は抜群だろうが……この男、大事なことを忘れている。
「どお~こ、見てんだよ。油断しすぎ」
いつの間にかヨハンの背後に回りこんだ黒由佳。刀は通じない為か、捨てている。
両腕を腰にまわし、クラッチ。おい──まさか。
「っっしゃあッ!」
あの鎧をまとったヨハンを引っこ抜くように持ち上げ、ブリッジ。予想外の攻撃に反応できず、ヨハンは脳天を叩きつけられる。
なんちゅう馬鹿力。しかし、ジャーマンスープレックスとは……まさか願望者同士の戦いで、プロレス技が見られるとは思っていなかった。
「ぐ、うう、おのれ……」
舞台に頭からめり込んだヨハンが呻いている。
おお、斬撃は効かなかったが、いまの投げ技は効いたようだ。
「いひひ、まだまだ~」
倒れているヨハンの右足首を脇に挟み、自らも仰向けに寝ころがって、身体を反らせる。
──アキレス腱固め。ヨハンが悲鳴をあげた。この関節技もかなり効いている。
立ち上がった黒由佳。ぐったりしたヨハンの両足を脇に抱え、その場でグルグルと回転しだした。ジャイアントスイングだ。
次第に回転速度が増していく。まるでコマ、いや、竜巻のようだ。
黄金色の竜巻が舞台中央ですさまじい回転。ゴオオオッ、と会場のゴミを巻き込みながらまだ速度を増していく。
竜巻からギュオッ、と何かが吐き出された。
吐き出された物体はなんと観客席下の壁まで吹っ飛び、壁を粉々に破壊。瓦礫から黄金色の鎧が見えた。
ヨハンだ。気を失ったのか、瓦礫の中から動く様子はない。さっきの投げ技といい、自らの鎧の重さが災いしてダメージが倍加したようだ。
試合終了の太鼓の音。
副将戦の勝者は黒由佳。超越者相手にまさかの大金星だ。
「うおっ」
野性的なカンで黒由佳はとっさに伏せる。
背後の観客席より下の壁。ボゴォッ、と穴が空いた。
「よくかわせましたね。わたしの超高速の拳を」
ボッ、ボボッ、とさらに手元が光る。
見えない──おそらく黒由佳も。だが、拳の角度やわずかな初動で予測して避けている。器用なヤツだ。
「さすがと言いたいところですが、近付いたところでキミではこの黄金の鎧を傷つけることはできない。神の加護を受けた、わたしに勝つことなど──」
説明の途中で黒由佳が右の刀を投げつけた。
ヨハンが飛ぶ打撃で刀を弾く。
「うおらぁっ!」
一瞬のスキをつき、飛び込んだ黒由佳。めずらしくもう片方の刀を両手持ちにし、渾身の袈裟懸け。
ヨハンにまともに入った──が、その鎧にはキズひとつつかず、黒由佳の刀のほうが折れた。たしか怨刀晒し首だったか。
「あらぁっ、折れちったよ。さっきより硬いのかよ、コイツ」
「クシエルはわたしが身にまとうことにより、さらに強度を増したのです。ムダだと分かったでしょう。キミではわたしに勝てない」
「まいったな。折れたらしばらく出せねーぞ、刀……ああ? 勝てない勝てないってウルセーな、クソ金ピカが」
黒由佳は残る一本の刀──妖刀撫で斬りをブンブン振り回す。
「キミに分かるわけがありませんよね……無知とは罪。よろしい、いい機会だ。舞台下の方々も聞くが良い。この世界の根源に関わる事を……」
ヨハンは丸メガネを中指でクイと上げながら語り出す。
「あなた方は神を信じますか? 元の世界ではともかく……このシエラ=イデアルの神は我ら願望者の願いや祈りを叶えてくれるでしょう。いや、神が作りしこの世界がそれを可能としている。こう言ったほうが正解かな」
……何を言い出すかと思えば……。
この願望者の力が神サマのおかげだって? 何をバカなことを。
舞台下のわたしの表情を見て、ヨハンは首を振る。
「すぐには理解できませんよ。神の御意志はごく一部の者が、ほんの一端にしか触れられぬもの。ですが覚えておきなさい。願望者の強さとは、この世界に愛された者の強さ。よって神の範疇から外れたも同然の、この方がわたしに勝てる道理は無いのです」
ヨハンは黒由佳を指さす。
マジで言ってんのかコイツ。神サマにお願いして強くなったり、勝てるんだったら、苦労しない。
しかし、バカにはできない。岩秀もそうだったが、宗教やら神やらに関わる願望者の強さは証明済みだ。
思い込みと同じく、信仰心も願望の大きな力となるに違いない。
「この世界で我々が行使できる力。それは自分の力だけではなく、周りの人々の認識と、神の御力によるものなのです」
壇上で民衆に演説する政治家のように、手をかざし、周囲を見渡しながら観客にもヨハンは語りかける。
「我が友、葉桜溢忌はこの世界に最も愛された願望者。《覇王》亡きこの混沌とした世界に君臨するにふさわしいのは、彼ではないでしょうか」
この男、武道大会にかこつけて葉桜溢忌の宣伝をしに来たのか。
たしかにシエラ=イデアル中が注目するこの大会ならば、効果は抜群だろうが……この男、大事なことを忘れている。
「どお~こ、見てんだよ。油断しすぎ」
いつの間にかヨハンの背後に回りこんだ黒由佳。刀は通じない為か、捨てている。
両腕を腰にまわし、クラッチ。おい──まさか。
「っっしゃあッ!」
あの鎧をまとったヨハンを引っこ抜くように持ち上げ、ブリッジ。予想外の攻撃に反応できず、ヨハンは脳天を叩きつけられる。
なんちゅう馬鹿力。しかし、ジャーマンスープレックスとは……まさか願望者同士の戦いで、プロレス技が見られるとは思っていなかった。
「ぐ、うう、おのれ……」
舞台に頭からめり込んだヨハンが呻いている。
おお、斬撃は効かなかったが、いまの投げ技は効いたようだ。
「いひひ、まだまだ~」
倒れているヨハンの右足首を脇に挟み、自らも仰向けに寝ころがって、身体を反らせる。
──アキレス腱固め。ヨハンが悲鳴をあげた。この関節技もかなり効いている。
立ち上がった黒由佳。ぐったりしたヨハンの両足を脇に抱え、その場でグルグルと回転しだした。ジャイアントスイングだ。
次第に回転速度が増していく。まるでコマ、いや、竜巻のようだ。
黄金色の竜巻が舞台中央ですさまじい回転。ゴオオオッ、と会場のゴミを巻き込みながらまだ速度を増していく。
竜巻からギュオッ、と何かが吐き出された。
吐き出された物体はなんと観客席下の壁まで吹っ飛び、壁を粉々に破壊。瓦礫から黄金色の鎧が見えた。
ヨハンだ。気を失ったのか、瓦礫の中から動く様子はない。さっきの投げ技といい、自らの鎧の重さが災いしてダメージが倍加したようだ。
試合終了の太鼓の音。
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