異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

45 王なき世界

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 うねる波間を縫って矢が飛び交う。
 矢の応酬がしばらく続き、そのあとは敵船が勢いよく突っ込んできた。
 揺れる甲板。敵兵が白刃を閃かせてぞろぞろ乗り込んでくる。 
 
 志求磨とともに応戦。襲いかかる敵兵を次々と海へ叩き込んだ。
 雑兵はいくらいても相手にならない。問題は敵の願望者デザイア
 
 わっはっは、と船に飛び移って来たのは──おお、あの帽子、眼帯、髭、服装。左手のフック状の義手。本や映画で見るそのまんまの海賊のおっさんだ。それならオウムも……オウムは……いないか。わたしは少しがっかりしながら居合いの構えを取る。
 
 頭の中にダダダタ、と文字が打ち込まれた。
《隻眼の大海賊》マウリシオ・ノゲイラ。
 あまりひねりのない二つ名に、またもがっかりする。

「ぅおうっ! てめえらっ! この辺りの、この辺りの海域は……うおぅっ、俺らのシマだって知って、うおぅっ」

 なんだコイツ、酔っ払ってんのか? それともこれが素の喋り方なのだろうか。
 面倒なのでそのまま一気に距離を詰め──抜刀。
 ガキッ、と曲刀で止められる。さすがに初撃で願望者デザイアを倒せるとは思っていないが、意外に素早い。

「てめぇっ、いぎなり、ぅおうっ!」

 怒りに髭をビーンと逆立てたマウリシオが曲刀を振り回す。
 ばっ、と飛びずさりながら納刀──そして。

「シッ!」

 抜刀。飛ぶ斬撃、太刀風を至近距離から喰らい、マウリシオは身体をくの字に曲げながら船縁に激突。
 顔面からビタン、と甲板に倒れ込んだ。
 
 お、もう終わりか。
 納刀し、様子をうかがう。……ぴくりとも動かない。どうやら気を失ったようだ。
 わたしは志求磨のほうを向き──。

「由佳っ!」

 志求磨の声。
 バンっ、と何かが破裂したような音。
 マウリシオの義手が外れ、腕の中からのぞいているのは──銃口だ。
   
 あれ、わたし、撃たれた? 

 ぐらりと倒れそうになり、ダン、と踏みとどまる。

「シッ!」

 その低い態勢から再び太刀風。
 マウリシオはまた船縁にぶつかり、勢いあまって何か叫びながら海へ転落していった。

「危ないよ、由佳。油断しすぎ」

 志求磨が指さす。わたしの上着の袖に風穴が空いていた。
 銃器を使いこなせる願望者デザイアは滅多にいない。たしかに油断していた。
 しかし、これで敵の襲撃を全て撃退したことになる。商船は無事だ。



 このシエラ=イデアルに戻ってきたとき、ここではすでに一年の月日が流れていた。
 元の世界では、ほとんど時間が経過していなかったことから考えると、二つの世界で時間の流れ方が違うのだろうか。

 とある港町に飛ばされたわたしと志求磨はちょっとした浦島太郎状態だったのだが、偶然にも五禍将のひとり《魔箭鬼手》レオニードに再会し、今はその商売の手助けをしている。

《覇王》黄武迅の死により、統一国家制は崩壊。各地域の領主たちは次々と独立。自領地で新たな税や法を決めるなど好き勝手し始めた。
 それに伴い、まだ大きな戦争は起きていないが、領主同士の小競り合いは頻繁に起きている。
 嫌われていた願望者デザイアたちも、その争いに利用されるようになった。

 治安は悪化。魔物もさらに増えた。
 覇王大戦より以前の、混沌とした群雄割拠時代の再来というわけだ。

 レオニードはそこに目を付け、商人や領主相手に輸送護衛の仕事を始めたのだ。
 元五禍将ということもあり、信頼は抜群。順調に業績を伸ばし、今では護衛以外の魔物討伐や領主同士の争いの助っ人などにも手を広げ、多くの願望者デザイアを抱えるギルドを形成している。

 わたしと志求磨はひとまずここに身を寄せることにしたのだ。
 他の領主の傘下に入ることも考えたが、あの葉桜溢忌に対抗できるほどの力はないように思える。

 あの時、この世界では一年前。《覇王》黄武迅が最後の力を振り絞って王城を消滅させるほどの願望の力を爆発させた。
 シエラ=イデアルのどこからでも見える光の柱が天と地を繋いだらしい。
 だが──巻き込まれたはずの《餓狼系主人公》葉桜溢忌はやはり生きていた。

 あれほどの力を持ちながら、いまだに旧王都から動かない。その気になれば《覇王》のようにシエラ=イデアル統一など容易だろうに。
 噂では、各領主を脅して美女や物資を献上させているらしい。 
 それで旧王都に巨大なハーレム宮殿を建造中。今はそのこと以外に興味は無さそうだ。

 ギルドの拠点は、黒由佳や藤田と戦ったあの砦だ。
 砦に戻ると、事務の者に一通り報告。そこでギルド長から呼ばれているというので、執務室へ向かった。

 レオニードの執務室は豪勢な絨毯やら絵画やら調度品で飾り付けられている。
 見た目はロックな感じだが、意外と成金ぽい一面もあるのか。
 服装も以前より派手だ。毛皮のジャケットやら金のアクセサリーを身につけている。

「ご苦労だったな。まあ、座れよ。話がある」

 ねぎらいの言葉をかけられ、うながされるまま、これまた高そうなソファーに腰かける。
 改めて話とはなんだろうか。レオニードは葉巻に火を着けながら話しだした。

「以前からお前らが探していたヤツが見つかった。《覇王》の後継者……《召喚者》の二つ名を持つ男だ」



 

 
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