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第1部 剣聖 羽鳴由佳
1 プロローグ
しおりを挟む「だからさ、絶対怪しいよね、あのふたり。わたしの勘ではさぁ、こっそり付き合ってると思うんだ。昨日のドラマ見たでしょ? あの最後のシーン、あれ演技じゃできないと思うんだよねぇ」
高2の春、いつもの通学途中。
バス停のベンチに座りながら、ショートカットのよく似合う少女綾が話しかけてくる。
この親友が振ってくる話題は大抵、いま流行りのアイドルやら女優やらの恋愛話だ。
わたしは鼻でフッと笑った。
あいにく、わたしがその時間帯に見ていたのは【魔性剣 上嶋善右衛門】。
厳しい修行の末に魔性の剣技を会得した善右衛門。天下無双と呼ばれるまでになったが、ある戦いで恋人を巻き込み、失ってしまう。
自分のせいだと責め続け、剣の道を棄てようかと葛藤したが、最後には見事仇を討った。
わりとベタなストーリーだし、古い作品だったがわたしは感動した。主演の花岡賢が魅せるあの演技、殺陣の迫力に。
「でも本当に付き合ってたらわたしショック。間宮京一、前から気になってたんだ。由佳もカッコいいって思うでしょ?」
足をバタバタさせながら綾が聞いてきた。
やれやれと思いながらも親友を気づかい、わたしは頷く。
その俳優の名前なら知っている。
去年の大河ドラマで主演だったからだ。じゃないとわたしの記憶に残るわけがない。
綾には悪いが、ああいう線の細いイケメンタイプは好みではない。やはり花岡賢や柴山将三のような渋くて、重厚な演技の出来る俳優が好みなのだ。
そーだねーと適当に相づちを打ちつつ、わたしは今、重大な過ちに気がついた。
今日の昼に再放送する【風の浪人悪を斬る!】の番組録画予約をし忘れていたのだ。
なんたる不覚。あの花岡賢が二十代の頃のDVD化もされていない貴重な映像。
寝る前に綾と長電話していて、そのまま忘れてしまっていた。
いや、待てよ。
わたしはスマホを取り出し、自宅に連絡する。
この時間帯なら、まだ父か母が出勤前で家にいるかもしれない。祈りながらコール音を聞く。
「…………」
無常なり。遅かった。せめてあと数分、気付くのが早ければ。
「由佳どうしたの? 目が血走っているけど」
綾が心配そうに覗きこんでくる。大丈夫、と答えながらも、わたしの顔はひきつっていた。
本当は身悶えして、ちっくしょうと叫びたい。髪をふり乱し、地団駄を踏みたい。
もちろんそんなご乱心な姿を綾に見せるわけにはいかないが。
綾は高校に入ってから出来た初めての友達。わたしと違って元気で明るくて、バスケ部のエースで、人気者で、しかもカワイイ。
なんでわたしなんかに構うのかわからない。地味で無愛想で目つき悪いし、口下手でおしゃれでもない。
時代劇マニアだというのは綾には秘密にしてある。中学の頃、仲の良い友人に話したら引かれてしまった。それ以来、怖くて話せないのだ。
「由佳、バス来たよー」
綾が肩を揺さぶる。
いつの間にかバスが目の前に停まっていた。
わたしはふらふらと立ち上がり、乗降口へと向かう。
ため息をつきながら手すりをつかみ、いつものバスの中へ──乗ったはずだった。
ぞわっ、とした浮遊感とともに身体が闇の中へ吸い込まれる。ひっ、と息を吸い込みながら小さな声が出た。
一瞬だった。ばしゃっ、と倒れこんだ場所は光にあふれている。
緑におおわれた丘陵地帯が見渡すかぎり広がっていた。雨上がりなのか地面がぬかるみ、草花の水滴が光っている。
「なに、ここ。わたしバスに乗ったはず……え、この服って」
激変したのは風景だけではない。
わたしは自分が妙な格好をしているのに気がついた。
紺に赤のラインが走った長衣。時代劇の衣装のように袖口が広く、裾が長い。長衣の中はいつもの制服なのだが。
へたりこんだ姿勢のまま、近くの水溜まりをこわごわと覗きこむ。違和感がある。何かが。周りの景色とか衣装とかより、もっと決定的な何かが。
陽光の照り返しに目を細めつつ、水面に映ったその顔に唖然とした。
いつものぼさぼさ髪ではない。憧れの艶のある黒いロングストレート。はれぼったい一重ではなく切れ長の碧眼。整った鼻筋に色気のある唇。
「これ……わたし?」
頬をつねり、顎をなで、耳をひっぱる。水溜まりに映った美少女も同じ動きをする。
まさか、これは、夢にまで見たアレか。
「異世界転生……どうして、わたしが」
こうしてわたし、羽鳴由佳の異世界探訪物語がはじまるのだった。
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