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第2章 壊れていく世界

14 玉響

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 学校内に敵。シノから聞いたときはにわかに信じられなかった。
 結界を無視して侵入してこれる魔族グリデモウスがいるのか。それにあの姿──今までの魔族とは明らかに違う。

「葵サン、あれはS級魔族デス! 今の葵サンでは勝つのは難しいでショウ。倒すのではなく、なんとか追い払うことを前提に戦ってくだサイ!」

「あれがS級……!」

 葵は魔導書を発動させる。だが校舎内だ。結やリッカだと建物を破壊しかねない。

 本から出てきたのはグォ・ツァイシー。
 弓使いで屋内の戦いには不向きだと思われるが、彼女の矢や神仙気なら建物への被害は最小限に押さえられる。

 スカイブルーのポニーテールをなびかせ、ツァイシーは連続で矢を放つ。

 キュドドッ、と2本の矢が喉と腹部に──突き刺さったかに見えたが、実際はすり抜けて背後の壁を貫いていってしまった。

「これは──」

 次の矢をつがえながらツァイシーは青いオーラをまとう。
 神仙気を使った弓射。
 青い軌跡を描きながら矢はフォゼラムではなく、右の壁に当たる。そこから跳弾──。
 ドガガガガッ、と一本の矢が廊下の壁、天井、床を乱反射のように飛び回る。だがそれもすべてフォゼラムの身体をすり抜けてしまう。

 シノが火球を形成しながら言った。

「アレは……幽体デス! S級魔族本来の力は発揮できませんが、こちらの物理攻撃が一切効きまセン。わたしのような魔法攻撃なら通じるはずでスガ」

 シノの放った火球はたしかにフォゼラムへぶつかり、爆発を起こす。だがヤギ角の美青年は涼しげな顔で煙の中から出てくるだけだ。

「……わたしの未熟な魔法では通用しまセン。せめて戦姫せんきの中で魔法を使える者がいレバ……」

 戦姫八姫せんじんはっきの中にはファンタジーに出てくるような魔法使いはいない。
 だがあおいはひとりの戦姫が脳裏に浮かんだ。

 再び集中し、魔導書を発動させようとしたがフォゼラムが手の平から光弾を発射。うわっ、と本を落とし、とっさにうずくまる。

 ドガガッ、と光弾に撃たれて壁に叩きつけられたのはツァイシーだった。

「ツァイシー!」

「ぐっ……葵ちゃんっ、いまのうちにっ」

 葵をかばったツァイシーは倒れこみながら叫ぶ。
 葵は魔族に対する怒りをぶつけるように本を拾い上げ、集中──。

「アンカルネ・イストワール、発動」

 本から光が昇るように放たれ、そこから飛び出したのは。
 鶸色ひわいろの下地に藤の花が咲き乱れる豪華な着物。胸元は大胆に開いており、長い銀髪がその上に垂れている。
 最も特徴的なのは獣のような耳と九つの尾を持っていることだ。扇子で口元を隠しながら、足を組んで宙に浮き、切れ長の目で一同を見下ろしている。

「ほ。このように質素で狭きところにび出されるとはの。かつては神々の座に名を連ねたこともあるわらわも落ちぶれたものよ」

 妖狐、玉響たまゆら
 見た目は18ほどだが、実は齢千年を超えるあやかしの王。
 過去には人を喰らい、病魔をばらまき、災厄の権化として国を傾けた元凶なのだが、小説【葵の戦神八姫】の中では葵に従っている。

「玉響。お前の力が必要だ。あの魔族を倒してくれ」
 
 鴫野しぎのみさきと同じぐらいの危険人物なのだが、この戦姫以外にあの幽体の魔族に対抗する方法が思いつかない。
 玉響はどうしようかの~、とフワフワ浮きながら扇子をあおぐ。

「おもしろい、新たに具現化された創造物か。どれほどの力を持つのか」

 そうしてる間にフォゼラムが先制攻撃。
 手の平をこちらに向けると、廊下に強烈な突風。葵、シノ、ツァイシーはまとめて奥まで吹き飛ばされる。

「ほう、わたしの攻撃に耐えるとは。なかなかやるな」

 ひとり平然としている玉響にフォゼラムが感心したような声を出す。
 玉響は不機嫌な顔になり、パシンと扇子を閉じてその先をフォゼラムへ向けた。

「たかが異界の物の怪ふぜいが。妾にたてつくとどうなるか……身をもって知るがよい」

 扇子の先にゴゴゴゴ、と回転する炎の車輪が現れる。シノの作る火球の何倍もの大きさ。中央には憤怒の形相をした男の顔。

輪入道わにゅうどう! 玉響、そんなモノここで撃ったら……ばっ──やめろ!」

 葵が慌てて止めようとするが、玉響は振り返って微笑む。

「おや、もう遅いわ。ヌシ様よ」

 ドギャッ、と突進する輪入道。閃光、轟音。すさまじい揺れ。
 葵が目を開けると、校舎の半分が砲撃を受けたように崩壊していた。

 肝心のフォゼラムは上空に逃れていた。
 その身体の周りにヴヴヴンッ、と魔法陣が展開。ボトボトと落ちてきたのはC級魔族の集団だ。

「妾と似た術を使いよるわ。こざかしい」

 扇子を下に向けると、地面からボコボコと足軽の格好をした小鬼たちが出現。
 ギャアギャア騒ぎながら槍を構えて突進し、C級魔族と激突した。

 妖狐玉響の能力、【鬼兵召喚】だ。
 自らの眷属──妖を喚び出し、攻撃する。

「さて、色男。お主は美女に囲まれるのが似合いよの」

 玉響はス、スス、と扇子の先を宙に向ける。

「これは……!?」

 フォゼラムの周囲にフワアァ、と白装束の美女たちがたわむれるように飛び、近づく。
 美女たちがフゥーッ、と息を吹きかけるとフォゼラムの身体がビキビキと凍結。氷の塊となって落下、地面に激突──というところで氷塊は砕け、脱出。

 同時に炎の槍を複数発射。氷の女たちはそれに貫かれて憐れな悲鳴をあげて消滅した。

「幽体のわたしに攻撃できるとは……貴様、魔導士のたぐいか?」

 フォゼラムの問いに玉響はさらなる鬼兵召喚で答える。扇子を開き、前方にあおぐような仕草。
 宙に黒雲が巻き起こり、その中から巨大な獣が現れる。猿の顔に狸の胴体。虎の手足に蛇の尾を持つ妖──ぬえだ。
 
 その背に腰かけながら玉響はギイイ、と口の端から牙をのぞかせて笑い、慌てて扇子で隠す。

「おお、いかん、いかん。あまり本性を出しすぎるとヌシ様に嫌われるでな。異界の物の怪よ、はよう死ぬがいい」
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