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2 《サディスティックディーヴァ》セプティミア・ヨーク
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「退屈だわ、サイラス」
メイドにマニュキアを塗らせながら話しかける。わたしの理想──完璧な容姿を持つ執事サイラスは、古城の頂上にあるわたしの部屋の窓から外を眺めていた。
「はい、セプティミアさま」
長身で端正な顔立ちのその男はこちらも見ずに淡々と答える。感情が欠如したような、その態度。もし他の者がわたしにそんなマネをすればただではすまない。この男だけは特別だ。
「外に何か見えるの?」
「……魔物たちが騒いでいます。森に侵入者がいるのかもしれません」
「ふーん」
わたしの居城を囲む幻魔の森は下級魔物が多く生息している。わたしやサイラスを恐れて城には近づかないが、森に入る者には容赦なく襲いかかる。
時折、願望者が森に迷いこむことがある。たいていは腕試し目的なのだが、わたし自身に用があって訪れた者もいる。
《解放の騎士》天塚志求磨。あいつは一ヶ月ほど前に現れ、わたしたちに戦いを挑んだ。結果的にはわたしたちが勝ったのだけれど……おかしな能力の使い手だった。こちらの願望の力が通じにくい。今までそんなヤツはいなかった。
「放っておいてもいいんだけど……そうね、退屈しのぎにはなるかも。サイラス、様子を見に行くわよ」
「はい、セプティミアさま」
願望者に、いや、この世界自体に何か変化が起きている前兆かもしれない。自分とサイラス以外に興味がなかったのに……。
そう思いながら城から出て、森の中へ入る。たちまち森の魔物たちがザザザザ、と木をつたって逃げていくのが見えた。
一時期、それこそ退屈しのぎにサイラスに魔物を捕らえさせ、拷問したうえに殺すという遊びに興じていたときがあった。
願望者の中でもわたしぐらいだろう。一目見て魔物が怯えて逃げ出すのは。
サイラスを先頭にさらに森の中を進む。途中で魔物の死骸を多く見かけるようになった。まだ新しい。
首を飛ばされたものや、胴が両断されたもの……どうやら刃物を使う願望者が暴れているらしい。
「いました、セプティミアさま」
サイラスが指差す先──猿に似た魔物の死骸が無数に散らばる中にその少女はいた。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれる。《剣聖》羽鳴由佳。
足元の死骸を蹴飛ばしながら刀を鞘に納めている。紺の着物を着ているが、中は制服のようだ。ストレートの黒髪に切れ長の碧眼。わたしを見ると、一言叫んだ。
「こどもだ!」
たしかに見た目は十二才ぐらいのゴスロリ少女。しかし願望者なら見た目の年齢なんて関係ないし、この姿を見てピンとこないのか。有名なボーカロイドがモチーフになっている。
「あんた、ここはわたしの土地よ。願望者だからって好き勝手されると困るんだけど」
サイラスとともに近付く。由佳とかいうサムライ女はまったく警戒していない。その様子にわたしは呆れた。
まあいい、隙をついて一撃で仕留めてやる。いや、痛めつけて木に縛りつけ、魔物になぶり殺されるのを見るのもいい。
「……わたしの土地って、こんな魔物だらけの薄気味悪い所が? わたしだったらタダでもいらない」
──ほざいてろ。わたしはマイクスタンドを取り出し、高音のシャウト。ビリビリと音の衝撃が周囲に伝わる。
ドサドサッ、と木から魔物たちが落ちてきた。由佳は耳をふさぎ、しゃがみ込んでいる。今だ。
サイラスが突進。槍の先に斧が付いたような武器、ハルバートを振り下ろす。
由佳はゴロッと転がってかわした。無様な避け方だが素早い。耳をふさいだまま立ち上がり、喚いた。
「いきなり攻撃するなんて……こどものくせに! しかも二人がかり! 卑怯!」
「なにヌルいこと言ってんのよ。わたしたち願望者は戦い合うのが本来の姿。本能を剥き出しにしてかかってきなさいよ」
願望の力を集中。森の四方から、重低音の効いたロック調のBGMが響き出す。気分がいい──疾走するメロディーに乗せてわたしは歌いだす。
わたしの歌で力が増強されたサイラス。ハルバートを一振りしただけで森の木が5、6本なぎ倒された。由佳は跳躍してかわしている。
「逃がさないで、サイラス」
サイラスも跳んだ。高さは由佳に及ばないが、あのリーチの武器なら十分に届く。下から突き上げ、あの女を串刺しにすればいい。
ところが由佳は木の一本を足場にして蹴り、こちらに突っ込んできた。ハルバートをすり抜けるようにかわし、サイラスに抜刀の一撃を加えた。
「サイラスッ!」
地面に叩きつけられるサイラス。わたしはすぐに曲を変更。ノリのいい軽快なポップスを歌いだすと由佳が苦しみだした。
「な……に、これ。身体が重いし、苦し……この、女ジャ○アン……」
複数の状態異常付与。この歌の効果だ。やがて声も出せなくなった由佳はフラフラ木にぶつかりながら逃げていく。
「逃がすわけないでしょう」
サイラスはしばらく動けそうにない。わたしは単独で追おうとしたとき、木の上から一人の少年が飛び降りてきた。こいつは──。
「天塚……志求磨……!」
一ヶ月前にわたしたちが手こずりながらも撃退した相手。なんで今、こんな所に。
「退きなよ、セプティミア。それ以上追うなら次は俺が相手する」
「何、あんた? あいつを助けようっての? なんの為に」
「質問は受け付けないよ、消失対象者。俺も今回は見逃すからさ。さあ、帰んなよ」
志求磨の身体が少しずつ白銀の光に覆われていく。腹立たしいが、ここは退いたほうがよさそうだ。
「ふん、わかったわよ。サイラスも心配だし。でもね、あの女に会ったら伝えといて。次戦うときは絶対に逃がさないって」
わたしの言葉には答えず、志求磨は少し笑みを浮かべると木に飛び移り、あの女が去って行った方に消えていった。
わたしはまだ動かないサイラスのもとへ向かい、願望の力で修復をはじめた。
羽鳴由佳、天塚志求磨……面白いじゃない。わたしが他の願望者の名前を覚えるなんて。
サイラスがぎこちなく動きはじめる。わたしはその身体に抱きつきながらフフフと笑った。
「また来るといいわね、あの二人。痛めつけがいがありそうだわ」
※ この話は本編より三ヶ月ほど前の出来事で、由佳とセプティミアが初めて出会った話になります。
メイドにマニュキアを塗らせながら話しかける。わたしの理想──完璧な容姿を持つ執事サイラスは、古城の頂上にあるわたしの部屋の窓から外を眺めていた。
「はい、セプティミアさま」
長身で端正な顔立ちのその男はこちらも見ずに淡々と答える。感情が欠如したような、その態度。もし他の者がわたしにそんなマネをすればただではすまない。この男だけは特別だ。
「外に何か見えるの?」
「……魔物たちが騒いでいます。森に侵入者がいるのかもしれません」
「ふーん」
わたしの居城を囲む幻魔の森は下級魔物が多く生息している。わたしやサイラスを恐れて城には近づかないが、森に入る者には容赦なく襲いかかる。
時折、願望者が森に迷いこむことがある。たいていは腕試し目的なのだが、わたし自身に用があって訪れた者もいる。
《解放の騎士》天塚志求磨。あいつは一ヶ月ほど前に現れ、わたしたちに戦いを挑んだ。結果的にはわたしたちが勝ったのだけれど……おかしな能力の使い手だった。こちらの願望の力が通じにくい。今までそんなヤツはいなかった。
「放っておいてもいいんだけど……そうね、退屈しのぎにはなるかも。サイラス、様子を見に行くわよ」
「はい、セプティミアさま」
願望者に、いや、この世界自体に何か変化が起きている前兆かもしれない。自分とサイラス以外に興味がなかったのに……。
そう思いながら城から出て、森の中へ入る。たちまち森の魔物たちがザザザザ、と木をつたって逃げていくのが見えた。
一時期、それこそ退屈しのぎにサイラスに魔物を捕らえさせ、拷問したうえに殺すという遊びに興じていたときがあった。
願望者の中でもわたしぐらいだろう。一目見て魔物が怯えて逃げ出すのは。
サイラスを先頭にさらに森の中を進む。途中で魔物の死骸を多く見かけるようになった。まだ新しい。
首を飛ばされたものや、胴が両断されたもの……どうやら刃物を使う願望者が暴れているらしい。
「いました、セプティミアさま」
サイラスが指差す先──猿に似た魔物の死骸が無数に散らばる中にその少女はいた。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれる。《剣聖》羽鳴由佳。
足元の死骸を蹴飛ばしながら刀を鞘に納めている。紺の着物を着ているが、中は制服のようだ。ストレートの黒髪に切れ長の碧眼。わたしを見ると、一言叫んだ。
「こどもだ!」
たしかに見た目は十二才ぐらいのゴスロリ少女。しかし願望者なら見た目の年齢なんて関係ないし、この姿を見てピンとこないのか。有名なボーカロイドがモチーフになっている。
「あんた、ここはわたしの土地よ。願望者だからって好き勝手されると困るんだけど」
サイラスとともに近付く。由佳とかいうサムライ女はまったく警戒していない。その様子にわたしは呆れた。
まあいい、隙をついて一撃で仕留めてやる。いや、痛めつけて木に縛りつけ、魔物になぶり殺されるのを見るのもいい。
「……わたしの土地って、こんな魔物だらけの薄気味悪い所が? わたしだったらタダでもいらない」
──ほざいてろ。わたしはマイクスタンドを取り出し、高音のシャウト。ビリビリと音の衝撃が周囲に伝わる。
ドサドサッ、と木から魔物たちが落ちてきた。由佳は耳をふさぎ、しゃがみ込んでいる。今だ。
サイラスが突進。槍の先に斧が付いたような武器、ハルバートを振り下ろす。
由佳はゴロッと転がってかわした。無様な避け方だが素早い。耳をふさいだまま立ち上がり、喚いた。
「いきなり攻撃するなんて……こどものくせに! しかも二人がかり! 卑怯!」
「なにヌルいこと言ってんのよ。わたしたち願望者は戦い合うのが本来の姿。本能を剥き出しにしてかかってきなさいよ」
願望の力を集中。森の四方から、重低音の効いたロック調のBGMが響き出す。気分がいい──疾走するメロディーに乗せてわたしは歌いだす。
わたしの歌で力が増強されたサイラス。ハルバートを一振りしただけで森の木が5、6本なぎ倒された。由佳は跳躍してかわしている。
「逃がさないで、サイラス」
サイラスも跳んだ。高さは由佳に及ばないが、あのリーチの武器なら十分に届く。下から突き上げ、あの女を串刺しにすればいい。
ところが由佳は木の一本を足場にして蹴り、こちらに突っ込んできた。ハルバートをすり抜けるようにかわし、サイラスに抜刀の一撃を加えた。
「サイラスッ!」
地面に叩きつけられるサイラス。わたしはすぐに曲を変更。ノリのいい軽快なポップスを歌いだすと由佳が苦しみだした。
「な……に、これ。身体が重いし、苦し……この、女ジャ○アン……」
複数の状態異常付与。この歌の効果だ。やがて声も出せなくなった由佳はフラフラ木にぶつかりながら逃げていく。
「逃がすわけないでしょう」
サイラスはしばらく動けそうにない。わたしは単独で追おうとしたとき、木の上から一人の少年が飛び降りてきた。こいつは──。
「天塚……志求磨……!」
一ヶ月前にわたしたちが手こずりながらも撃退した相手。なんで今、こんな所に。
「退きなよ、セプティミア。それ以上追うなら次は俺が相手する」
「何、あんた? あいつを助けようっての? なんの為に」
「質問は受け付けないよ、消失対象者。俺も今回は見逃すからさ。さあ、帰んなよ」
志求磨の身体が少しずつ白銀の光に覆われていく。腹立たしいが、ここは退いたほうがよさそうだ。
「ふん、わかったわよ。サイラスも心配だし。でもね、あの女に会ったら伝えといて。次戦うときは絶対に逃がさないって」
わたしの言葉には答えず、志求磨は少し笑みを浮かべると木に飛び移り、あの女が去って行った方に消えていった。
わたしはまだ動かないサイラスのもとへ向かい、願望の力で修復をはじめた。
羽鳴由佳、天塚志求磨……面白いじゃない。わたしが他の願望者の名前を覚えるなんて。
サイラスがぎこちなく動きはじめる。わたしはその身体に抱きつきながらフフフと笑った。
「また来るといいわね、あの二人。痛めつけがいがありそうだわ」
※ この話は本編より三ヶ月ほど前の出来事で、由佳とセプティミアが初めて出会った話になります。
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