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30 誤解

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 その日を境にわたしは夜はアレックス王の寝室を訪れ、発作が出ないか様子を見ることにした。

 発作が出なくても熱が出たり、体調が悪そうなときは一晩中付き添って看病をする。

 あれほどわたしが近づくのを嫌がっていたアレックス王も拒絶はしなくなっていた。

「ちょっと、レイラ。なんか最近変じゃない? すごく眠そうにしてる時あるし。大丈夫なの?」

 昼間わたしがうつらうつらしているのを見て、ジェシカが心配そうに声をかけてきた。

 わたしはアレックス王のことを話すべきかどうか悩んだ。
 わたしの就寝後の行動は王妃付きの侍女であるジェシカすら知らない。
 
 ごく一部の者しか知らない情報を、仲が良いとはいえ勝手に漏らすべきではない気がする。
 それにジェシカ自身はアレックス王に嫌悪感を抱いている。
 アレックス王が実は良い人で、あの態度も演技だったと話してもにわかには信じないだろう。

 そしてアレックス王と仲良くすることで、ジェシカとの関係にヒビが入りそうなのが一番怖かった。

「いえ、書庫で面白い本を見つけて……少し夢中になって読んでしまったのです」
「そうなの? 読書好きなのは知ってるけど夜更かしはほどほどにね。せっかくのキレイな顔にクマでも出来たら大変だわ」
「え、ええ。気を付けます」

 そう言ってごまかすように鏡を見た。
 たしかに少し疲れているのかも。だけどあのアレックス王のことを放ってはおけない。

 あれからも色々と話したけれど、あの病は幼少の頃から続く持病のようなものだという。

 はっきりと発作のようなものが出だしてから、両親、そして兄弟が同じような症状が発症。
 それから間もなくして亡くなったことから、アレックス王はそれが感染する病だと思ったというのだ。

 様々な医者に診てもらったが、原因も治療方法も分からない。
 オークニーから取り寄せた薬も効果が無かったようだ。

「これからは食事に関してもわたしが管理します。最近特に食が細くなっていると聞きましたので。陛下、よろしいですね」

 発作が起きてから二日後の夜。わたしの提案にアレックス王は苦々しい表情で答えた。

「食事程度でどうなるものでもないと思うが……まあ、任せてみても良い。待て、まさかお前が作るのか?」
「ええ、そのつもりです。何か問題が? 心配せずとも毒など入れませんよ」

 翌日からわたしが料理を作り、王の部屋へと直接運んだ。
 厨房の料理人や使用人も目を丸くしていた。さすがにこの行動はジェシカにも見つかる。

「レイラが厨房を出入りしてるって噂を聞いたけど、料理なんかしてどうするの?」

 ちょうど食事を運ぶ途中で声をかけられた。
 
「あ、いえ。この前夢中になっていた本があると言っていたでしょう。あれは料理の本だったのです。それで試しに作ってみたのですが」
「へー、すごくいい匂い。それ、誰に食べさせるの?」
「これから夜の見張りにつく兵士たちに振る舞おうかと。あ、ジェシカもよかったら味見を」
「わたしはまだ仕事が残ってるからまた今度ね。ふーん、料理かあ。わたしにも出来たらなあ」
「それなら今度一緒に作ってみましょう。ジェシカは誰か食べさせたい人がいるのですか?」
「ええっ、そ、そんなのいないけど……やっぱり出来たらステキだな~って思っただけ! それだけだから!」

 そう言ってジェシカは走り去っていった。
 様子がおかしいと思っていたら、わたしの後ろの方からウィリアムが近づいてきていた。

「王妃殿下、ご報告があります」
「なんでしょう」
「ウインダムの領主リアムのことです。その後の取り調べにて資金の流れを掴みましたので」

 民衆を騙し、不当な税収を得ていたリアム。それが海賊が横行する原因にもなった。
 単に個人的に財を蓄えていたものだと思っていたけれど、ウィリアムの調べでそれが明らかになった。

「資金がハノーヴァーに流れていた? それは本当ですか」
「はい。オークニーとの交易船に偽装して資金を輸送していたようです」

 地方の領主とハノーヴァーに繋がりがあった。
 ハノーヴァーからの工作が着実に進んでいる証拠だ。

「このことは陛下には」
「先ほど報告済みです。明日の朝、評議会で議題に上がることでしょう」
「分かりました。ご苦労様です」
 
 ウィリアムとはそこで別れ、王の部屋へ。
 アレックス王はベッドで横になってはおらず、机の前でなにか考え事をしているようだった。

「陛下、具合はよろしいのですか」
「今は良い。それより話は聞いたか」
「はい。領主リアムの件ですね。ハノーヴァーと裏で通じていたと」
「資金だけでなく、様々な情報や物資も流出していよう。密偵や工作員も多数紛れ込んでいるだろうな」
「早急に対策を講じなければいけませんね」
「そうだ。リアムと同じような裏切り者を洗い出さなければならない。どんな手を使ってでもな」
「あまり過激な事は考えませぬようお願いします。それより夕食にしましょう」
「……む、気になってはいたが良い匂いがするな。それはなんだ」
「第五区荘園のフィンから新鮮で栄養のある野菜を選んでもらってきました。それを使ったスープです」
「ち、また野菜か。余は野菜は好かぬ」

 そっぽを向くアレックス王。

「子供でもあるまいし、好き嫌いなど言っている場合ですか。この野菜は身体に良いとフィンも言っていました。それに昨日よりも細かく刻んであるので食べやすいはずです」

 回り込んで鼻先にスープを近づける。
 アレックス王はなおも嫌がっていたが、しぶしぶ器を受け取った。

「こんな野菜くずのスープなど庶民が食すものだろう。一国の王たる余がなぜこんなものを」
「そう言いながら昨日もすべて平らげたではありませんか。味は嫌いではないはずです」
「身体に良い良いとうるさいからだ。それにまあ、たしかに味は悪くない。身体も温まる気がする」

 文句を言ったり褒めたりしながらスープをすべて飲み干し、肉やパンも口にした。
 これも第五区荘園から取り寄せた物だ。

「明日は評議会に出席なさるのでしょう。今日は早めにお休みください。わたしは陛下が眠るまでここにいますから」
「子供扱いするな。今日は体調が良いから問題ない。お前もさっさと部屋へ戻れ」
「……分かりました。でも後でまた様子を見に来ますから。よろしいですね」
「ふん、勝手にしろ」




 王の部屋を出て自室に戻る途中。
 通路でばったりとジェシカに出会った。

「え……レイラ、なんでこんな所に? この先って、たしかアレックス王の部屋だよね」
「………………」

 とっさのことで言い訳が思いつかなかった。
 ジェシカをまっすぐ見ることができず、うつむいてしまう。

「まさか、レイラ……アレックス王と」
「ち、違います。それは誤解です」
「最近、わたしと一緒に話す時間も減ってるし、なんか様子がおかしいと思ってたけど」
「だからそれは……」
「よりによってあんなヤツと! 今までひどい目に遭わされてきたのに信じられない! 見損なったわ、レイラ」
「話を聞いてください。これには理由があるのです」
「知らないっ! 同じ境遇で親友だと思ってたのに! やっぱり王妃なんかになってわたしのこと見下してたんでしょ! もう顔も見たくないっ」

 泣きながらジェシカは走り去っていく。
 追いかけたけれど、途中で見失ってしまった。

 恐れていたことが現実になってしまった。
 こんなことになるなら本当のことを話しておけば良かったのか。

 わたしは泣き出しそうになりながら、城の中でジェシカの姿を探し回った。
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