異世界の餓狼系男子

みくもっち

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71 狂気

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 願望の力を遠慮なしに高めた。
 普段は意識的に抑えていたが──もうどうでもいい。
 
 ゴゴゴゴッ、と某アニメのように大地が揺れる。
 
「いけない、この力……わたしとぶつかり合えば、世界がどうなるか分からないわ」

「アンタは──ジャマなんだよっっ!」

 怒りにまかせ、突っ込む。
 複数のスキルが発動しているようだが、自分でも何がなんだか分からない。
 
 カーラが指揮棒タクトを振る。

暁女神ウシャスッッ!」

 カーラの背後から光が発せられ、羽衣姿の女神を形どる。
 シュルルルッ、と白い帯のようなものがカーラの周りを覆い、俺のほうにも伸びてきて手足に絡みつく。

 見た目の優雅さとは裏腹に、その締め付けと強度は相当なものだ。
 ミイラ男のような姿になった俺は一歩も動けなくなる。

「無理に動けば身体を傷つけることになるわ。鎮めなさい、その凶悪な力を」

「うっ、うぅうっ、があああぁっっ!」

 知るか、そんなこと──。
 力まかせに巻きついた帯を引きちぎる。ゴキゴキ、バキィッ、と自身の骨が何ヵ所も砕けたが──かまわない。

 そのままカーラに向けて体当たり。カーラを守るように行く手を遮る帯を一枚、また一枚と破壊していく。

 すべての帯を失い、姿を見せるカーラ。
 願望の力を乗せ、指揮棒タクトを突き出してきた。俺も叫びながら拳で突く。

 衝突──。自分の手足がちぎれ飛び、胴体が引き裂かれるのがスローモーションのように見えた。
 
 痛みはないが、意識が薄れていく。この感覚──俺は死ぬのか。




 まだ雪がちらついている。
 俺は生きているようだ。身体はボロボロで再生している途中だが。
 あの状況で身代わりか自動復活オートリザレクションがうまく発動していたのか。

 さっきの力のぶつかり合い……相当な威力だったようだ。
 周囲は焼け野原と化し、クロワの城も崩壊している。城内の人間も無事ではないだろう。

 カーラの姿は見えない……地面には折れた指揮棒タクトと砕けた片眼鏡モノクルが落ちている。
 そして何か違和感……ステータスウインドウを開くと、新たなスキルを得ていた。これはチートスキルではない。

《召喚者》。たしか元の世界から人間をこの異世界に喚ぶ能力。
 もともとはシエラが持っていた力だったが、休眠期を繰り返す自分よりは、とカーラに譲ったものだと聞いた。
 この力も相手を倒せば手に入れる事が出来るのか。
 俺は勝ったのだろうか。こんな身体の状態では全然勝った気がしない。

 カーラは死んだのだろうか? いや、それよりも邪魔者がいないうちにやるべき事がある。
 


 俺は氷漬けにされた千景たちを一ヶ所にまとめ、瞬間移動でブクリエへ。

 ブクリエの城の地下にそれらを並べ、俺は自室へと戻る。誰も入るなと命じ、丸一日はそこで休養を取る。
 
 翌日、謁見の間にて重臣たちを集めさせた。
 伊能、ミリアム、楊……魔王討伐で共に戦った三人の姿も見える。負傷もなく、無事だったようだ。

 思えば形だけとはいえ、領主としてこの玉座に座るのは初めてだ。
 皆も固唾を呑んで俺の発言を待っている。

「あ~、みんないきなり集合させて申し訳ないっス。領主なのに国もほったらかしてて……」

 首のあたりをポリポリとかき、頭を下げた。
 咳払いひとつ無く、場は静まりかえっている。

「もう知ってる人もいると思うっスけど、俺は魔王を倒す事には失敗したっス。いや、全然ダメっスね。ボロ負けっス」
 
 ここで場がざわつきはじめた。
 騒ぎが収まるまで待ち、そこで俺は立ち上がる。

「──というわけで、領主として初めて命令を下すっスよ。戦争っス。まずは近隣諸国に攻め込むっス」

 一気に騒ぎが大きくなった。最前列にいた伊能が一歩踏み出して声をあげる。

「どういう意味だ!? こんな時に! まずは魔王をどうするかが問題だろうがっ! 昨日だけでもいくつも街が丸ごと凍らされてんだぞっ」

「こんなときだからっスよ。俺の今の力じゃ、イルネージュを元に戻すどころか止める事も出来ないっス。俺がこれ以上強くなるには、認識の力が必要っス。ただの一国の領主じゃダメなんスよ」

「……俺はたしかにお前さんにこの世界を統一して欲しいと言った。だがな、今じゃねぇ。魔王という脅威が……共通の敵がいるうちに行動を起こすべきじゃねえ。こんな時にそんな真似すれば各国の反発を招き、人心も離れる。この国は孤立するぞ」

「それも狙いっスよ。ただ攻め込むだけじゃないっス。ひとりでも多く犠牲者を出すような、むごたらしい戦い方をするっス。どんな小さな集落も見逃さないほど、奪い、焼き、殺してまわるっス」

「悪名を広げて世界中に認識されるだと……正気か。いや、お前さんはあの化け物のせいで狂っちまったようだな」

 伊能が歩きだす。歩きながら仕込み杖を抜いた。俺も笑顔で歩きだす。

「化け物って、誰のことっスかね──」

 バチンッ、と鍔鳴りの音。
 伊能は仕込み杖を抜ききれずに、そのままふらふらと歩いて俺にもたれかかった。

「お前さんには……期待してたんだがな。やっぱ思い通りにはいかねぇもんだ……」

「伊能……今まで世話になったっスね。この世界のどうのこうのは俺に任せて下さいっス。あとはもう、ゆっくり休むっスよ」

「ハ、ハハ。カッコつかねえな。そう……させてもらうわ」

 伊能はズシャアッ、と血飛沫をあげながら倒れた。
 場が悲鳴、怒号、逃げ出す足音──いろんな音で埋めつくされる。
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