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リトヴァが浴室に消えると、ロドリゴ・エスキベルは外で待機する親衛隊の一人に護衛をした騎士を連れてくるように声をかけた。
さほど待たずにノックがされる。
ロドリゴは部屋から出、扉を閉める。
上官の部屋に許可なく他者を入れるわけにはいかない。
姿勢をただし立つ騎士服の二人を見やる。
更に、こちらに向かって来るのは視察につけた諜報部員達。
一人少ないことに気がついたが、それについても後から報告があるだろう。
「団長が女にぶつかったと言っていた…本当か?」
顔を見合わせる二人の若い騎士。
右の騎士が返事をする。
「その通りです。」
「団長は避けなかったのか?お前たちは何をしていた…」
苛つくーー
何事も無かったが、何かあったらと思うと苛立ちが抑えられない。
二人はまた顔を見合わせる。
顔色が悪い。
「…避けたのですが…」
左の騎士の声が震えている。
「団長は、避けたのです…。私達もそれを確認して…しかし…」
「ぶつかったと?」
「…はい…」
「団長は走ってくる少女の方は見てはいませんでしたが、足音や気配には気づいていた様子で…確実に距離を取られました。」
右の騎士が口早に言う。
室内でリトヴァが話した内容と変わらない。
護衛を怠った新人を庇っているのではないとなると、ぶつかった少女はワザとリトヴァにぶつかった事になる。
おそらく、それはこの二人も、そして彼らの背後に立つ諜報部員達も思っている事だろう。
「どんな女だ?」
「可愛らしい少女でした。肩ほどの栗色のフワフワの巻毛で細身のーー」
先程まで声が震えていたはずなのに、左の騎士は頬を染めて可愛らしい方でした、と答える。
心の片隅で、コイツも男だな、と思ったのは言うまでもない。
同時に色仕掛けへの訓練や対応も考えなければならないと強く感じた。
「団長は、何を見ていた?」
「……屋台の…諜報部員、を……」
先程までハキハキ嬉しそうに話していたのに、急にバツが悪そうに答える。
「……」
諜報部員に視線をやると、一人反応した部員がいる。
が、今は護衛をした騎士が先だ。
「…その後は…」
「団長は、少女を助け起こし、少女はお礼と…」
また二人は顔を見合わせる。
何なんだ…さっきから…
「少女は男装した団長を…その、逞しくて紳士的と褒めて!走り去りました!で…本が落ちていまして…その本が…その…」
口籠る二人の騎士の顔が赤い。
執務机の上に置かれた小さな本を思い出す。
「確かに、本の様な物を持っておられたな。その本がどうした?」
「少女が落としたようなのですが、少女は止める間もなく走り去っており……その本が……」
「だから、本が何なのだ…」
「……つ、艶本の、ようなのです……」
左の騎士の声が小さくなり、うつむいてしまった。
艶本とはいわゆる男女が営みをいたしている絵が纏められた物の事で、世の男性は比較的手にしている。
「団長が、本を開かれた時に中の絵が見えてしまいました!!一人の女性に複数の男が裸で組敷いててーー!!」
「わかった、わかった!」
真っ赤な顔のもう一人がヤケクソの様に言うから、いたたまれなくなる。
「とにかく、団長は艶本を拾ったんだな…」
「はい…そしたら…」
今度はなんだと頭痛がするような気分がした。
「急に団長の顔色が変わり、館に戻ると…」
気まずそうな二人の若い騎士。
二人とも若く健康的な男だ。
艶本を見て顔色をかえ、慌てる様に帰れば色々な憶測をするだろう。
「わかった。報告ご苦労。護衛任務はあらゆる不足の事態との戦いだ。今回は何も無かったが、護衛対象の身が他者に触れるという事は場合によっては重大な任務の失敗ともなる。」
失敗ーー護衛対象を死なせる、もしくは奪われるーーあってはならない失敗だ。場合によっては一族揃って処罰を受ける可能性だってある。
「今後は気をつけろ。」
「「はっ!」」
二人の若い騎士は、姿勢を正し返事をする。
この二人も解っていない訳ではないので、これ以上言うつもりはない。
この場を去ることを許した後、入れ替わるように諜報部隊が進み出る。
5人の諜報隊員。
視線はおのずと団長が見つめたらしい部員へと向けられる。
名を問うと、ヴォリアムと答えた。
本名かはわからない。
「お前は何をしていた?」
「お、オレは……」
見つめられたらしい諜報部員は顔を青くさせた後、今度は赤くさせ口籠る。
もう一度質問をしようとした時、
「カワイイ食べ物を買わされて真っ赤になってたんだよね~」
と、明るい声。
諜報部隊の隊長 アルディだ。
人当たりの良さそうな柔和な笑顔。
この男との相性は良くない。
「嫉妬?イヤだね~、大事なお嬢様がチョ~トうちの子に色目を使ったからって」
おどけたような口調と身振り。
「…ふざけてるのか?」
「うちの子を虐めようとするからね。そもそも、アンタが大事な大事なオジョウチャンの邪魔をさせなければ、コイツもオジョウチャンに嫌がらせされなかったワケ。わかる?」
人を馬鹿にしたような口調。
そして、誰をオジョウチャンだと…?
「…何が言いたい…」
ロドリゴの底冷えするような声も、アルディは気にしていない様子だ。
「団長が外で何食べてもいいじゃないかって事。お前が居なけりゃ何も食えないのか?邪魔され続けりゃ、団長も苛つくし、こっちにもとばっちりが来る。」
「そのとばっちりがソイツか?」
ヴォリアムがビクリと体を震わせる。
「そう!…まあ、俺達も楽しんじゃたけど…」
困ったように笑う隊長につられた様に隊員達もクスクスと笑いだし、ヴォリアムは真っ赤になってうつむいている。
相変わらず適当な男だ。
なんの為に影から護衛を頼んだと思っている。
なんの危険のない場所ならば、どうでもいい人物なら、視察を反対しないし、影からの護衛もつけない。
この男と居ると、苛立ちが増す。
「そいつの事はもういい。報告は?」
クスクスとした笑いが静まる。
「?報告?」
呆けたようにに首をかしげるアルディ。
「団長にぶつかった女だ。避けた団長にワザワザぶつかったのだ。何もしてないわけではないのだろ。」
「そうだね~。確かに指示は受けたけど…」
「だったらーー」
「あんたに言うことじゃない。」
「何…」
「報告は団長様に自らする。あんたにじゃない。」
「貴様…」
「確かに団長様の護衛任務は承った。その報告については護衛騎士の報告の通り。こちらから新しい報告は、無い。でも、俺からの報告は団長から示唆された事について…。なら、報告する相手はアンタじゃない。そうだろ?」
「……」
確かにその通りだ。
この部隊に命じたのは影での護衛と飲食物への注意ーーいや、異物混入を避けるための飲食の妨害。
たまたま動ける諜報部隊はこの部隊だった為に頼んだが、失敗した。
「良いだろう。ただし、報告の際には同席させてもらう。」
「勿論。団長が良いと言えば。」
ニコニコとムカつくほどの笑顔。
話は終わりだと背を向ければ、
「団長は?中?」
と問われ答える。
「中で休んで居られる。」
湯浴み中だが言う必要などない。
「え?もしかして、艶本で欲情しちゃってるの?」
なんと言った、この男ーー
「キサマ…団長を侮辱するのか…」
この場で斬り殺してやろうかと思う感情を抑えようとするが上手くいかず、手が剣にかかる。
「いや。」
アルディは、フワリと笑顔を見せる。
「アンタをからかった。」
「!?」
「アンタをからかうには団長ネタが一番だからな。」
アルディは、そう言って部下の背を押しつつ去っていった。
怒りをぶつける先を見失ったが、大きく息を吐く事で何とか気持ちを落ち着ける。
部屋の前に立つ親衛隊の顔色が悪いが、これは、俺のせいではなく、無駄に挑発をして来たあの男のせいだ。
さほど待たずにノックがされる。
ロドリゴは部屋から出、扉を閉める。
上官の部屋に許可なく他者を入れるわけにはいかない。
姿勢をただし立つ騎士服の二人を見やる。
更に、こちらに向かって来るのは視察につけた諜報部員達。
一人少ないことに気がついたが、それについても後から報告があるだろう。
「団長が女にぶつかったと言っていた…本当か?」
顔を見合わせる二人の若い騎士。
右の騎士が返事をする。
「その通りです。」
「団長は避けなかったのか?お前たちは何をしていた…」
苛つくーー
何事も無かったが、何かあったらと思うと苛立ちが抑えられない。
二人はまた顔を見合わせる。
顔色が悪い。
「…避けたのですが…」
左の騎士の声が震えている。
「団長は、避けたのです…。私達もそれを確認して…しかし…」
「ぶつかったと?」
「…はい…」
「団長は走ってくる少女の方は見てはいませんでしたが、足音や気配には気づいていた様子で…確実に距離を取られました。」
右の騎士が口早に言う。
室内でリトヴァが話した内容と変わらない。
護衛を怠った新人を庇っているのではないとなると、ぶつかった少女はワザとリトヴァにぶつかった事になる。
おそらく、それはこの二人も、そして彼らの背後に立つ諜報部員達も思っている事だろう。
「どんな女だ?」
「可愛らしい少女でした。肩ほどの栗色のフワフワの巻毛で細身のーー」
先程まで声が震えていたはずなのに、左の騎士は頬を染めて可愛らしい方でした、と答える。
心の片隅で、コイツも男だな、と思ったのは言うまでもない。
同時に色仕掛けへの訓練や対応も考えなければならないと強く感じた。
「団長は、何を見ていた?」
「……屋台の…諜報部員、を……」
先程までハキハキ嬉しそうに話していたのに、急にバツが悪そうに答える。
「……」
諜報部員に視線をやると、一人反応した部員がいる。
が、今は護衛をした騎士が先だ。
「…その後は…」
「団長は、少女を助け起こし、少女はお礼と…」
また二人は顔を見合わせる。
何なんだ…さっきから…
「少女は男装した団長を…その、逞しくて紳士的と褒めて!走り去りました!で…本が落ちていまして…その本が…その…」
口籠る二人の騎士の顔が赤い。
執務机の上に置かれた小さな本を思い出す。
「確かに、本の様な物を持っておられたな。その本がどうした?」
「少女が落としたようなのですが、少女は止める間もなく走り去っており……その本が……」
「だから、本が何なのだ…」
「……つ、艶本の、ようなのです……」
左の騎士の声が小さくなり、うつむいてしまった。
艶本とはいわゆる男女が営みをいたしている絵が纏められた物の事で、世の男性は比較的手にしている。
「団長が、本を開かれた時に中の絵が見えてしまいました!!一人の女性に複数の男が裸で組敷いててーー!!」
「わかった、わかった!」
真っ赤な顔のもう一人がヤケクソの様に言うから、いたたまれなくなる。
「とにかく、団長は艶本を拾ったんだな…」
「はい…そしたら…」
今度はなんだと頭痛がするような気分がした。
「急に団長の顔色が変わり、館に戻ると…」
気まずそうな二人の若い騎士。
二人とも若く健康的な男だ。
艶本を見て顔色をかえ、慌てる様に帰れば色々な憶測をするだろう。
「わかった。報告ご苦労。護衛任務はあらゆる不足の事態との戦いだ。今回は何も無かったが、護衛対象の身が他者に触れるという事は場合によっては重大な任務の失敗ともなる。」
失敗ーー護衛対象を死なせる、もしくは奪われるーーあってはならない失敗だ。場合によっては一族揃って処罰を受ける可能性だってある。
「今後は気をつけろ。」
「「はっ!」」
二人の若い騎士は、姿勢を正し返事をする。
この二人も解っていない訳ではないので、これ以上言うつもりはない。
この場を去ることを許した後、入れ替わるように諜報部隊が進み出る。
5人の諜報隊員。
視線はおのずと団長が見つめたらしい部員へと向けられる。
名を問うと、ヴォリアムと答えた。
本名かはわからない。
「お前は何をしていた?」
「お、オレは……」
見つめられたらしい諜報部員は顔を青くさせた後、今度は赤くさせ口籠る。
もう一度質問をしようとした時、
「カワイイ食べ物を買わされて真っ赤になってたんだよね~」
と、明るい声。
諜報部隊の隊長 アルディだ。
人当たりの良さそうな柔和な笑顔。
この男との相性は良くない。
「嫉妬?イヤだね~、大事なお嬢様がチョ~トうちの子に色目を使ったからって」
おどけたような口調と身振り。
「…ふざけてるのか?」
「うちの子を虐めようとするからね。そもそも、アンタが大事な大事なオジョウチャンの邪魔をさせなければ、コイツもオジョウチャンに嫌がらせされなかったワケ。わかる?」
人を馬鹿にしたような口調。
そして、誰をオジョウチャンだと…?
「…何が言いたい…」
ロドリゴの底冷えするような声も、アルディは気にしていない様子だ。
「団長が外で何食べてもいいじゃないかって事。お前が居なけりゃ何も食えないのか?邪魔され続けりゃ、団長も苛つくし、こっちにもとばっちりが来る。」
「そのとばっちりがソイツか?」
ヴォリアムがビクリと体を震わせる。
「そう!…まあ、俺達も楽しんじゃたけど…」
困ったように笑う隊長につられた様に隊員達もクスクスと笑いだし、ヴォリアムは真っ赤になってうつむいている。
相変わらず適当な男だ。
なんの為に影から護衛を頼んだと思っている。
なんの危険のない場所ならば、どうでもいい人物なら、視察を反対しないし、影からの護衛もつけない。
この男と居ると、苛立ちが増す。
「そいつの事はもういい。報告は?」
クスクスとした笑いが静まる。
「?報告?」
呆けたようにに首をかしげるアルディ。
「団長にぶつかった女だ。避けた団長にワザワザぶつかったのだ。何もしてないわけではないのだろ。」
「そうだね~。確かに指示は受けたけど…」
「だったらーー」
「あんたに言うことじゃない。」
「何…」
「報告は団長様に自らする。あんたにじゃない。」
「貴様…」
「確かに団長様の護衛任務は承った。その報告については護衛騎士の報告の通り。こちらから新しい報告は、無い。でも、俺からの報告は団長から示唆された事について…。なら、報告する相手はアンタじゃない。そうだろ?」
「……」
確かにその通りだ。
この部隊に命じたのは影での護衛と飲食物への注意ーーいや、異物混入を避けるための飲食の妨害。
たまたま動ける諜報部隊はこの部隊だった為に頼んだが、失敗した。
「良いだろう。ただし、報告の際には同席させてもらう。」
「勿論。団長が良いと言えば。」
ニコニコとムカつくほどの笑顔。
話は終わりだと背を向ければ、
「団長は?中?」
と問われ答える。
「中で休んで居られる。」
湯浴み中だが言う必要などない。
「え?もしかして、艶本で欲情しちゃってるの?」
なんと言った、この男ーー
「キサマ…団長を侮辱するのか…」
この場で斬り殺してやろうかと思う感情を抑えようとするが上手くいかず、手が剣にかかる。
「いや。」
アルディは、フワリと笑顔を見せる。
「アンタをからかった。」
「!?」
「アンタをからかうには団長ネタが一番だからな。」
アルディは、そう言って部下の背を押しつつ去っていった。
怒りをぶつける先を見失ったが、大きく息を吐く事で何とか気持ちを落ち着ける。
部屋の前に立つ親衛隊の顔色が悪いが、これは、俺のせいではなく、無駄に挑発をして来たあの男のせいだ。
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