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転生したてはーー

オークションの行方

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日が沈み、辺りが暗くなった頃。
一台の年期の入った幌馬車が酒場 ハラーヤの前に止まっている。
馬車の中には男達。
馬車の周りにも馬に乗った男が数人。
馬車の御者台にザカリーが座り手綱を握る。
「よぉし、行くぞぉ。」
ザカリーの掛け声と共に武装した男達を乗せた幌馬車と馬に乗る男達は目的としている貴族の館へ向かう。

ザカリーと手下達がキャンプス子爵邸へ向かったのを確認し、モーリスは自身の仕事にかかる。
オークション会場のセッティング。
各所にある蝋燭に灯をともす。
買い手側の席は、危険がないようにする為程度の明かりだが、ステージは商品を隅々まで見せるため、特に明るくする。
自身は、特に上等な仕立ての服を着、目元を隠す道化の仮面を付ける。
髪を全て後ろへ撫で付け、上等なマントを羽織、劇場の男優の様に着飾る。

酒場の入口から入った買い手側は手下に誘導され、一人、また一人と薄暗い席に着く。
大半の買い手とその護衛は、顔をフードや仮面で隠し、置かれた酒をチビチビ飲みながら開始を待つ。
モーリスは買い手側をゆっくり見渡す。
得意先の貴族や豪商がいれば、挨拶にも行く。
「これはこれは、よくお越しくださいました。お好みに合うモノが手にはいることをお祈り致します。」
貴族にも負けない優雅さで挨拶回りをこなす。
貴族や豪商等を相手にする為、身につけた技術。今や、抜けきらない部分もあるが……この技術は貴族だけではなく、女性にも評判が良い。
それほど整った顔立ちではないと思うが、この立ち居振舞いと整えた身だしなみは、商売人としてだけではなく、男として生きていく上でも役立っていた。
常連客には特に丁寧にーー。
一、二度の客には丁寧にーー。
初めての客には気さくにーー。
唯一の女性客には甘い囁きと共にーー。
この細やかな挨拶回りが信用への第一歩。
モーリスは客を見渡す。
今日の入りはこんなものだろう…。
ステージに上がる。
シンーー。静まる会場。
響くのはモーリスの声のみ。
「皆様、この度は我々が取り寄せた商品の販売にお集まりいただき、誠に有り難うございます。我々が商売を続けて行けるのは単に、皆様のおかげでございます。」
ステージの中央で深々と一礼する。
拍手が起こる。
客がオークションの始まりを楽しみにしているのが良くわかる瞬間。
特に、唯一の女性客からの拍手は一段と大きい。モーリスの名を呼ぶ声も聞こえる。
モーリスは視線を向け、ニコリと微笑む。
女性客が恥ずかしげに仮面をした顔を扇で隠す。
「それでは、オークションを始めたいと思います。まずはーー。」
ステージの中央からずれ、手を横に伸ばす。
その先に、手下に連れてこられた幼い少女が立っていた。
少女は暗がりの中からの数多の視線に怯え、今にも泣きそうだ。
「まずは、可愛らしい少女から。」
客席から、おおっ、と男のため息や唸り声が漏れる。
「見た通り、幼く、無垢で純真。まっさらの乙女にございます。又、躾も施す前の無知にございます。この少女をいかようになさるのも、お買い上げになったお方の望むままでございます。この燃えるような赤い髪に似合う情熱的で淫らに育てるのも良し、白磁の肌のような従順な乙女に育てるのも良し。」
モーリスが目配せすると、少女の傍らに控えていた手下が手枷の鎖を掴み、上に引き上げる。
「ひゃっ!うええぇぇん……」
突然、手首を手枷ごと乱暴に引き上げられた衝撃と、足も着かない高さでぶら下げられる状態。全体重が手首へかかるた痛み。そして、感じたことの無い視線に晒される恐怖。
短い悲鳴の後、今まで我慢していたであろう少女の泣き声が会場に響く。
客席からは、興奮した息づかいが漏れる。
「お望みであれば、望む躾をしてからお渡しする事も可能です。いかがでしょう?まずは…1000から!」
モーリスが値段を叫ぶと、あちこちから声が飛ぶ。
1200
1500
2000
2100
3000
………
値は客達が我先にと値を付け、つり上げ、最終的に7400で一人の貴族が競り落とした。
躾は不要とのことだった。
少女は一旦檻へ戻し、次の商品に取りかかる。
手下が連れてきたの二十代の女。
「次はこの女。この艶やかな茶色い髪を振り乱す様子を想像ください。もしくは、かいがいしく世話を焼く姿を。この女は既に男を知っております。その為、躾にも従順。このようにーー。」
またも、モーリスは手下に目配せする。
手下は女の背後に回り、抱きつくと女の胸を揉みしだく。
女は身をよじる。
「このように、とても素直なのが、おわかりになることでしょう。では、この商品は500から。」
競うように値が上がって行く。
チラリと暗がりに目をやると、最初に少女を競り落とした貴族が精算を行っている。

今回も売り上げは良さそうだ。
どの商品も予定額を超えて売れていくだろう。
内心ほくそ笑む。
が、ふと、違和感を感じる。
暗闇の客席を見つめる。
何が違うのかはわからない……
だが、違和感は拭いきれない。
小さな、小さな、極々僅かな違和感と不安…。

「100000」
突然上がったら声。
異常な程つり上がった値段。
驚愕の値にモーリスは値を口にした男を見る。
蝋燭の光は件の男の輪郭を浮かび上がらせてはいるが、顔や表情など、全体は把握できない。
「お、お客様?」
突然の高値にモーリスは声を詰まらせる。
この釣り上げ方は、明らかにおかしい。
手下はこの高値に沸いているようだが、モーリスは逆だ。
先程感じた違和感が、不安感が急速に膨れ上がり、冷汗を伝わせる。
「お客様、無理な金額を提示されるのは…」
「無理ではない。」
モーリスは口をつぐむ。
確かに、一部の大貴族や王族に連なる者なら出せない事はないだろう…。しかし……。
そこまで大口の客がいただろうか?
モーリスの不安をよそに、男は更に続ける。
「無理ではないが、払う気は無い。」
「!?」
金額を啓示し、払えると豪語した。なのにーー
「お客様、お買い求めにならないのであれば…」
「買う気はない。だが、捕らえる気はある。」

男のこの言葉が合図の様に、数人の客が立ちったかと思うと、眩い光が辺りを包む。
魔法の光だ。
頼りない蝋燭の灯りで、暗闇に目が慣れていた客や手下達は目元を覆い、眩しさに悲鳴を上げる。
それは、モーリスも例外ではなかった。
飲み込まれるような眩しさに目を閉じる。
バンッ。と扉が開く音。
何人もの荒々しい足音。
怒号と悲鳴。
金属がぶつかり合う音と物が壊れる音。
既に至るところで剣を抜く惨事になっているようだ。
モーリスも慌てて剣を掴むと、鞘から抜き放つ。


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