24 / 26
真相 4
しおりを挟む
その刹那。
彼女の指から、白い糸のようなものが、百城くんに向かっていきおいよく飛び出した。
「なっ……!」
ガキン!
刀でとっさに受け止めた百城くんが、うしろに吹き飛ばされる。
何、今の音。あれって糸じゃないの? なんで、刀とぶつかってあんな音が出るの?
『硬度を持つ糸の異能か。なるほど、面白い。触れれば肌は裂け、ただではすまないだろう……だが、それにしても妙だな?』
氷の王がゆっくりと目を細めて、つぶやいた。
『どんな鬼であれ、持つ異能はひとつだけのはずだが。』
――ガキン、ガキン、ガキンッ!
連続で、金属と金属がぶつかる甲高い音がはじける。
百城くんは四方八方から襲い来る糸を全てはじきながら姿勢を直し、一気に鬼との距離を縮めるべく、地面を蹴った。
(百城くんは大丈夫そう、なら、わたしはそのスキに五人を助けなきゃ!)
鬼は百城くんに集中していて、こちらを見ていない。
ふるえる足を叱咤して、鬼を気にしつつ、並んで横たわる五人のそばまで走っていく。
どんどん暗くなっていく中、スマホのライトで辺りを照らして、わたしはなんとか五人の下までたどりつき、その様子を確認した。
(生きてる、けど……。)
みるみる、顔色が悪くなっていっている。
きっとあの鬼は、戦っているあいだも、生命力を吸うことができるんだ。それが『早くしないと食べ終わっちゃうかもね。』という言葉のイミなんだろう。
あいつを早く倒さないと、みんなが衰弱して死んでしまう。
(でも、どうして、離れているのに生命力を吸えるの?)
氷の王でさえ、わたしの生命力を喰らう時、わたしに触れたのに――。
「覚悟しろ、南!」
不意に聞こえてきた百城くんの声に、わたしははっとしてそちらを見る。
すると、目に入ったのは、メイちゃんに――鬼に向かって刀を振り上げる百城くんの姿。
やった、と、そう思った。
……しかし。
「おっと、やめておいた方がいいんじゃない? 今はわたしの支配下にあるけど、南芽以の身体はちゃ~んと、人間なんだよ?」
「!」
その言葉を聞いて、一瞬、百城くんがためらった。
それを見て、鬼がにやりと笑う。そして、その一瞬のスキをつくように、右手を前に突き出した。
「百城くん!」
さけんでも、遅い。百城くんは次の瞬間には、糸の束に吹き飛ばされてしまった。
わたしは、水しぶきを上げながら川の中を転がっていく百城くんを、呆然としながら見ていることしかできなくて――。
「ああ、ユキちゃん。こんなところにいたんだ?」
「っ! きゃあッ⁉」
耳元で、声がひびいたと思ったら。
次の瞬間にはわたしは糸にぐるぐる巻きにされ、指一本も動かせないようにされていた。
「だめだよ。見ていないからって、人の食事に手を出しちゃ。」
「……ッ!」
メイちゃんの顔をした鬼が、メイちゃんの顔で、にこりとほほえむ。
その笑顔は、やはり、人間のものとは思えないほどにおぞましい。
わたしが恐怖で、凍りつきそうになった、その時。
「南……! 木花に、そいつらに手を出すな!」
不意にざばり、と水の音がして、百城くんが、ゆっくりと川の中で立ち上がった。
そしてその目はまだ、あきらめてない。
「まだ動けるの? うっとうしいなあ……。どうせこの身体を傷つけられない君には勝ち目なんてないんだから、大人しくていればいいのに。」
「このまま引き下がれるわけがない。オレは退治屋だ。お前を倒すのが、オレの役目だ!」
「ふぅん。じゃあ、やってみなよ。」
冷めた口調で言った鬼が、ふたたび百城くんを糸で攻撃する。
百城くんは変わらず刀で攻撃をはじくけれど、あきらかに疲れているし――『南芽以』の身体が人間であると聞いて、どう反撃すべきか迷っているようだった。
(というか、身体が人間、ってどういうこと?)
メイちゃんは鬼が人に化けた姿じゃなくて、鬼が人にのりうつってる状態だってこと?
でも、氷の王は異能は一つだけだって言っていた。
それなのに、彼女は糸をあやつる異能を使って、百城くんを攻撃している。
(わかんないよ……!)
焦りが先走って、考えがまとまらない。
わたし、まだ五人を助けられてないのに。
それにこのままじゃ、百城くんが鬼に負けてしまう――!
『――助けてほしいか?』
刹那。まるで鈴が鳴るような、やさしく美しい声が耳もとで響いた。
いつのまにかわたしの横に来ていた氷の王が、天使のように愛らしい笑みを浮かべてわたしを見ている。
『このままではまずいだろう? 力がほしいだろう? 本来の姿の俺ならば、あんな鬼など敵ではない。身体を殺さず、鬼を倒してやる。』
「え……?」
『なに、簡単なことだ。お前はただ、俺の封印を解けばいい。それだけで、全て解決する。』
わたしはぼんやりと、氷の王の顔を見る。
そのまなざしは、思わずすがりつきたくなるほどに、慈愛に満ちていた。
……わたしが彼の封印を解けば、百城くんを助けられるの? 本当に?
もし、それだけでいいなら。
それで、みんなが無事なら――。
『絶望させて、抵抗する気力を失わせてから生命力を吸い取るのは、鬼の常套手段だ!』
『強い心を持って生きること。いざという時、困難に立ち向かう勇気を持つこと。』
不意に、脳裏によみがえったふたつの声に。
わたしはペンダントにのばしかけていた手を止めた。
『……どうした? 小娘。早くしなければ、童が危ないぞ?』
そうだ。そうだった。
何をまどわされそうになっているんだろう。
……わたしは、ぐっ、と手を握りしめる。
強い心を持つんだ。困難に立ち向かえる、強い心を。
たとえ引っ込み思案でも、すぐ弱気になっても……いざという時にはゼッタイ、勇気をもって前を向くんだ。
わたしはずっと、そうありたいと思って生きてきたでしょ!
「……小娘じゃない。」
『何?』
「小娘じゃないよ。……ねえ氷の王、あなた、立場を忘れてる?」
助けてほしいだろう? 力がほしいだろう? ……ちがうよね。
あなたは『与えてやる』立場にはないし、わたしも、『助けを乞う』立場にない。
「あなたがはじめた契約でしょ? もちろん、忘れてなんかないはずだよね?」
『貴様……、』
「――わたしが主だ。命令する、わたしたちを助けなさい!」
彼女の指から、白い糸のようなものが、百城くんに向かっていきおいよく飛び出した。
「なっ……!」
ガキン!
刀でとっさに受け止めた百城くんが、うしろに吹き飛ばされる。
何、今の音。あれって糸じゃないの? なんで、刀とぶつかってあんな音が出るの?
『硬度を持つ糸の異能か。なるほど、面白い。触れれば肌は裂け、ただではすまないだろう……だが、それにしても妙だな?』
氷の王がゆっくりと目を細めて、つぶやいた。
『どんな鬼であれ、持つ異能はひとつだけのはずだが。』
――ガキン、ガキン、ガキンッ!
連続で、金属と金属がぶつかる甲高い音がはじける。
百城くんは四方八方から襲い来る糸を全てはじきながら姿勢を直し、一気に鬼との距離を縮めるべく、地面を蹴った。
(百城くんは大丈夫そう、なら、わたしはそのスキに五人を助けなきゃ!)
鬼は百城くんに集中していて、こちらを見ていない。
ふるえる足を叱咤して、鬼を気にしつつ、並んで横たわる五人のそばまで走っていく。
どんどん暗くなっていく中、スマホのライトで辺りを照らして、わたしはなんとか五人の下までたどりつき、その様子を確認した。
(生きてる、けど……。)
みるみる、顔色が悪くなっていっている。
きっとあの鬼は、戦っているあいだも、生命力を吸うことができるんだ。それが『早くしないと食べ終わっちゃうかもね。』という言葉のイミなんだろう。
あいつを早く倒さないと、みんなが衰弱して死んでしまう。
(でも、どうして、離れているのに生命力を吸えるの?)
氷の王でさえ、わたしの生命力を喰らう時、わたしに触れたのに――。
「覚悟しろ、南!」
不意に聞こえてきた百城くんの声に、わたしははっとしてそちらを見る。
すると、目に入ったのは、メイちゃんに――鬼に向かって刀を振り上げる百城くんの姿。
やった、と、そう思った。
……しかし。
「おっと、やめておいた方がいいんじゃない? 今はわたしの支配下にあるけど、南芽以の身体はちゃ~んと、人間なんだよ?」
「!」
その言葉を聞いて、一瞬、百城くんがためらった。
それを見て、鬼がにやりと笑う。そして、その一瞬のスキをつくように、右手を前に突き出した。
「百城くん!」
さけんでも、遅い。百城くんは次の瞬間には、糸の束に吹き飛ばされてしまった。
わたしは、水しぶきを上げながら川の中を転がっていく百城くんを、呆然としながら見ていることしかできなくて――。
「ああ、ユキちゃん。こんなところにいたんだ?」
「っ! きゃあッ⁉」
耳元で、声がひびいたと思ったら。
次の瞬間にはわたしは糸にぐるぐる巻きにされ、指一本も動かせないようにされていた。
「だめだよ。見ていないからって、人の食事に手を出しちゃ。」
「……ッ!」
メイちゃんの顔をした鬼が、メイちゃんの顔で、にこりとほほえむ。
その笑顔は、やはり、人間のものとは思えないほどにおぞましい。
わたしが恐怖で、凍りつきそうになった、その時。
「南……! 木花に、そいつらに手を出すな!」
不意にざばり、と水の音がして、百城くんが、ゆっくりと川の中で立ち上がった。
そしてその目はまだ、あきらめてない。
「まだ動けるの? うっとうしいなあ……。どうせこの身体を傷つけられない君には勝ち目なんてないんだから、大人しくていればいいのに。」
「このまま引き下がれるわけがない。オレは退治屋だ。お前を倒すのが、オレの役目だ!」
「ふぅん。じゃあ、やってみなよ。」
冷めた口調で言った鬼が、ふたたび百城くんを糸で攻撃する。
百城くんは変わらず刀で攻撃をはじくけれど、あきらかに疲れているし――『南芽以』の身体が人間であると聞いて、どう反撃すべきか迷っているようだった。
(というか、身体が人間、ってどういうこと?)
メイちゃんは鬼が人に化けた姿じゃなくて、鬼が人にのりうつってる状態だってこと?
でも、氷の王は異能は一つだけだって言っていた。
それなのに、彼女は糸をあやつる異能を使って、百城くんを攻撃している。
(わかんないよ……!)
焦りが先走って、考えがまとまらない。
わたし、まだ五人を助けられてないのに。
それにこのままじゃ、百城くんが鬼に負けてしまう――!
『――助けてほしいか?』
刹那。まるで鈴が鳴るような、やさしく美しい声が耳もとで響いた。
いつのまにかわたしの横に来ていた氷の王が、天使のように愛らしい笑みを浮かべてわたしを見ている。
『このままではまずいだろう? 力がほしいだろう? 本来の姿の俺ならば、あんな鬼など敵ではない。身体を殺さず、鬼を倒してやる。』
「え……?」
『なに、簡単なことだ。お前はただ、俺の封印を解けばいい。それだけで、全て解決する。』
わたしはぼんやりと、氷の王の顔を見る。
そのまなざしは、思わずすがりつきたくなるほどに、慈愛に満ちていた。
……わたしが彼の封印を解けば、百城くんを助けられるの? 本当に?
もし、それだけでいいなら。
それで、みんなが無事なら――。
『絶望させて、抵抗する気力を失わせてから生命力を吸い取るのは、鬼の常套手段だ!』
『強い心を持って生きること。いざという時、困難に立ち向かう勇気を持つこと。』
不意に、脳裏によみがえったふたつの声に。
わたしはペンダントにのばしかけていた手を止めた。
『……どうした? 小娘。早くしなければ、童が危ないぞ?』
そうだ。そうだった。
何をまどわされそうになっているんだろう。
……わたしは、ぐっ、と手を握りしめる。
強い心を持つんだ。困難に立ち向かえる、強い心を。
たとえ引っ込み思案でも、すぐ弱気になっても……いざという時にはゼッタイ、勇気をもって前を向くんだ。
わたしはずっと、そうありたいと思って生きてきたでしょ!
「……小娘じゃない。」
『何?』
「小娘じゃないよ。……ねえ氷の王、あなた、立場を忘れてる?」
助けてほしいだろう? 力がほしいだろう? ……ちがうよね。
あなたは『与えてやる』立場にはないし、わたしも、『助けを乞う』立場にない。
「あなたがはじめた契約でしょ? もちろん、忘れてなんかないはずだよね?」
『貴様……、』
「――わたしが主だ。命令する、わたしたちを助けなさい!」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

秘密
阿波野治
児童書・童話
住友みのりは憂うつそうな顔をしている。心配した友人が事情を訊き出そうとすると、みのりはなぜか声を荒らげた。後ろの席からそれを見ていた香坂遥斗は、みのりが抱えている謎を知りたいと思い、彼女に近づこうとする。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐️して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる