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「……はい。どうやら僕たちは、歓迎されていないようですね」
それに、かなりの腕だ。
地面に刺さった矢を抜けば、鏃は丸い。人に当たっても刺さらない作りになっているので、これはおそらく威嚇用の矢だ。当たりどころが悪ければ大けがでは済まないだろうが。
「……なるほどな」
呟いたクラスが一歩前に出る。師父様、と呼び掛けると――クラスが目線だけこっちを寄越して、言った。
「……ここではなるべく俺を師父ともおじい様とも呼ぶなよ。無闇に警戒されたくない」
「え?」
「いいな」
そう念を押され、どういうことかとアイリスと目を合わせた、まさにその時だった。
クラスが矢が飛んで来た方角――矢倉に向かって叫んだ。
「なんのつもりだ! 出てこいよ!」
「!」
「それともリーゼラの奴らは客に矢を射掛けるのが歓迎の挨拶なのか?」
子どものような啖呵。
声変わり前の甲高い怒鳴り声に、クラスは思わず耳を塞いだ。……しかし、そうか。クラスは子どもの振りをしてこの集落を調べるつもりなのだろう。
確かに、この見た目でかの伝説の名医であると名乗ったとして、誰も信じるものはいまい。証明するためには神業のごとき医療魔法を披露するしかないだろうが、そのために誰かに大怪我を負わせる訳にもいかない。
(なら、ただの子どもだとして中に入った方が情報を集めやすい)
年端もいかない少年には、警戒も緩むというものだ。相手が大人であれば尚更――、
「うるせーな! リーゼラのもんは侵入者には容赦しねーんだよ!」
すると。
次々と顔を見せたのは、見た目だけならばクラスとそう変わらないような年頃の子どもたちだった。
集落の入口にて立ち止まり、呆気に取られるこちらを睨みつける十数人の子ども。
……そしてやがて、何やら弓矢を持った年嵩の、赤い髪をした少年が前に進み出る。彼が伴っているのは兄妹なのか同じく赤い髪の少女だ。
「……あ? なんだよ、ガキもいるじゃん」
リリオとアイリスを睨みつけていた少年は、やや驚いたように片眉を上げた。隣にいた少女が、「叫んでたの、多分こいつよお兄ちゃん」と添えた。前髪から覗く、利発そうな金の瞳が爛々と輝いている。
「ガキじゃねーよ。というかこの矢、飛ばして来たのお前? 何のつもりだよ、いきなり」
「キャンキャン騒ぐなよ。その程度の脅し、リーゼラを守るためなら当然だ。……それに」
お前、と、鋭く睨めつられる。
――それは正しく、憎悪が押し固められたような声だった。殺意じみた敵意に貫かれ、リリオは一瞬、怯んで仰け反る。
無論、恐れからではない。何故激しい敵意を向けられるのか、わからなかったからだ。
「俺の威嚇の矢を察知して下がりやがったな。最近は戦争もねぇし、軍人じゃぁンな俊敏な動きするやつはいねぇ……聖騎士だろ、お前」
「……そうだ」
「帰れ」
は、と声にならない音が口から零れ落ちた。「……なんだって?」
「聞こえなかったのか。帰れっつったんだよ、リーゼラには聖騎士なんて絶対に入れねぇ」
あまりにも明確な拒絶。
色をなくして周囲を見れば、他の子どもたちも敵意を滲ませリリオを睨んでいる。
聖騎士だから、なんだというのか。何故ここまでの敵意を向けられなければならないのか理解できず、何も言えない。
……そこで、彼らの視線を切るようにリリオの前に立った影があった。クラスである。
「おいちょっと待てよ。よくわかんねーけど、なんでお前らもそんなに聖騎士を嫌ってんの?」
「……お前、ここらの奴じゃねぇのか?」
「ああ。俺はクラス。皇都の外れから、姉貴と一緒にヴィルさんって人を訪ねて来たんだよ。前に世話になったからさ」
「……ヴィル爺を」
何やらクラスの口にした人名に、いささか警戒を解いたらしい少年が眉根を寄せた。アイリスがぎこちなく微笑んでみせる。
「なんで聖騎士なんかと一緒なんだよ」
「この聖騎士は姉貴の恋人。エルメンライヒ領の聖騎士じゃなくて、皇都から来たばかりなんだよ。姉貴、病弱で気弱だから心配だって言って、わざわざついて来て」
(は!?)
突如降って湧いた設定に、目を見張る。――が、なんとか、ここで驚きを前に出すのはよくない、と、目元を引き攣らせるだけに留めた。
アイリスは真っ赤になっている。これにはちょっとドキッとした。
(役得……いやいや、公女様相手に失礼だし)
とはいえ武装した子どもたちには不服そうな表情も、姉を想う弟としての感情の露出に思えたのだろう。不審そうにリリオとアイリスを見比べながら、顔を見合わせている。
「……じゃあソイツ、ここに何をしに来た訳でもないんだな?」
「そーだよ。ただの付き添い」
「お貴族様の護衛とかでもない?」
「俺が貴族に見えんの?」
見えない、と赤毛の少年が首を振る。
「……でもその女は、着飾れば貴族に見えそうだ。雰囲気も俺らとは違う」
鋭い。確かにアイリスの立ち居振る舞いは、良家で育たなければ到底身につきそうにないものだ。
しかし、クラスは全く動じず、口端を引き上げて笑い飛ばす。
「馬鹿なこと言うなよ。お貴族様が庶民みたいなカッコして、荷馬車で移動してくるわけあるかっつうの」
「……それは、まあ。確かにそうだけど、でも……」
「それにさあ、お貴族様が庶民に姉弟だと名乗られて激怒しないわけねーだろ。イリーは間違いなく俺の姉貴だ。……まあこいつは貴族だけど、平民の姉貴のためにわざわざここまで来た変わり者。ここのやつらにおかしな真似はしねーよ」
赤毛の少年少女が顔を見合わせる。……やがて二人は「わかった」と渋々ながら頷いた。
「俺はこの集落の自警団の団長代理、アノンだ。特別にお前らをこの集落に入れてやる」
「あたしはアノンの双子の妹のセシリア。シシィでいいよ」
「改めて、俺がクラス、そっちが姉のイリス、んでそいつがリリオだ。よろしくな」
「……変なことしたら、三人まとめて叩き出すからな」
それに、かなりの腕だ。
地面に刺さった矢を抜けば、鏃は丸い。人に当たっても刺さらない作りになっているので、これはおそらく威嚇用の矢だ。当たりどころが悪ければ大けがでは済まないだろうが。
「……なるほどな」
呟いたクラスが一歩前に出る。師父様、と呼び掛けると――クラスが目線だけこっちを寄越して、言った。
「……ここではなるべく俺を師父ともおじい様とも呼ぶなよ。無闇に警戒されたくない」
「え?」
「いいな」
そう念を押され、どういうことかとアイリスと目を合わせた、まさにその時だった。
クラスが矢が飛んで来た方角――矢倉に向かって叫んだ。
「なんのつもりだ! 出てこいよ!」
「!」
「それともリーゼラの奴らは客に矢を射掛けるのが歓迎の挨拶なのか?」
子どものような啖呵。
声変わり前の甲高い怒鳴り声に、クラスは思わず耳を塞いだ。……しかし、そうか。クラスは子どもの振りをしてこの集落を調べるつもりなのだろう。
確かに、この見た目でかの伝説の名医であると名乗ったとして、誰も信じるものはいまい。証明するためには神業のごとき医療魔法を披露するしかないだろうが、そのために誰かに大怪我を負わせる訳にもいかない。
(なら、ただの子どもだとして中に入った方が情報を集めやすい)
年端もいかない少年には、警戒も緩むというものだ。相手が大人であれば尚更――、
「うるせーな! リーゼラのもんは侵入者には容赦しねーんだよ!」
すると。
次々と顔を見せたのは、見た目だけならばクラスとそう変わらないような年頃の子どもたちだった。
集落の入口にて立ち止まり、呆気に取られるこちらを睨みつける十数人の子ども。
……そしてやがて、何やら弓矢を持った年嵩の、赤い髪をした少年が前に進み出る。彼が伴っているのは兄妹なのか同じく赤い髪の少女だ。
「……あ? なんだよ、ガキもいるじゃん」
リリオとアイリスを睨みつけていた少年は、やや驚いたように片眉を上げた。隣にいた少女が、「叫んでたの、多分こいつよお兄ちゃん」と添えた。前髪から覗く、利発そうな金の瞳が爛々と輝いている。
「ガキじゃねーよ。というかこの矢、飛ばして来たのお前? 何のつもりだよ、いきなり」
「キャンキャン騒ぐなよ。その程度の脅し、リーゼラを守るためなら当然だ。……それに」
お前、と、鋭く睨めつられる。
――それは正しく、憎悪が押し固められたような声だった。殺意じみた敵意に貫かれ、リリオは一瞬、怯んで仰け反る。
無論、恐れからではない。何故激しい敵意を向けられるのか、わからなかったからだ。
「俺の威嚇の矢を察知して下がりやがったな。最近は戦争もねぇし、軍人じゃぁンな俊敏な動きするやつはいねぇ……聖騎士だろ、お前」
「……そうだ」
「帰れ」
は、と声にならない音が口から零れ落ちた。「……なんだって?」
「聞こえなかったのか。帰れっつったんだよ、リーゼラには聖騎士なんて絶対に入れねぇ」
あまりにも明確な拒絶。
色をなくして周囲を見れば、他の子どもたちも敵意を滲ませリリオを睨んでいる。
聖騎士だから、なんだというのか。何故ここまでの敵意を向けられなければならないのか理解できず、何も言えない。
……そこで、彼らの視線を切るようにリリオの前に立った影があった。クラスである。
「おいちょっと待てよ。よくわかんねーけど、なんでお前らもそんなに聖騎士を嫌ってんの?」
「……お前、ここらの奴じゃねぇのか?」
「ああ。俺はクラス。皇都の外れから、姉貴と一緒にヴィルさんって人を訪ねて来たんだよ。前に世話になったからさ」
「……ヴィル爺を」
何やらクラスの口にした人名に、いささか警戒を解いたらしい少年が眉根を寄せた。アイリスがぎこちなく微笑んでみせる。
「なんで聖騎士なんかと一緒なんだよ」
「この聖騎士は姉貴の恋人。エルメンライヒ領の聖騎士じゃなくて、皇都から来たばかりなんだよ。姉貴、病弱で気弱だから心配だって言って、わざわざついて来て」
(は!?)
突如降って湧いた設定に、目を見張る。――が、なんとか、ここで驚きを前に出すのはよくない、と、目元を引き攣らせるだけに留めた。
アイリスは真っ赤になっている。これにはちょっとドキッとした。
(役得……いやいや、公女様相手に失礼だし)
とはいえ武装した子どもたちには不服そうな表情も、姉を想う弟としての感情の露出に思えたのだろう。不審そうにリリオとアイリスを見比べながら、顔を見合わせている。
「……じゃあソイツ、ここに何をしに来た訳でもないんだな?」
「そーだよ。ただの付き添い」
「お貴族様の護衛とかでもない?」
「俺が貴族に見えんの?」
見えない、と赤毛の少年が首を振る。
「……でもその女は、着飾れば貴族に見えそうだ。雰囲気も俺らとは違う」
鋭い。確かにアイリスの立ち居振る舞いは、良家で育たなければ到底身につきそうにないものだ。
しかし、クラスは全く動じず、口端を引き上げて笑い飛ばす。
「馬鹿なこと言うなよ。お貴族様が庶民みたいなカッコして、荷馬車で移動してくるわけあるかっつうの」
「……それは、まあ。確かにそうだけど、でも……」
「それにさあ、お貴族様が庶民に姉弟だと名乗られて激怒しないわけねーだろ。イリーは間違いなく俺の姉貴だ。……まあこいつは貴族だけど、平民の姉貴のためにわざわざここまで来た変わり者。ここのやつらにおかしな真似はしねーよ」
赤毛の少年少女が顔を見合わせる。……やがて二人は「わかった」と渋々ながら頷いた。
「俺はこの集落の自警団の団長代理、アノンだ。特別にお前らをこの集落に入れてやる」
「あたしはアノンの双子の妹のセシリア。シシィでいいよ」
「改めて、俺がクラス、そっちが姉のイリス、んでそいつがリリオだ。よろしくな」
「……変なことしたら、三人まとめて叩き出すからな」
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