16 / 21
3-2
しおりを挟む
「ちょっと待て」
朝である。
昨日夕食を食べた食事処で朝食を食べていると、盛大に眉を顰めたクラスが、アイリスを伴ってそこまで来ていた。アイリスは目を見張りつつも、「おはようございます」と言う。
クラスはリリオの座る席、その隣に座ると、じっとりとした目付きで睨みつけてきた。
「……どーーーしてお前がまだココにいるんだよ」
「僕もここに泊まったからですが?」
何を当たり前のことを? と首を傾げてみせれば、クラスは半分白目を剥いた。
そこまで嫌そうにしなくても……とリリオは若干傷つく。
「……ちょうど宿を探していたところだったんです。師父様に宿を紹介していただけてよかった。ここはいいところですね」
やや狭いが、それでも聖騎士詰所の仮眠室よりは遥かに快適だ。素朴な造りも好感が持てる。価格もそこまで高くなく、中心街で平民に人気な宿屋だけある。
「別に紹介したつもりはねーよ!」
「でも、これから一緒に行動するんですから、一緒の宿に泊まった方が効率的でしょう」
「ハア????」
クラスが素っ頓狂な声を上げた。「お前何? まさかついてくる気でいるのかよ?」
「え、そういう話でしたよね?」
「ちげーよ! なんでそうなるんだよ!」
「え! なら何故僕に昨日、あんな大切な話をしたんです?」
アイリスが公都を発つのだ。ならば、公城にいるかもしれない【黑妖《ノワール》】や公都そのものに起こっている異変について、リリオも共に調べるという話になるのかと思っていた。でなければ、世継ぎの公子が死んだという重要な機密をリリオに話した理由がわからない。
「……それは」やや言葉に詰まった様子のクラスが、視線を彷徨わせた。「これまでの言動で、お前がビックリする程のいい子ちゃんだとわかったから……お前なら漏らさないだろ、見聞きしたことを外には……」
「漏らしませんけど……というか、いい子ちゃんとはなんですか昨日から! いくら師父様といえど失礼じゃないですか?」
「うるせーな! つかこんなとこで師父様とか呼ぶな変な目で見られんだろうが!」
「うッ」
それはそうである。……まだ早朝なので食事処に来ている宿泊客は少ないが、それでもまばらながらに朝食を摂っている客たちは、怪訝そうにこちらを見ている。
「とにかく!」声を潜め、しかしはっきりと言う。「あそこまで話を聞いたんです。僕もお供しますからね!」
「お前……」
「僕の仕事は【黑妖】増加の原因を探ることです。師父様も公子の死の真相と、公都の異変について調べるつもりでいるんでしょう? 僕らの目指すべき方向は同じです。なら、人手はあった方がいいはず。落ちこぼれとはいえ、悪漢からくらいはアイリス様を守れますよ僕でも」
師父様はそれもできないでしょう、と言外に含ませれば、クラスが苦々しい表情になる。
あと一押し、と思っていると、アイリスが「まあ」と華やいだ声を上げた。「リリオ様が一緒に来て下さるんですか?」
「はい。師父様がいいと仰ってくれたら、ですが」
リリオは笑顔で頷きそう答える。素晴らしきタイミング。そして何より、朝からアイリスはとびきり可愛い。
アイリスは懇願するように、クラスをじっと見つめた。「おじい様……」
「…………あーっ、もう、わかったよ! 好きにしろ!」
孫娘同然に可愛がっているアイリスのおねだりの視線に逆らえなかったらしい――弟馬鹿あらため爺馬鹿の名医が叫ぶ。そしてその爺馬鹿の名医は、鋭い目付きでリリオを睨めつけ、びし、と音を立てそうな勢いで人差し指を突き付けた。
「ただし! 足引っ張りやがったら置いてくからな!」
「お役に立ってみせますよ」
「……どーだかな」
フン、とクラスが短く鼻を鳴らした。
冷めたような翠の瞳に射竦められる。
「――お前がいつまでも『自分は落ちこぼれだから仕方ない』ってことに胡坐をかいて、自分の頭でなんも考えないままでいるんなら、いてもらったってむしろ邪魔なだけだぜ」
*
「さっきのは一体どういう意味なんだ……」
リリオは今晩の火を起こすために使うための薪を荷馬車の横に投げ置きながら、宿を出発する前に投げ掛けられた言葉を思い出して憤慨していた。
――僕が自分の頭で考えていない? どうしてそんなことを言うのだろう。
クラスは、リリオを落ちこぼれとは一度も言わないし、蔑まない。聖騎士のくせに水魔法使いだなんて、弟に後れをとる情けない兄、と蔑まれることには慣れていたが、クラスは一度もリリオをそうやって見下すことはなかった。……だからこそ、彼の言いたいことがさっぱりわからない。
聖騎士長を疑うような言動を見せたり、聖騎士を軽んじたり……一体、彼の真意はどこにあるのか。
(それに、なんだって? 僕が『自分が落ちこぼれ』であることに胡坐をかいている?)
まさか。だって、リリオはずっと努力をしてきた。
弟に後れを取っていることを受け入れながら、それでもここまで来た。そして、自分を見出してくれた聖騎士長のような存在になろうと、今も――。
「ご、ごめんなさい……」荷馬車の幌を押し上げ、中から顔を覗かせたアイリスが眉を下げた。「あの、おじい様は圧倒的に言葉が足りないだけで、悪気がおありなわけではなくて」
「あ、いえ、そんな。アイリス様が謝ることではないですよ」
しゅんと肩を落として言うアイリスに慌ててそう言う。しかし、彼女は肩身が狭そうに視線を彷徨わせた。
「あの、それに……様、なんておやめください。聖騎士様に恭しくされてしまうと、なんだか申し訳なくなってしまって。よければ、私のことは、アイリスと」
「えっ」
驚き、目を見張った。
――アイリスは公爵令嬢だ。
生まれの都合上、リリオは上級貴族の女性とも言葉を交わすことがあるが、一定以上の身分の娘になると、人を見下すような言動を取る者がどっと増える。それは傅かれるのに慣れてしまうからであり、生まれ持つ人間性にはあまり関係がない。
……けれどもアイリスは、伝説の名医とはいえ身分が異なるクラスを庇った。
さらに、自分が公女であることを鼻にかけているふうでもない。
公爵家に生まれたのであれば、傅かれることには慣れているだろうに――自然に、身分の低いリリオやクラスを立てる。クラスの代わりに謝罪までして。
(傅かれるのに慣れているというか、むしろ……)
公女の身分でありながら、頭を下げるのに慣れているような――。
朝である。
昨日夕食を食べた食事処で朝食を食べていると、盛大に眉を顰めたクラスが、アイリスを伴ってそこまで来ていた。アイリスは目を見張りつつも、「おはようございます」と言う。
クラスはリリオの座る席、その隣に座ると、じっとりとした目付きで睨みつけてきた。
「……どーーーしてお前がまだココにいるんだよ」
「僕もここに泊まったからですが?」
何を当たり前のことを? と首を傾げてみせれば、クラスは半分白目を剥いた。
そこまで嫌そうにしなくても……とリリオは若干傷つく。
「……ちょうど宿を探していたところだったんです。師父様に宿を紹介していただけてよかった。ここはいいところですね」
やや狭いが、それでも聖騎士詰所の仮眠室よりは遥かに快適だ。素朴な造りも好感が持てる。価格もそこまで高くなく、中心街で平民に人気な宿屋だけある。
「別に紹介したつもりはねーよ!」
「でも、これから一緒に行動するんですから、一緒の宿に泊まった方が効率的でしょう」
「ハア????」
クラスが素っ頓狂な声を上げた。「お前何? まさかついてくる気でいるのかよ?」
「え、そういう話でしたよね?」
「ちげーよ! なんでそうなるんだよ!」
「え! なら何故僕に昨日、あんな大切な話をしたんです?」
アイリスが公都を発つのだ。ならば、公城にいるかもしれない【黑妖《ノワール》】や公都そのものに起こっている異変について、リリオも共に調べるという話になるのかと思っていた。でなければ、世継ぎの公子が死んだという重要な機密をリリオに話した理由がわからない。
「……それは」やや言葉に詰まった様子のクラスが、視線を彷徨わせた。「これまでの言動で、お前がビックリする程のいい子ちゃんだとわかったから……お前なら漏らさないだろ、見聞きしたことを外には……」
「漏らしませんけど……というか、いい子ちゃんとはなんですか昨日から! いくら師父様といえど失礼じゃないですか?」
「うるせーな! つかこんなとこで師父様とか呼ぶな変な目で見られんだろうが!」
「うッ」
それはそうである。……まだ早朝なので食事処に来ている宿泊客は少ないが、それでもまばらながらに朝食を摂っている客たちは、怪訝そうにこちらを見ている。
「とにかく!」声を潜め、しかしはっきりと言う。「あそこまで話を聞いたんです。僕もお供しますからね!」
「お前……」
「僕の仕事は【黑妖】増加の原因を探ることです。師父様も公子の死の真相と、公都の異変について調べるつもりでいるんでしょう? 僕らの目指すべき方向は同じです。なら、人手はあった方がいいはず。落ちこぼれとはいえ、悪漢からくらいはアイリス様を守れますよ僕でも」
師父様はそれもできないでしょう、と言外に含ませれば、クラスが苦々しい表情になる。
あと一押し、と思っていると、アイリスが「まあ」と華やいだ声を上げた。「リリオ様が一緒に来て下さるんですか?」
「はい。師父様がいいと仰ってくれたら、ですが」
リリオは笑顔で頷きそう答える。素晴らしきタイミング。そして何より、朝からアイリスはとびきり可愛い。
アイリスは懇願するように、クラスをじっと見つめた。「おじい様……」
「…………あーっ、もう、わかったよ! 好きにしろ!」
孫娘同然に可愛がっているアイリスのおねだりの視線に逆らえなかったらしい――弟馬鹿あらため爺馬鹿の名医が叫ぶ。そしてその爺馬鹿の名医は、鋭い目付きでリリオを睨めつけ、びし、と音を立てそうな勢いで人差し指を突き付けた。
「ただし! 足引っ張りやがったら置いてくからな!」
「お役に立ってみせますよ」
「……どーだかな」
フン、とクラスが短く鼻を鳴らした。
冷めたような翠の瞳に射竦められる。
「――お前がいつまでも『自分は落ちこぼれだから仕方ない』ってことに胡坐をかいて、自分の頭でなんも考えないままでいるんなら、いてもらったってむしろ邪魔なだけだぜ」
*
「さっきのは一体どういう意味なんだ……」
リリオは今晩の火を起こすために使うための薪を荷馬車の横に投げ置きながら、宿を出発する前に投げ掛けられた言葉を思い出して憤慨していた。
――僕が自分の頭で考えていない? どうしてそんなことを言うのだろう。
クラスは、リリオを落ちこぼれとは一度も言わないし、蔑まない。聖騎士のくせに水魔法使いだなんて、弟に後れをとる情けない兄、と蔑まれることには慣れていたが、クラスは一度もリリオをそうやって見下すことはなかった。……だからこそ、彼の言いたいことがさっぱりわからない。
聖騎士長を疑うような言動を見せたり、聖騎士を軽んじたり……一体、彼の真意はどこにあるのか。
(それに、なんだって? 僕が『自分が落ちこぼれ』であることに胡坐をかいている?)
まさか。だって、リリオはずっと努力をしてきた。
弟に後れを取っていることを受け入れながら、それでもここまで来た。そして、自分を見出してくれた聖騎士長のような存在になろうと、今も――。
「ご、ごめんなさい……」荷馬車の幌を押し上げ、中から顔を覗かせたアイリスが眉を下げた。「あの、おじい様は圧倒的に言葉が足りないだけで、悪気がおありなわけではなくて」
「あ、いえ、そんな。アイリス様が謝ることではないですよ」
しゅんと肩を落として言うアイリスに慌ててそう言う。しかし、彼女は肩身が狭そうに視線を彷徨わせた。
「あの、それに……様、なんておやめください。聖騎士様に恭しくされてしまうと、なんだか申し訳なくなってしまって。よければ、私のことは、アイリスと」
「えっ」
驚き、目を見張った。
――アイリスは公爵令嬢だ。
生まれの都合上、リリオは上級貴族の女性とも言葉を交わすことがあるが、一定以上の身分の娘になると、人を見下すような言動を取る者がどっと増える。それは傅かれるのに慣れてしまうからであり、生まれ持つ人間性にはあまり関係がない。
……けれどもアイリスは、伝説の名医とはいえ身分が異なるクラスを庇った。
さらに、自分が公女であることを鼻にかけているふうでもない。
公爵家に生まれたのであれば、傅かれることには慣れているだろうに――自然に、身分の低いリリオやクラスを立てる。クラスの代わりに謝罪までして。
(傅かれるのに慣れているというか、むしろ……)
公女の身分でありながら、頭を下げるのに慣れているような――。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
勇者はいいですって言ったよね!〜死地のダンジョンから幼馴染を救え!勇者?いらないです!僕は好きな女性を守りたいだけだから!〜
KeyBow
ファンタジー
異世界に転生する時に神に対し勇者はやっぱいいですとやらないとの意味で言ったが、良いですと思われたようで、意にそぐわないのに勇者として転生させられた。そして16歳になり、通称死地のダンジョンに大事な幼馴染と共に送り込まれた。スローライフを希望している勇者転生した男の悲哀の物語。目指せスローライフ!何故かチート能力を身に着ける。その力を使い好きな子を救いたかっただけだが、ダンジョンで多くの恋と出会う?・・・
道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる